第13話 因縁
(今日はいい天気だ……)
時刻は正午。午前中を頑張った学生にとっては待ちに待った至福の時間。
授業の終了を告げるチャイムが鳴ったと同時に教室内は一気に騒がしくなり、売店へ向かう者や学食に向かう者が教室から吐き出されていく様は多分どこの高校でも一緒だろう。
(取り敢えず屋上行くか……)
俺は鞄から弁当箱を取り出し屋上へ向かう。今日も相変わらず俺が廊下に出ると生徒達は一斉に脇に寄る。
もうそんな事ではなんとも思わない。俺の意識は脇に寄った生徒達ではなく、手に持っているいつもの弁当箱に向けられていた。
『今日は私が作ったげるよ。朝ごはんのついでだから気にしなくていいからね』
弁当箱に意識を向けたせいで先輩の言葉が脳内で再生される。
――そう、何と今日は先輩の手作り弁当なのだ。
「久しぶりだな……弁当が楽しみなの」
俺が起床すると台所には流れるような手つきで料理をする先輩の姿と、あたふたと奮闘する柚木の姿があった。
先輩の料理のレベルがカンストしているのは知っているのでとても楽しみだ。
いつもよりウキウキで俺は屋上へ続く階段を登っていく。
その時、だった――。
「いい様ね、伍堂」
その声は階段の一番上から聞こえた。
差し込む陽の光でその人物の姿は影で黒っぽく見え若干判別しにくいが、俺にはその特徴的な甲高い声でその人物が何者かが十分判別できた。
『何やってんだ、お前』
『はっ!? 放っといてよ!! 何なのあんた!』
彼女――
たまたま見かけた空閑の行動。そのまま見逃しても俺個人の生活にはなんの問題もない。
――だけど、俺はその時行動した。必要のない正義心に駆られ。
「……何だよ、何か用か」
「あんたに用なんか無いわよ。只私はこの学校一の嫌われものを観察してただけよ」
「はっ、いつも男子を側につけている空閑さんにしては大層お暇なことで。俺なんかに構わずに男子のお相手をしてあげればよろしいんじゃないですかね」
「――ッ! 相変わらず癪に触る奴ね!あんたの味方なんて居ないくせに!」
苦虫を噛み潰したような顔で俺を上から睨み付ける空閑。腕を組みそのイライラを表すように上靴をトントンと踏み鳴らす。
「……それだけなら俺はもう行くぞ」
時間は有限。何時までもこの女に構っていたら俺の貴重な昼休憩が失われる。
それに今日は先輩の弁当だ。時間を気にせず青空の下ゆっくりと楽しみたい。
「……本ッ当に心底嫌いだわ。あんたのそのウザったい正義心」
「……奇遇だな。俺もこんな俺が嫌いだよ。まぁ、お前のお陰でもう面倒な事には首を突っ込まないようになったけどな」
空閑の横を通りすぎる時、空閑の言葉が耳に入る。そして空閑に対する自分のアンサーでふと先輩の顔が浮かぶ。
空閑にはこんな事を言っているが俺は今現在進行形で面倒事に首を突っ込んでいる。
(人間、そう簡単には変わらない……か)
◆
「……うま」
屋上に吹き抜ける心地よい風を全身で感じながら俺は先輩の弁当を頬張る。
俺がいつも使っているこの弁当箱には味気無いものしか入れないからこの弁当箱も喜んでいるだろう。
そう思える程に先輩の弁当は豪華だった。
豪華といっても高級食材が並んでいる訳じゃない。一般的な弁当のレギュラーであるハンバーグを筆頭に、卵焼き、ほうれん草のおひたし、キュウリをベーコンで巻いたやつ、そして目を楽しませる真っ赤なトマト。
……だが、卵焼きだけ何故か不恰好だ。失敗したのだろうか? まぁ味は一緒か。
「何で冷めてるのにこんなに旨いんだろ……。俺が作ったやつとは大違いだ」
特にハンバーグが美味しい。挽き肉も普通のスーパーで売ってるやつだと思うのだが……。
冷めても美味しいとかチートかよ!
