第14話 対面
「――えっ!? 伍堂政宗の事を知りたい!?」
周りを取り囲む女子と男子が入り交じる包囲網から驚愕の声が上がる。
「ええ、あなた達何か知らないかしら」
「……彩乃様には何か考えがあって私たちに聞いているのでしょうが……、あまりあの男には関わらない方がいいと思います」
「いいから。何か知ってるなら早く教えてちょうだい」
学校に着いて私がやったこと。それは情報収集だった。
伍堂君がやった事について私は少しくらいしか知らない。彼にとっていい話ではないのでこちらから聞くのは違うと思ったから。
……でも、私は彼を救いたい。
家に居るのが嫌という子供みたいな考えで家出した私を伍堂君は受け入れてくれた。
――なら、そのお返しをしなくちゃ。
「私たちも詳しい事はよく分からないんですけど……、二年生の『空閑凛音』っていう子が噂を流した張本人らしいですよ。だからあの男とは関わらない方が……」
「空閑、凛音……」
聞いた名前を口に出してみる。……うん、私は多分会って喋った事はない。
それより、私は周りにいる名前も知らない子がさっき言った言葉にカチンときてしまう。
「――ねぇ」
「はい? 何でしょうか彩乃様?」
「あなた、さっき『よく分からない』って言ったわよね」
「え? あ、はい。……言いました」
この女の子はいつも私の隣にいる。どうせ私の隣にいる自分が好きなだけだろうが。
そんな薄っぺらな人間だから私の言っている事が分からない。
「あなたは自分の憶測だけで伍堂君を否定するの? 伍堂君がどういう人かきちんと見ずに」
「――い、いや! 私は只彩乃様を心配しているだけで!」
「心配? 違うわよね。只あなたはあなたの理想の華ヶ咲彩乃を私に押し付けているだけ。皆の嫌われ者である伍堂君なんかに気にせず、皆に優しく凛としている私を」
こんな話をしたせいで思い出してしまう。
『彩乃! 何ですかその様は! それでも華ヶ咲の人間ですか!』
『流石彩乃様! やはり何でもできるのですね!』
……駄目だ駄目だ。今は伍堂君の事が先決だ。
私の事はまぁ……後でいいや。もうちょっと伍堂君の家に居たいし。
「彩乃、様……?」
おどおどとした様子で私の目を見てくる。普段の私は殆どこの人達に向けて喋らない。
その私が強めの口調で捲し立てたものだから皆一様に驚いているようだ。
「……い、いえ。何でもないわ。空閑凛音ね、助かったわ。ありがとう」
「あ、彩乃様が私にお礼をっ!? ……はふゅぅ~っ」
ドサッとその場に倒れるその子。一瞬心配したが幸福感に包まれた顔をしていたので周りにいる人達に任せることにする。
(確か伍堂君がお昼食べる場所って……屋上よね?)
◆
昼休憩の終了を告げるチャイムが鳴り、私は伍堂君に別れを告げ屋上の扉を開ける。
伍堂君の反応から察するに空閑凛音という生徒が深く関わっているのは間違いない。
私はその空閑凛音に直接会った事はないが、多分私が屋上に来る途中にすれ違ったショートカットの女の子だろう。
(さて……どうするか……)
放課後に二年生の教室に乗り込んでもいいんだけどね……、授業が終わったら私の周りは人だらけになっちゃうし。
「取り敢えず……授業受けながら考えるとしますか」
授業なんて受けなくても高校レベルの学習内容くらいなら既に網羅してるから別に受ける必要はないんだけどな……。
「――だからッ! もう一回私たちであいつを嵌めるのよッ! 今度こそあの偽善者を潰すんだから!」
「……はッ!? 俺らにはメリットがない!? ――じゃあ今回も女の子紹介してあげるわよ。それで満足でしょ?」
(……ん? 何かしら?)
