第58話 女の子は面倒
「あ、彩乃先輩……? どうかしましたか……?」
「何が? 私はただ二人が一緒にいる所を見かけたから来ただけだよ? へんな伍堂君」
そう言って「あはは」と笑う彩乃先輩だが目は全然笑ってない。寧ろこれなら思い切り怒鳴られた方がマシだ。
(お、落ち着け……! 彩乃先輩がキレるような事をした心当たりがないか探すんだ……!)
脳内で政宗ネットワークに接続。キーワードは『彩乃先輩 激怒』で検索。
……駄目だ。そのキーワードでは何もヒットしない。だが実際に目の前にいる彩乃先輩はご機嫌斜めなのだから何かやらかしてしまった事は間違いのだ。
(どうする……。いっその事土下座でもするか? いやでも新田の前でするのもな……)
「華ヶ咲先輩。お疲れ様です」
脳内で必死に現状を打開する為の策を練っていると、彩乃先輩に新田の声が掛かる。
「お疲れ紫帆ちゃん。紫帆ちゃんも今帰り?」
彩乃先輩は俺と新田の間に割って入る。
「はい。生徒会長選挙絡みで澤田先生に呼び出されてまして。その用事も終わったので今から帰る所です」
「そうなんだ。でもそれにしては政宗君と結構ここで立ち話してたよね? 何話してたの?」
もしかしてここで新田と話してたのをどこかで見てたのか……。
「会話していたというか……。ただお互いの連絡先を交換しただけですが」
その時、彩乃先輩の額に青筋が入り眉がピクッと動く。
だがそれは一瞬の出来事で直ぐ様いつもよく見る笑みを顔に張り付ける。
「へ、へぇ~。そ、そうなんだ。政宗君と話すようになってからまだそんなに日にち経ってないのに凄いね」
「……? 連絡先を交換するのに会ってからの日にちが何か関係あるのでしょうか?」
時には人を思いやるような行動を取る新田だが、今の新田は悪い所が出てる。
このままではマズイ。何がマズイのかはハッキリしないが、早めにここから離脱しないといけない。
「……っ。――そ、その通りだね。別に気にする事でもないか。政宗君の連絡先を交換するのが、私よりも紫帆ちゃんの方が早い。……何て事は気にする必要ないよね」
ニコニコと笑いながら彩乃先輩の目線が俺に突き刺さる。
彩乃先輩と連絡先交換したのも結構早かったと思うが……。何なら多分彩乃先輩の方が早かった気がする。
(……いや、何も言わずに嵐が過ぎるのを待とう)
自然災害というものはただの人間にはどうする事も出来ない。
「そうですね。気にする必要はないと思います」
「そうだね。――それでね、紫帆ちゃん。一つ聞きたい事があるんだけど」
「華ヶ咲先輩が私に? 一体何でしょうか」
彩乃先輩はスッと息をすい、
「――私、お菓子作りが苦手でね? 紫帆ちゃんってお菓子作れるのかなって。もし作れるのなら教えて欲しいなーって思ってさ。……クッキーを作りたいんだけど」
俺の頭の中で点が線になった。
いや、正確に表現すれば点すら無かった俺の頭にいきなり大きな点が現れたと表現した方がいいか。
「クッキー、ですか」
「うん。紫帆ちゃんって家事万能って感じがするし。どうかな?」
「家事が万能な訳ではありませんが――クッキーならちょうど昨日作りましたね」
多分彩乃先輩は元から知っていた。新田が俺にクッキーを焼いて持ってきた事を。
だがそれをあえて自分から言わずに相手の口から言わせるあたり、華ヶ咲家の人間という感じがする。
「へぇ~! そのクッキーって自分で食べる用に焼いたの?」
「いえ。今日のお昼に伍堂君へ渡す為に焼いたものです」
気付いた時には既に遅し。
恐らく彩乃先輩の機嫌を損ねた原因であろう事柄が新田の口から話される。
「政宗君に? ……へぇ。何て言ってた政宗君は」
「お世辞抜きで美味しいと言ってました」
やめて!
これ以上彩乃先輩を刺激すると俺の今後が闇に染まっちゃうよ!
