第49話 咄嗟に
ズルズル麺を啜る音が部屋に響く。
テレビの画面からは今が旬の芸人が身ぶり手振りで笑いをとる姿が映し出されている。
(明日は……早めに出るか……)
スマホを起動させメッセージアプリを開く。
『明日、どうするの』
『行きます』
というやり取りが画面の中に表示される。
(鉢合わせ、しないといいんだけど……)
ぼーっとテレビを横目で見ながら晩御飯であるカップ麺を啜っていると、来客を知らせる音が部屋に響く。
「……誰だ? こんな時間に」
疲れた体を引きずりながら玄関まで移動し、扉を開ける。そこには、
「よっ。こんばんわ。政宗君」
「彩乃先輩……」
昼間に見たようなお洒落な服装ではなく、部屋着のようなパーカー姿でいきなり現れた彩乃先輩は、さも当然のように片手を上げる。
「ど、どうしたんすか。もう遊ぶ時間じゃないと思いますけど……」
「いやー、家庭教師の授業が早く終わったからさ、暇だなーって思って」
その理由で俺の家に来るのは違うんじゃないですかね……。
「アポなしで来るとか小学生じゃないんですから……。というか、こんな夜道を一人で歩くなんて危ないですよ?」
「一人じゃないよ。ほらあそこ」
彩乃先輩は外の方を指差す。その方向には黒塗りの車にもたれ掛かり、笑顔で手を振るベンさんの姿があった。
そしてベンさんはその後、そそくさと車に乗り込み走り去っていく。
「……あの。ベンさん行っちゃいましたよ」
「そうだね。行っちゃったね」
数秒の沈黙。
「じゃあお邪魔しまーす!」
「あ、ちょっと彩乃先輩!」
はぁ……。
まあいいか。どうせここに彩乃先輩が来た時点で俺に選択の余地なんて無いし。
彩乃先輩は俺の家に上がり込むと、居間の畳の上でゴロゴロと寝転がる。まるで家主だ。
「政宗くーん。あんまりインスタントばかりは駄目だって言ってるじゃない」
「そんな格好で言われても響かないですね。――というか、それ何ですか?」
彩乃先輩が持ってきた紙袋。
何やら結構重そうだが……。
「あ、これ? これはね……」
起き上がった彩乃先輩は紙袋を手に取り、袋を逆さまにする。
すると中から大量の本がバサバサバサっ! と音をたてながら流れ落ちてくる。
「これって……」
その内の一つを手に取り表紙に目を通す。
表紙には可愛い女の子がイケメンに顎を持たれるあの行為――所謂顎クイというものをされているイラストが描かれている。
そして、見覚えのある題名が俺の目に飛び込む。
「いやー、映画の影響で全巻買っちゃったよ」
「まじっすか。これってまだ続いてるんですか?」
「みたいだね。だから全巻とは言えないかもだけど……。とにかく、本屋にあるやつ全部買ったんだよ」
「大人買いって奴ですね」
俺なら死んでも無理だな。この量の漫画を買うのは。
「やっぱり漫画を大量に買うのって目立つのかな?」
「そりゃぁ、多少は」
「そうかー。この漫画はベンに買ってきてもらったんだけどね? 凄い見られたって言ってたから」
(……それは漫画を大量に買って目立ってたんじゃないと思いますけど)
あの巨体がこの量の少女漫画を大人買いか……。
店員も何事かと思ったろうな。
俺は散らばる漫画の一つを手に取り、パラパラとページを捲る。……へぇ。結構絵が綺麗なんだな。
その時、俺の目に見覚えのあるシーン――というか、忘れる筈のないシーンが目に入る。
(これは……あの時の……)
ヒロインが不良に絡まれている所をイケメン主人公が助けるシーン。
次のページではヒロインの恋に落ちたであろうコマが見開きで描かれている。
(現実では滅茶苦茶落ち込んでたんだけどな……)
あのアンドロイドは恋に落ちるなんて人間的な反応をせず、自分のした行動を分析して反省してたな。
「へぇー! これって今日政宗君が体験したまんまだね!」
聞こえる筈のない言葉が聞こえる。
あれ?
何で知ってんの?
「……何の事でしょうか?」
俺がそう言うと彩乃先輩の頬が膨らむ。
「……とぼけるんだ。とぼけるって事は何か私に言えない事でもあるってことか……」
脳ミソをフル回転させ、現状を分析する。
何故か彩乃先輩は駅前の出来事を知っていて、俺は咄嗟に嘘をついてしまった。
(これは……まずい。別に悪い事をした訳じゃないんだから正直に言えばよかったのに……)
固まる俺の頬を彩乃先輩は自分の手で押さえ、無理矢理目を合わせる。
「私、今嘘をつかれたので傷ついてしまいました」
あ……もうこれ全部知ってますねこの人。
「……すいません。何故か咄嗟に……」
「傷付いたので、政宗君には一つお願いを聞いてもらいます」
「……出来る範囲でなら」
どうしよう。校舎内を全裸で走れとかだったら……。
ただでさえ悪い評判が更に地に落ちるぞ……。
彩乃先輩は俺の頬から手を引き、
「今度映画を見る時は、私と一緒に行ってもらいます」
「え? ……あ、はい。それくらいなら何時でも……」
俺がそう言うと彩乃先輩は目を輝かせ、
「本当!? じゃあ明日行こう!」
「い、いや明日はちょっと――」
そう。
明日は珍しく予定がある。
とても大事で、不思議な気持ちになる年に一度の日。
……母さんの命日なのだ。
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