教室へと向かう途中、女子トイレの前を通ると中から荒々しい口調で話している女子の声が聞こえる。
一人の声しか聞こえないということは多分電話しているんだろうけど……声大きいな。何というかこう、甲高い? というか……。
廊下まで聞こえてくる声の大きさに気づいてないのであれば、余程興奮しているのだろう。
(まぁ私には関係ない。さっさと教室に――)
と、思っていた私の足はピタッと止まる。
理由は簡単。
「――取り敢えずまた電話するわ。伍堂政宗を嵌めるいい案があったら連絡してちょうだい」
(伍堂……。まさか、この声って……!)
「空閑、凛音」
思わずその名前が漏れる。
それと同時にトイレから一人の女子生徒が姿を現す。苦々しい表情を浮かべるその女子生徒は、屋上に向かう途中ですれ違った生徒その人だった。
スマホを弄りながら出てきた空閑さんは出入り口にいる私に気付くことなく、そのまま私にぶつかる。
「――ッ! ちょっと! どこ見てん……って!華ヶ咲先輩っ!?」
「あ、う、うん。華ヶ咲、です……」
思わず敬語になってしまった……。人と人との出会いは唐突にというけどさ、流石に唐突過ぎない?
男子が好きそうなショートカットに、ギリギリまで短くしたスカート。
切れ長で少し猫目。薄い唇に可愛い栗色のカーディガン。
なるほど。見た目だけはいいって訳ね。中身は置いといて。
校内ピラミッドでは私の一段下にいる人間って事ね。
「ご、ごめんなさい華ヶ咲先輩! まさか入り口に人がいるとは思わなくて」
「い、いいのよ。別に気にしなくて」
空閑さんはおどおどとした感じで頭を下げる。さっき聞こえてきた声の感じとは真逆の第一印象。
もし、空閑凛音の事をよく知らない状態で会っていたら確実に悪い印象は抱かない。
「お手洗いですよね? どうぞお使い下さい! では私はこれで……」
「――ちょっと待ってもらえるかしら空閑さん」
そう簡単には逃がさない。
私の横を通りすぎる空閑さんは驚いたようにこちらを振り返る。顔には「何で私の名前を?」と書いてあった。
「……何か。というか何で私の名前――」
「聞きたいことがあるのよ。あなたさっきは随分盛り上がっていたみたいだけど」
「――ッ! ……い、いや! あれは友達と話していただけで」
「それにしては結構物騒な言葉が聞こえてきたわよ? 『嵌める』だの『潰す』だの」
空閑さんの表情がみるみる強張っていく。
「後――『伍堂』、だったかしら。そんな名前も聞こえてきたわね」
「……勘違いじゃありませんか? 例えそう聞こえていたとしても華ヶ咲先輩には関係のない事です」
どこの学校にもカーストがあり、どんなに道徳の勉強をしようとも絶対にピラミッドが出来る。全員が地面に足をついてお手々繋ぐなんて今の世の中あり得ない。
それは弱肉強食である生物の本能であり、自分より下の者がいることに安心を覚えるからだ。
多分ここで空閑さんに会ったのが私じゃなく他の生徒だった場合、空閑さんはここまで動揺しなかっただろう。
「……そうね、私には関係ないわね」
「はい」
「じゃあ聞こえてきた内容も忘れた方がいいかしら?」
「……そうしてもらえると、助かります」
こういう時、私のポジションは役に立つ。まぁ、普段不便な分たまには活躍してもらわないとね。
「じゃあ、私は教室に戻ります」
くるっと回転し空閑さんは私に背を向けて歩きだす。
「――あ、一つ言っとくよ」
心に猛獣を宿す華奢な背中に向け声を掛ける。空閑さんは振り向く事はせず、その場にピタっと止まる。
「あまり――調子に乗らないことね」
「……」
私の言葉には何の返答もせず、空閑さんは去っていく。……さて、相手はどうでるか。
これ以上、私の伍堂君を傷つけさせはしない。
「……あ、授業遅刻だ」
ポケットからスマホを取り出す。そして現時刻を確認。
「まぁ、いいか。一回くらい」
私は今後の動きを考えながら屋上へ向かう。
(……伍堂君、いたらいいな)
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