第59話 舎弟
「き、機嫌は直りましたかね……彩乃先輩……」
「別に機嫌悪くないし。いつもと変わらないし」
俺の手には自分の鞄と彩乃先輩の鞄。
そしてスーパーで買ったクッキーの材料が入った買い物袋が握られている。彩乃先輩がマイバッグを持っているのは少し意外だった。
(ああ……これはどうしたらいいんだろうか……)
彩乃先輩が極度の負けず嫌いなのは知っていた。それは鈴乃さんの教育がそうしたことも知っている。
だけどここまで露骨に態度に出るとは思わなかった。今も彩乃先輩は俺の前をいつもより早めのペースで歩く。
(でも新田のクッキーが旨かったのは事実だしな……。あれを不味いとは言えないし)
彩乃先輩のクッキーが新田の作ったクッキーよりも劣っている訳じゃない。お菓子に全く詳しくない素人の俺からしてみれば両方美味しいのだ。
だが彩乃先輩からしてみれば、他者と同一の位置にいるという事は負けたと同義なのだろう。
周りと圧倒的な差をつけるのが華ヶ咲の人間――とか鈴乃さんに言われてそうだし。
「……ん?」
その時、ある違和感を俺は感じる。
誰かに見られているような、そんな感覚。これは朝何者かにつけられていた時に感じていたものと一緒だった。
俺は立ち止まり、振り返る。
(……あれだな)
今朝と同じく電信柱からスクールバッグの一部が顔を出している。どうやら相当間抜けらしい。
「……政宗君?」
後ろを歩く音が聞こえなくなった事に違和感を覚えたのか、彩乃先輩は不思議そうに俺を見る。
今朝は気付いていたようだが、イライラによるものか今は気付いていないようだ。
「……彩乃先輩、あれ、どうします?」
「あれ? あれって――ッ!」
数秒俺と同じ方向を見つめた後、目を見開き息をのむ。
そして彩乃先輩は駆け足で寄り俺の背中に隠れるような体勢をとる。
「だ、大丈夫……!」
「全然大丈夫に見えませんけど……」
流石の彩乃先輩も正体不明の相手には恐怖してしまうという事か。強く握られた制服がそれを表している。
ふわっと香る女の子の匂いが俺の心臓を揺さぶるが、今はそんな事より彩乃先輩を守らなければという気持ちの方が強かった。
(覚悟を決めるか……)
「――おいお前ッ!! いつまでついてくるつもりだ! いい加減顔を出したらどうだ!」
閑静な住宅街に俺の声が響く。久しぶり出した大きな声に少し声がひっくり返りそうになる。
俺の声に驚いたのか、電信柱からはみ出ているスクールバッグが大きく跳ねる。
そして……、
「――は、初めましてっ!!」
出てきたのは俺と同じ制服を着た男。ということは俺と彩乃先輩が通う高校と同じ高校に通っている。
サラサラとした髪は眉にかかり住宅街に吹き抜ける風か前髪を揺らす。男にしては相当華奢な体、響く声も男としては相当高い。
そんな中性的な男子生徒は中腰になり右手をこちらに差し出すあの体勢――『お控えなすって』みたいな体勢を取り、俺達二人の前に現れた。
「ぼ、僕は伍堂政宗さん……いや! マサのアニキに舎弟として認めてもらうべく参上つかまつりましたっ! なのでどうか……っ、ぼ、ぼぼ、僕を舎弟にしていただけないでしょうか!!!」
噛み噛みで聞き取りずらかったが、あの男子生徒がおかしな事を叫んでいる事は分かった。
体勢が恥ずかしいのか、白い肌を真っ赤にしながらプルプルと小鹿の足を震わせている男子生徒を見て俺は、
「……は?」
心の底から出た言葉だった。
◆
「どうぞ」
「す、すいませんアニキ! 僕みたいなのにお茶なんか出させてしまって!」
「いや、いいから。というかその『アニキ』っての止めてくれマジで」
あのままでは周りの人に迷惑が掛かってしまうという判断で、俺の家に連れてきた訳だが……こいつは一体何なんだ?
口調は男らしさというか漫画の読みすぎというか……。そんな感じがあるが、如何せん外見が中性的なせいで全然男らしさが感じられない。
「そ、それにしてもアニキ! やっぱりアニキは凄いです!」
「だからアニキは止めてくれって……。で、何が凄いんだよ」
俺がそう言うと、謎の男の視線が台所にいる彩乃先輩に向く。
すると視線を感じたのか、彩乃先輩は動く手を止めこちらを振り返る。
「え、何?」
「いや、こいつが……」
「は、華ヶ咲先輩ですよね!? 僕らの高校で有名なあの!」
「え、ええ。華ヶ咲は私だけど……」
彩乃先輩は若干まだ引いているみたいだ。
そりゃそうか。自分達をずっとつけてきた相手を警戒しない方がおかしい。
「あ、アニキはやっぱり凄いです! 華ヶ咲先輩も舎弟にしてしまうなんて!」
「舎弟な訳あるか! ――それにお前、滅茶苦茶無理してるだろそのキャラ」
すると謎の男は図星だったようで「うぐっ……」と押し黙り、そして目線をちゃぶ台に落とす。
謎の男は「そうですよね……アニキには見抜かれちゃいますよね……」と呟き肩を落とす。
(一体何なんだこいつは……。訳分からんぞ)
「色々聞きたい事はあるが、取り敢えずお前の名前は何て言うんだよ」
俺は彩乃先輩が淹れてくれたお茶を啜りながらそう問う。居間の中には甘い香りが徐々に充満してきている。……マジで今日の夜飯クッキーなのか。
「僕の名前ですか? 僕は――
「ブ――ッッッ!!!」
視界の外から強烈なパンチが襲ってきたような感覚に襲われる。
あまりの驚きでむせている俺の様子を、新田千明という男は不思議な様子で見ていた。
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