第48話 正義とは
「にしても……よくあいつらみたいなのに注意できたな。俺なら絶対に無理だ」
「……反省してるわよ。私なんかがでしゃばってしまった事については」
新田の足元に散らばった吸殻をキチンと片付けた後、俺と新田は夕暮れの道を隣り合って歩いていた。
今まで全く接点の無かった俺達が私服で帰り道を共にしている。
全くもっておかしな話だ。
「いや、別に責めてる訳じゃないけどさ……。寧ろああやって注意できるっていうのは長所だと思うぞ、多分」
「それでも結果的には貴女に迷惑を掛けてしまった。そして道に捨てられたゴミは私達が片付けた。……なら、私のした事はただ自分の身を危険にさらしただけで、何の為にもなってない」
新田の横顔はいつも通り機械的な表情だったが、ほんの少しだけ陰が差しているように見えた。
こんな時……どうフォローするのが正解なのだろう。こういう時にサラッと口が回る男がモテるのだろうが、いい言葉が出てこない。
……何故なら、俺も新田と同じように思ってしまったからだ。
――でも、ただ一つ言ってやれるのは、
「……まぁでも、新田みたいな人間がいるから世の中回ってるんだと思うぞ」
「……それはどういう意味?」
「ああいった場面に出くわした時、大抵の人間は『不快感』を覚える。でも自分から注意しにいくような『行動』はしない」
自分の目が映し出す光景の中で起きた不快な出来事。
大抵の人間はその不快な出来事を心の中でどうにかして処理する。何故なら深く踏み込むとによって、何かしらこちら側に不利益が生じる事を何処かで分かっているから。
今回のケースだとポイ捨ての注意。ああいった如何にもな輩に注意しにいくなんて今時の大人ならやらない。
「大抵の人間はスルーする。でも世の中を回して引っ張っていくような、その他大勢の人間じゃない奴がお前だってことだよ」
柄にもない事を言ってるな、と思いながら俺は続ける。
「新田の行動は正義だ。世の中の常識とは少し逸脱してるけど、その正義を貫き通した事は誇るべきだと思う」
少し前に「嫌われる勇気」とかいう本が流行ったか。
集団をコントロールし成功の道を歩かせるには誰かしらがその「正義」を貫き通さないといけない。
人間は弱い生き物ですぐサボろうとする。
そんな時にズバッと切り込んでいける、世の中的には少し常識はずれな人間こそが、新田のような存在なのだろう。
……正しい行動が世の中の常識から少しずれているというのもおかしな話だが。
「……初めてだわ」
消え入るような声で新田がそう呟く。
「……何が?」
「私のした行動を正しいと捉えてくれる人は」
新田のその言葉に、色々と察してしまう。
新田に関する評判はいいものばかりではない。それは先ほどのようにズバズバと間違った事を正していく行動によって、悪評に近いものが俺の耳に入ってきているのだ。
「……別に俺だけが新田を評価してる訳じゃないと思うぞ。心の中では皆正しい行動だと認めてる」
「……そうなのかしら。私はこんな性格の人間だから、周りの人達と上手く馴染めなくて。何度もこの性格を直そうと努力したのだけど中々ね……」
それはしょうがない。根っから委員長キャラなのだから。
「まぁ新田みたいなキャラはとっつきにくいだろうな」
「っ。そ、そうよね……。その通りだわ……」
弱っている心に俺の言葉が突き刺さったのか、新田の歩くスピードが少し落ちる。
「え、ちょ、……すまん。配慮が無かった」
「気にしなくていいわ。相手の気持ちを考えずに正直に言ってしまうのは私も一緒だから」
その言い方だと滅茶苦茶俺が悪いみたいになるんだけどな……。まぁ確かに俺が悪いけどさ。
「……私は、間違った事が嫌い」
いたたまられない気持ちになっていると、ポツリとそんな言葉が聞こえる。
「生徒会長に立候補したのも、生徒会長なら私の思うように生きていけると思ったから」
「……そうだな。確かに生徒会長は皆の模範とならないといけない存在だから。新田には天職に近い」
「でも……生徒会長になるには私一人の一存ではどうにもならない。皆から支持を受けて、晴れて生徒会長になれる。――私にとってそれは無理難題に近いわ」
だろうな、と俺は思う。
適正や能力、日頃の行い、勉学などの観点からすれば新田以上に生徒会長の座が似合う人間はうちの高校にいない。
だか他の生徒が求める生徒会長像が新田にあるのかと問われれば、答えに困る。
「分かっているの。もっと柔軟に、少しくらい間違いを許容できる心があれば生徒会長になりやすいことくらい」