「へ、へぇー……。私が前にクッキー作った時は何も言ってなかったんだけどなぁ……!」
そう。俺は前に彩乃先輩が作ったクッキーを食べているのである。
その時食べたクッキーも勿論旨かったのだが、新田の時ほど絶賛してないのも事実。
彩乃先輩の料理の腕がカンストしてるのは知っていたので、今更そんなオーバーにリアクションしてもな、と思ってしまったのだ。
「そうですか。なら私が作ったクッキーの方が美味しかったという事になりますね」
俺にとっては致命傷に成りうる事を淡々と話すなこいつは……!
彩乃先輩から「ぬぅ……っ」みたいな深い音が聞こえる。どうやら相当堪えているようで凛とすました新田を見る。
「では私はこれで失礼します。さようなら」
新田は長い髪を靡かせ昇降口で靴を履き替え学校の外へと出ていく。
その後ろ姿はまるで魔王を倒した勇者のように清々しく、堂々とした立ち姿だった。
(……ちょっと待て。この状況で置いていかれるのは非常にまずい。何がまずいってさっきから彩乃先輩が動かなくなっているのがまずい)
俺からは後ろ姿しか見えないが、新田の直球ど真ん中ストレートに見事撃ち抜かれた彩乃先輩は、その場に立ちすくんでいた。
すると、徐々に肩が上下し始める。こ、これは……、
「――ふ、ふふ、ふふふふふっ」
「あ、あの……彩乃先輩? 何か怖いんですけど……」
ホラー映画や心霊特番でありそうな声を上げながら肩を揺らす彩乃先輩。
俺の言葉にスーっとゆっくりこちらを向き、怪しく口角を吊り上げ、
「……政宗君。今からスーパーに行くわよ」
「え、す、スーパー? 何か買うんですか?」
「うん。スーパーに行ってクッキーの材料を大量に買うの。勿論費用は私が全額出すわ」
話の流れから察する事が出来る。
これは……もう手遅れか。俺如きが彩乃先輩を止めれる訳ないのだから。
「今日から政宗君の食事は三食クッキーよ。私が作るクッキーが世界で一番美味しいと政宗君が認めるまで、私はクッキーを作り続けるわ!」
俺を指差しアホな事を高らかに宣言する彩乃先輩。言っている事が滅茶苦茶だ。
「ちょ、ちょっと待って下さいよ! そんな生活してたら俺死んじゃいますよ!?」
「大丈夫よ。人間そう簡単には死なないわ。それに――政宗君が悪いのよ」
彩乃先輩は先程の様子とはうってかわり、斜め下に目線を下げ自分の髪を弄る。薄い桜色の唇はご機嫌斜めといった感じで尖っていた。
「……政宗君が紫帆ちゃんの作ったクッキーの方が美味しいっていうから」
「いや、俺は一言も新田の方が上とは」
「でも私には何も言ってくれなかったもん!
あの時はノーリアクションで食べてた!」
ぐいっと顔を近づけ叫ぶ彩乃先輩。その大きな目には薄く光るものがあった。
(そんなに悔しかったのか……)
「今日からはクッキー生活してもらうから! いつでも食べられるように大量に作り置きするし!」
「は、はあ……分かり、ました」
常におやつがあると考えれば儲けものか。
……いや、おやつしかないのか。隠れて他の物を食べたりしたらもっと状況が悪くなるから絶対にしないでおこう。
「ほら! そうと決まれば早く行くよ! ――絶対に紫帆ちゃんより上って言わせるんだから」
「だから新田より下とは一言も……」
「口答えしない! ……政宗君の胃は私が支配するんだから」
ボソッと言った『臓物を支配する』とかの言葉は聞こえなかった事にしよう。
地面を力強く踏み歩く彩乃先輩の後を追いながら、クッキーのリメイク料理を考える。
(……どう頑張ってもクッキーにしかなりえんな、あれは。糖尿になりそう)
その時、ピロンとスマホが鳴る。
スマホを起動させ確認すると、メッセージの送り主は新田だった。
『明日クッキーの作り方を華ヶ咲先輩に教えてあげた方がいいかしら?』
その文字を読み、俺はこう入力し送信した。
『お願いします。もうこれ以上刺激しないであげて下さい。俺の身が持ちません』
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