第47話 委員長キャラ

 モール内のカフェで解散した俺は、人の熱気に揉まれながら電車に揺られていた。


 空調が効いている筈なのに何故か暑苦しい。これも残暑がもたらすものなのだろうか。


(これなら彩乃先輩の厚意に甘えるんだったな……)


 彩乃先輩はこれから家庭教師が家に来るそうで、ベンさんが運転する車に乗って帰ってしまった。


 これから予定があるのに車で送ってもらうというのは憚られたので遠慮したのだが……失敗したな。


 そしてあのゆるゆりコンビは、


『じゃあマサ先輩! 私とくーちゃん先輩はもう少し遊んでから帰りますので! あ、マサ先輩も来ます?』


『はっ!? ちょっと双葉! あんたいい加減に――』


『行くわけないだろ。じゃあまたな』


『はい! また遊びましょうねー! じゃあくーちゃん先輩、プリ撮りに行きましょー!』


『ちょ、ちょっと引っ張らないでよ!』


(本当に仲がいい二人だこと……。空閑もまんざらでもなさそうだし)


 という訳で帰りは俺一人な訳だ。行きは良い良い帰りは怖いとはまさにこの事。……違うか。


 俺は電車に揺られながら、ポケットから映画の半券を取り出す。


(にしても……凄い日だったな……)


 ただ映画を見ただけだろ、と言われればその通り。言い返す言葉もない。


 だが俺にとって学校やバイト先の人間と休日に何処かに出掛けるなんて少し前まではあり得なかったのだ。


「変わっていくんだな……意外と」


 ◆


 電車から降り、スーパーまでの近道を頭の中でシミュレートしていると、何やら聞き覚えのある声が聞こえてくる。


「――貴女達、ここは共用の場所よ。今すぐ拾いなさい」


(この声は……って、何やってんだあいつ)


 誰かを叱責するような声を出している主――新田紫帆は、駅を出たすぐのところで座り込み、如何にもな風貌をした男達の前に立っていた。


「あ? 何だ姉ちゃん。なんか用かよ」


「あれじゃね? もしかして逆ナンってやつだろ!」


(なわけあるか……鏡見てこいアホ共……)


「っ。き、聞こえなかったのかしら。貴女達が今道に捨てた吸殻を拾いなさいと言っているの。これ程懇切丁寧に噛み砕いて教えてあげたのだから流石に理解できるわよね?」


 二人組で座り込み煙草を口に咥えている男達は薄っすらと気味の悪い笑みを浮かべながら新田を見上げていたが、最後の煽りともとれる言葉が気に入らなかったのか、二人の顔から笑みが消える。


「……おい姉ちゃん。あんま調子のった事言ってんなよ」


「可愛い顔をしてるから見逃してやってたけど……流石に最後の言葉は言い過ぎじゃないの~」


 二人は咥えていた煙草を口から離し、アスファルトに煙草を擦り付け立ち上がる。そして、その吸殻は新田の足元に投げ捨てられる。


 腰を下ろしていたから分かりづらかったか二人とも中々いい体型をしており、身長差以上に新田が小さく見える。


「……っ。わ、私が間違った事を言っているのかしら。小学生でも今の状況を見ればどちらに正義があるか分かるわ。つまり貴女達の脳みそは小学生以下という事ね」


(おいおい……! 何で今の状況でまた煽るんだよ……! それこそ小学生でも今の空気を読むぞ!)


 駅の近くという事もあり人通りも多い。なので周りの人達も二人の男と新田が何か揉めている事は察しているだろう。


 ……だが誰も関わろうとしない。


 そりゃそうだ。誰だって自らトラブルの中に身を投げ入れたくない。こういう時は見てみぬふりが一番だ。


「……へぇ。まだそんな酷い事を俺らに言ってくれるんだ」


「てか姉ちゃんが拾えば良くね? ……ほら、拾えよ」


 一人の男がもう一本煙草を取り出し火をつけ、そして火をつけた煙草をすぐにアスファルトに擦り付け新田の足元に投げる。


 新田の足元には、合計三つの吸殻があった。


「ほら、姉ちゃんの好きな吸殻だよ? 遠慮せずに持っていきなさいよ。お兄さんからのプ・レ・ゼ・ン・ト」


(……っ! あいつら……っ!)