生徒会長選挙の壇上に上がるのが、ガッチガチのガリ勉君で能力だけ見れば生徒会長に相応しい人間と、成績は悪いが皆から愛され、男女問わず人気のある人間としよう。
その二人を選挙で戦わせれば、どちらが勝つかは言うまでもないだろう。
これが政治に関わるような本物の選挙なら一概には言えないが――たかが高校の生徒会長選挙だ。
能力よりも人気。
もし新田が今の能力のまま、常に笑顔を絶やさず、注意する時もキツい言い方ではなく上手くやれる事が出来る人間。……彩乃先輩のような人間だった場合、こんなには悩んでないのだろう。
「……それはそうかもな。正直、今の評判のまま新田が選挙に出ても、多分他の生徒は『またうるさく言われそう』とか思うだろうな」
今の状況を踏まえ、新田の勝率を上げる方法が一つだけある。
「だからだろ? 彩乃先輩に応援演説を頼んだのは」
「……やっぱり気付いてたのね」
「当たり前だろ。流石に応援演説を頼むには付き合いが浅すぎる」
「……しょうがないじゃない。もうこれ以上の方法が無いの。――それに友人がいないのも事実だし」
ずーんと場の空気が沈む。
あ、また地雷踏んだかこれ。
「友達がいない事くらい気にするなよ。俺なんか友達がいない所か全校生徒から怖がられてるんだぞ」
「……そうね。私より酷い立場にいる人間がいると再認識できたわ。お陰様で少し気持ちが楽になった気がする」
こいつ……。自虐をこう捉えられると普通にムカつくな……!
「……そりゃようごさんしたね」
「ふふっ。……伍堂君が勘づくってことは、華ヶ咲先輩も――」
「完璧に勘づいてるだろうな。だから断ったんだと思うぞ?」
あの人のスペックは常人である俺達では想像も出来ない程に規格外だからな。
彩乃先輩を騙したり一枚上手をとれるのは、母である鈴乃さんくらいのものだろう。
「……? 断ったのは伍堂君の応援演説をする為ではなくて?」
「あのな……。何度も言ってるだろう。俺は出るつもりはないし、あれは彩乃先輩なりのジョークだ」
……ジョークだと信じたい。
「そうなの?」
「そうだ。……というか、簡単に信じ過ぎだろ。もうちょっと疑うという事を覚えろって」
新田の真っ直ぐ過ぎる性格は長所だと思うが、もう少し疑うという事を覚えてもいいのでは……。
俺の言葉に新田はムッとした表情を見せ、
「……それは心外ね。私はそこまで馬鹿じゃないわ。大体私は学力試験で学年一位の座を譲った事は無いし、それに――」
「あー、もういい。今の話の中で学力試験が出てくる事で色々察したから」
こうして関わるまでは一切表情を崩さないアンドロイドだと思っていたが……。
この不機嫌そうな表情。新田も普通の女子高生なんだな。
新田の人間らしい一面が見えた事に何故か嬉しさを感じていると、目当てであるスーパーの看板が目に入る。
「お……っと。俺スーパー寄って帰るから」
「そう。ならここで解散ね。今日は助けてくれてありがとう。また後日お礼するわ」
「いいってそんなの。俺がしたことといえば少し眉間に皺寄せたくらいだし」
俺的には、自分の顔であれほど怖がられた事に少し傷付いた。
最近はあんな風に怖がられる事も無かったので余計に、ね……あはは。
「それは聞き入れられないわね。受けた恩義はキチンと返す。――それが正しいことだと思うから」
新田の特徴でもある、一切曲がっていない背中。
猫背とは無縁の立ち姿のまま、新田はそう言い切る。
(本当に……真っ直ぐ過ぎるだろ、色々と)
「……はぁ。はいはい。分かりましたよ」
「ふふっ。それでいいのよ。ではまたね伍堂君」
俺に背を向けた新田を見て、伝えようと思っていた事を思い出す。
「――あ、おい新田」
不思議そうな顔で振り向く新田。
「何かしら」
「生徒会長選挙。多分立候補者お前だけだから、そんなに悩まなくていいと思うぞ。一人の場合なら当確だしな」
確かうちの高校は立候補者が一人の場合、その人の演説後に拍手を募り決定する方式だった気がする。
「――! ……そうね。立候補者が私だけなのを祈っておくわ」
そうして微少を浮かべた新田は去っていった。
(さっき見せたみたいな顔を皆が知ったら……また違ってくると思うけど)
イベントが盛りだくさんで今日は疲れた。
晩御飯は簡単に済まそう。カップ麺でいいか。
……もし彩乃先輩に見られたりしたら雷が落ちるだろうな。絶対に。
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