第138話 生徒会演劇

 昼食を終えた俺と新田は、演劇チームのいる控室へと足を運んでいた。


 控室と言う名の空き教室には、演者の生徒が衣装に着替え台本を手に持ち、迫る本番を迎える最終準備を整えていた。


(おお……。結構本格的なんだな……)


 一応俺には新田から任命された「助監督」という肩書きがあるが、それは名ばかりなもので、蓋を開けてみれば新田が全ての仕事をこなしていた。


 なので演劇チームの出来栄えというのもあまり知らない。だが皆の真剣な顔を見るに、完成度の高いものを期待していいだろう。


「な、なぁ……。まだ来ないのか……?」


「お、落ち着けよ……。もうそろそろ来ると思うけど……」


 衣装に着替え台本の再確認――をしているかと思えば、男子数人がそわそわした様子で教室の外を気にしている。


(……あー、もしかして……)


 男子達のそわそわした感じ。この原因は恐らく……、


 その時、俺の肩が軽く叩かれる。


「よ! やっぱ楽しいな学園祭は!」


「早川……。その衣装、結構似合ってるな」


「お、そう? さんきゅ。でも皆が見たいメインの人はまだ来てないみたいだけどなー」


 早川は控室の中をキョロキョロと見渡す。


 その時だった。


「――っ」


 ガヤガヤとしていた控室が、一瞬にして静まり返る。


 皆の視線は手元にある台本ではなく、開かれた扉の前に立つ人物に注がれていた。


「……っ」


 思わず俺も、言葉を失う。


 控室に入ってきた人物――白雪姫のドレスを纏った彩乃先輩は、皆からの視線がくすぐったいのか小さく微笑んだ。


「生きてて良かった……」


「ああ……。本物の姫がいる……」


 周りの男子達は彩乃先輩に心を奪われたようで、幸せそうに視線を送る。


 男子達だけではない。女子生徒達も彩乃先輩の姿に心奪われたようで、


「は、華ヶ咲先輩! とっっっっても良くお似合いです!!」


「本物の白雪姫かと思いましたよ! ……あ、あの、もし宜しければお、お写真を一緒に撮って頂けないでしょうか!」


 彩乃先輩は苦情混じりで頬をかき、


「え、ええ。いいわよ」


「やった! じゃあこちらでお願いします!」


「あ! ずるい! 華ヶ咲先輩! 私もお願いします!」


 見る見るうちに華ヶ咲先輩の周りを人が取り囲んでいく。某有名遊園地に居座るネズミのキャラクターなみだ。


 そんな様子を外から眺めていると、バッチリと彩乃先輩の視線と俺の視線が合わさる。


(……っ)


 彩乃先輩は群がる生徒達の要望に一通り答えた後、ゆっくりとこちらに向かってくる。


「……やぁ、政宗君」


「ど、どうも……」


 若干の間が生まれる。お互い思っている事は一緒なのだろう。


「……私の衣装、どうかな? 変じゃない?」


「へ、変な訳ないですよ。周りの反応見たら分かるでしょ」


 俺がそう言うと、彩乃先輩の頬が少し膨らむ。


「……そういう事じゃないよ。私はちゃんと政宗君に言ってもらいたいの」


 上目遣いでムッとした表情を浮かべながら、トンっと俺のおでこを弾く。


 ……何だかこんなやり取りが懐かしく感じる。そして、こんなやり取りでさえ俺の気持ちは嬉々としたものになってく。


「――似合ってますよ。本当に」


 自分でも驚く程にサラッと口から滑り出た言葉。


 俺は自分でも扱いにくい人間だと思う。普段なら適当な理由をつけて、自分の本心を言わないように持っていく筈なのに……。


「あ、ありがと……。――あはは。真剣な顔でそんな事言われたら流石に照れるね」


 見慣れた筈の彩乃先輩の顔。


 その筈なのに、そう言った彩乃先輩の表情に、俺は見惚れてしまっていた。


 言葉では言い表せないような、フワフワとした感覚。


「――お取り込み中でしょうけど、宜しいでしょうか」


 そんな空間をぶっ壊すかのように割り込まれた声で、いつの間にか縮まっていた彩乃先輩との距離が元に戻る。


「わっ! ……な、何だ紫帆ちゃんか。脅かさないでよ」


「申し訳ありません華ヶ咲先輩。脅かしたつもりはないのですが」


 腕を組み、何だか不機嫌なオーラを醸し出しながら現れた新田は、強く鋭い眼光で俺を睨みつける。


「……な、何だよ。怒られるような事してないぞ」


 新田は「はぁ……」と深いため息をつき、


「……何でもないわよ」


「絶対何かあるだろ。いいから言えよ」


「何でもないって言ってるでしょ。馬鹿」


 明らかに不機嫌。


 だがこれ以上踏み込むのは悪手だと、これまでの経験で分かる。


 ここは生徒会長様の言う通り、黙っておくのが良いだろう。


「――華ヶ咲先輩。そろそろ本番ですのでステージ裏にお願いします」


「うん。分かったよ。ありがとね紫帆ちゃん。……いや、生徒会長さん」


 新田は目をパチクリと動かした後、彩乃先輩へ首を振り、


「お礼を言うのはこちらです。華ヶ咲先輩のお力添えがあったからこそ、これほど盛り上がりを見せる学園祭が出来上がったのですから」


「やめてよ紫帆ちゃん。……それに、そういうセリフは全部終わってからにしてよね」


 新田の言う通り、今年の学園祭は盛り上がっている。来校されている地域の方々も多いような気がするし。


 そしてその源が彩乃先輩であることも、紛れもない事実だ。


 彩乃先輩にお礼を言う新田は、やはり新田だなと思う。


 続々と移動を始める演劇チーム。彩乃先輩もその波に乗るように歩を進めていく。


「……政宗君」


 彩乃先輩の足が止まり、俺の名が呼ばれる。


「どうしました?」


「約束、覚えてるよね?」


 瞬間、俺の体に力が入る。


 忘れる訳がない。俺は気持ちを伝える為に、屋上に彩乃先輩を呼び出しているのだから。


「……はい。勿論です」


 彩乃先輩はくるっと回転し、こちらを振り返る。


 だが、彩乃先輩の視線は俺ではなく、隣にいる新田の方を向いていた。


「――屋上で、待ってるから」


 彩乃先輩がそう言葉を発した瞬間、隣にいる新田の体が小さく跳ねた。


 首を少しだけ捻り新田を見ると、彼女の視線は彩乃先輩の方を向いており、二人の間で無言のやり取りがされているような感覚を覚えた。


「……じゃあ、行ってくるね」


「はい。頑張ってくださいね、彩乃先輩」


 それだけ言い残し、彩乃先輩はステージ裏へと向かっていった。


 彩乃先輩の演技か……。まぁあの人なら問題なく完璧にこなすんだろうけど。


「……伍堂君、ちょっとお願いがあるの」


 二人だけになった空間に、ポツリと新田の声が小さく響く。


「ん? 何だ? まだ生徒会の仕事があるのか?」


「いえ、そうではないわ」


 新田は深呼吸をした後、スッと目を閉じ――開く。


「華ヶ咲先輩に会う前に……私にも時間を貰えないかしら」

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