その時、ポケットに入れていたスマホから「ピロン」と通知音が聞こえる。
スマホを起動させるとロック画面には「柚木」と表示されていた。
『弁当めっちゃ美味しくないですかっ!?』
ロックを解除すると、柚木からメッセージが来ていた。どうやら柚木もこの弁当の旨さに驚いたらしい。
『それな。旨すぎ。……てかもしかして柚木が卵焼き作ったのか?』
そう入力して送信。
そして一秒も経たずに既読になる。
『……やっぱバレちゃいました? そりゃそうですよね……』
「やっぱりか……」
柚木からのメッセージを確認し、俺は不恰好な卵焼きを一つ口に放り込む。
――うん、まぁ……あれだな。普通に旨い、かな?
『でも味はちゃんと彩乃さんにチェックして貰ったんで大丈夫ですよ! ……ちょっと気に入らない感じでしたけど』
(なるほどね……)
先輩の気持ちも分かる。食べれない事はないのだがやはり先輩の料理と比べるとどうしても物足りない感じ。
『気にすんな、旨かったぞ』
そう入力し送信。嘘は言ってない。
「さて、空閑のせいで少し時間潰れたし早めに食べるか」
先輩のご飯を味わいながら食べていると、屋上のドアがガチャっという音と共に開かれる。
昼休憩に俺が屋上にいることは全校生徒が知っている事なので誰も寄り付かないはずなんだが……。
「あ、いた」
「先輩……! ど、どうしたんです?」
毛先まで手入れが行き届いた長髪を揺らしながら登場したのは現在我が家に住む華ヶ咲先輩だった。
青空の下髪を靡かせ耳元に手をやるその姿はとてもキマっていた。
「お昼ご飯一緒に食べようと思ってさ。……どうだった? 美味しい?」
「は、はい。とても旨いです。……よくここまで来れましたね。先輩の周りはいつも人でいっぱいなのに」
「撒くの大変だったんだよ? どこまでも付いてくるからさ」
俺の隣にすとんと腰を下ろした先輩。昨日も俺の家に居た筈なのに先輩からは相変わらずいい匂いがする。
「ねぇ、一つ聞いてもいいかな伍堂君」
「え? なんすか?」
「――空閑凛音」
「ブッッッッッ!!!――」
先輩から出てくる筈のない言葉が出てきた。
何で先輩があいつの事を……。
「もー、汚いよ伍堂君」
先輩は自分のポケットからハンカチを取り出し、そのまま俺の口元に持ってくる。
「す、すんません。……って! 何で先輩が空閑の事を……ッ!」
「はいはい、落ち着きなさい」
「むぐッ! ……すんません」
「――で、何で私がその人を知っているかというと……、まぁ調べたんだよ」
先輩は弁当を開け卵焼きを頬張る。「うーん、もうちょっと、かな……」と呟きながら。
「し、調べた?」
「うん。一緒に生活しててさ、やっぱり私には伍堂君が噂通りの人だとは思えない。だから伍堂君の事を調べたの。そしたらその空閑っていう女の子の名前が分かったんだ」
「……俺が人を殴ったのは事実ですよ」
「ふーん……。まぁ君がそう言うなら信じるけどさ、何か理由があったんでしょ?」
「――ッ! ……別に」
人を殴った。
それは事実であり、どんな理由があろうと人を傷つけてはいけない。
だから俺は今まで自分を弁護するような事を周りに言ったことはないし、これからも言うつもりは無い。
――けど。
「私は伍堂君を信じてるよ。君は皆が怖がるような人じゃない」
――初めて、誤解されたくないとおもった。
「……まぁ、大した話じゃないんですけど」
「うん」
「あの噂、俺が二人の男子生徒を病院送りになるまで殴った理由、それは――」
――キーンコーンカーンコーン
学校全体に昼休憩の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
「……残念、この話はまた聞かせてね」
「え、あ、……はい。また」
不思議だ。
今まで話そうとしたことなかったのに先輩には何故か話そうとしていた。
「――あ、確認したいんだけどさ」
「え?」
「取り敢えずその空閑っていう女の子が伍堂君の噂の中でキーマンなんだよね?」
「あー……、はい。まぁ、そうっすね」
刹那、先輩が放ついつもの柔らかい感じのオーラにピリッとしたオーラが入り込む。
「……先輩?」
「――じゃあね、伍堂君。今日ちょっと帰り遅くなるかも」
「あ、はい。分かりました」
そう言った先輩は屋上の扉に向かって歩いていく。
まだ浅い関係かもしれない俺と先輩。先輩の表情や雰囲気を全て分かるなんて事は言わない。
だけど、こちらに背中を向ける瞬間に見えた先輩の表情を俺は見たことがなかった。
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