 新田は足元に投げられた吸殻を見て、何も言葉を発する事なく、ただ呆然と立ち尽くしていた。


 いや、恐怖で体が萎縮してしまっているのか。


 手元を見ると、ここからでも分かるくらいに自分の着ているワンピースを握りしめていることが分かる。


(……はぁ。しゃあないか。このままだと更に状況が悪くなるし……)


 俺はもう一度周りを見渡す。


 新田と二人の男をチラチラと見ている人は多数存在するが、あの中に飛び込んでいく輩はいないようだ。


(えっと……最近イライラした事を思い出してっと……)


「あらあら、何も言わなくなっちゃったよ姉ちゃん」


「ごめんよ姉ちゃん。結構厳しい事言っちゃて。――お詫びにこれから俺らと楽しい事しに行こうか」


 二人で目を合わせ卑しい笑みを浮かべながら新田の腕を掴んだその瞬間、






「――おい、お前ら」






「あ? ……ッッッ!!!」


「あん? ……ッッッ!!!」


 間抜けな声を同じように出した男二人は、これまた同じような反応を俺に見せる。


 おお……効果抜群だな。たまには役に立つな、俺の顔も。


 俺はゆっくりと二人に近づき、新田の腕を掴んでいる男の手を強く握る。


「こいつ……俺の連れなんだわ。何やってくれてんの?」


「……っ。ご、伍堂君……何で……」


 いつもより低い声をわざと出し、相手に威圧感を与える。


 正直チビりそうなくらいビビってるが、それを表に出さないように必死に表情を作る。


 今こそ俺の凶悪な顔面が光る時だ。


「い、いや……! 別に俺達は何も……なぁ!?」


「お、おう! 俺らは別にその姉ちゃんに被害を与えた訳じゃないぜ! 何ならその姉ちゃんが俺らに対して無礼を――」


「無礼? ……その言葉、しっかり責任もてよお前ら……!」


 この前、バイト前にイライラする事があった。


 そのイライラを溜め込んだままバイトをやっていると柚木に言われた。「今日のマサ先輩……近づくの怖いです……」と。


 それなりに親交がある柚木がそう評するほど怖い顔面とトーンの下がった声色。


 ウィークポイントだと思っていたこの顔面もこんな風に使えるとはな。


「~~ッッ!! お、おい逃げるぞ!!」


「お、おう! このままじゃ殺されるッッ!!」


 男達二人は新田の腕を離し全速力で俺達の前から消えていく。


 その背中を見届け、


(……ふぅ。喧嘩になったらどうしようかと思ったが案外素直に引いてくれて助かった……)


 もし喧嘩になってたら確実に殴り飛ばされていただろう。俺の戦闘力はこの顔面に合っていない。


 ほっとした気持ちになっていると、くいっと服を引っ張られる。


「……伍堂君」


「お、おう。大丈夫か新田。怪我とかしてないか」


「ええ。それは大丈夫よ。助けてくれてありがとう」


 新田の手は少し震えていた。そこまで怖いのならあいつらに関わらなきゃ――という問題ではないのだろう。


 ああいう輩を注意しないと気が済まない。根っから委員長キャラなのだろうな。


「いいよ。別に俺は何もしてない。ただ怖い顔をしていただけだ」


「そうね。伍堂君の顔は通常時でもちょっと凄みがあるから。……でもあれほど変わるとは思わなかったわ」


「凄みがある、ね……。滅茶苦茶厚いオブラートに包んでくれてどうも」


「ふふっ。それはどういたしまして」


 新田は口元に手を当て、上品な笑みを溢した。


 ……新田も笑うのか。やっぱりいつもの機械的な表情よりもこっちの方がいいな。


「それに――『こいつ……俺の連れなんだわ。何やってくれてんの』というセリフ」


 新田の言葉にビクッと肩を震わす俺。


 ……やっぱり突っ込まれますよね。


「今日見た映画で出てきたわね。そしてシチュエーションも酷似してたわ」


「……咄嗟に出てきた言葉がそれだったんだよ。俺だって言った後凄い恥ずかしかったんだからな」


 今日見た映画の中で、ヒロインが柄の悪い男達に絡まれてる所をイケメンの主人公が助けるというシーンがあったのだ。


 そのシーンを見た影響であんなイケメンしか許されない言葉を吐く羽目になるとは……!


「伍堂君、帰り道はどの方向なの?」


 段々と涌き出てくる羞恥に悶えていると、新田から声が掛かる。


 もう新田の声色は元通りになっていた。


「俺はこっちだ」


「そう。なら一緒の方向ね。……途中まで一緒してもいいかしら」


「え? ……お、おう。じゃあ行くか」


 本当に変な日だ今日は……。


 まぁでも、たまにはいいか。こんな日も。


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