第137話 目撃

(ああっ! 何でこんなに鬱陶しいのよっ!)


 荒れる胸中。だが恐らく表情には出ていない。


 それは目の前で私に対し無駄なアピールを続ける男子達を見れば分かる。多分この荒んだ感情が顔に出ていたら尻尾を巻いて逃げるだろう。


「彩乃さん。俺雑誌のモデルとかしてるんだけどさ。今度良かったら最近できたイタリアンの店に食べに行かないかい?」


 イケメン風の男の子が髪をかきあげそう私に告げると、


「お前! 何抜け駆けしてんだ! ……彩乃さん。こんな男より僕と遊びに行きましょうよ。まずは親睦を深めるという意味でこの学園祭を一緒に回りましょう」


 割って入ってくるイケメン2号が1号を押し除けそう私に告げる。


 その二人だけだ済む筈もなく、この二人の誘いを皮切りに怒涛のお誘いラッシュが繰り広げられる。


「……あ、あはは」


 ビジネススマイルもそろそろ効果が切れてきたようで、私の顔に苦笑が浮かび上がる。


 私はどこかの国の総理なのだろうか。


 私を取り囲む包囲網に、そう勘違いしてしまいそうだ。


(――はぁ。政宗君、今頃何してるのかな……)


 こんな外見だけのペラッペラな男なんてどうでもいい。


 もうここの所ずっと政宗君と触れ合ってない。……まぁ私が避け気味になっているのもあるんだけどさ。


 政宗君を好きという答えを自分の中で見つけてから、今までのように接せれなくなっている私。


 ただでさえ紫帆ちゃんという強敵がいるのだ。それに告白するという宣戦布告も受けている。


(まぁあの政宗君がそう簡単に紫帆ちゃんに靡くとは思ってないけどさ……)


 ……大丈夫、だよね?


 あれ? 本当に大丈夫?


 最近政宗君の周りには紫帆ちゃんがうろついているのは知っている。彼女は本気だ。本気で政宗君のハートを仕留めようとしている。


 それに比べて私は……何やっているのだろう。


 今までのリードなんて、もしかしたらもう既に追いつかれ、並ばれているのではないだろうか。


 ――それ所か逆転を許してしまっていたりして……!


「――な、ないない! それは流石にないよ!」


 いきなり発せられた、周りの人間からしたら意味の分からない発言に、鬱陶しい人垣となっていた男子達のから動揺の声が上がる。


 私は慌てて口を覆い、すぐさま誤魔化すような表情を顔に貼り付ける。


(……ない、よね? 大丈夫、だよね……?)


 意味のない自問自答。


 駄目だな私。こんな事ばかりしてちゃ。


 そう自嘲していると、人垣からひょっこりと小柄な男子生徒が姿を見せる。


「――や、やっとここまで来れた……」


「ち、千明君。どうしたの?」


 現れた男子生徒は、生徒会演劇で私の相手役を演じる千明君だった。


 彼の体格でこの人垣の中を突き進んでくるのは中々骨が折れたのだろう。額に滲む汗が、その苦労を物語っている。


「は、華ヶ咲先輩。そろそろ生徒会演劇チームの控室の方までお願いします。準備等色々ありますので……」


「え? もうそんな時間?」


 私はポケットからスマホを取り出し、時刻を確認。


 ……うわ。本当だ。私、結局この学園祭でこいつら(有象無象の男達)の相手しかしてないんだけど。


 政宗君と触れ合いながら過ごす学園祭という理想とは程遠い現実。そんな現実に小さくため息を漏らす。


「……華ヶ咲先輩? 大丈夫ですか?」


 私の些細な異変を感じ取ったのか、千明君は心配そうな表情を私を見る。


「……うん。大丈夫だよ。――じゃあ行こっか」


「はい。……出来れば早く行きましょう。先程から周りにいる人達からの視線が僕の体に刺さりまくっているので……」


「あはは……。なら早く行こっか」


 ◆


 控室に行く途中。


「……あ」


 少し前を歩く千明君から、そんな声が聞こえてくる。


 千明君の目線は窓の外――つまり中庭の方を向いていた。何かあったのだろうか。


「どうかしたの?」


「い、いえ! 何でもないです! さ、さぁ早く行きましょう!」


 千明君は私の後ろに回り込み、ぐいぐいと私を押す。


「ちょ、ちょっとどうしたの」


 千明君に押されながらも、私は中庭の方へ視線を向ける。


 ……別に普通だ。違和感があるとするならば、男女のペアが目立つくらいか。まぁ学園祭なのだからこうなっても不思議じゃない。


「――あ」


 そう思っていた私の口から、思わず漏れ出す言葉。そして足の動きが止まる。


 数いるカップル達の中に、見知った人間達が2人。


 そのコンビはベンチに腰掛け、手に持っている焼きそばを仲睦まじそうに食していた。


(あ、あんなに近づいて……! う、羨ましい……っ!)


 そのコンビ――政宗君と紫帆ちゃんは、傍から見ればカップルだと思われるだろう。それ程までに二人の距離は近い。


「は、華ヶ咲先輩。そろそろ行きましょう」


「ちょ、ちょっと待って! だってあの二人って――あッ!!」


 千明君を無視したまま窓に張り付いていると、あろうことか……あ、あ〜んをしている……だと……ッ!?


「ち、千明君! あ、ああ、あれ見てよ! わ、私の見間違いじゃないわよね!」


「うわっ! は、華ヶ咲先輩! 落ち着いてください!」


 千明君の両肩を掴みぐわんぐわんと揺すりながら、私は今尚行われている二人の行動を食い入るように見る。


 紫帆ちゃんは照れているようだが、それ以上に幸せを感じさせるような笑みを浮かべており、政宗君も満更ではなさそう……!


 気のせいだろうか。あの二人の空間に甘い雰囲気が広がっているような……!


「……やっぱり気になりますか」


「え!? べ、別に気になんて……!」


「そうなんですか? 華ヶ咲先輩、アニキの事好きなんですよね?」


 隣の千明君から放たれた言葉に、思わず体が固まる。


「――あ、あはは。気付いてた?」


「そ、それは勿論。逆に気付かれてないと思ってたんですか?」


 半分呆れたようにふぅっと息を吐きながら言われた言葉に、私は「うっ……」と声を漏らす。


 そして赤くなった頬のまま、再度あの2人へ視線を向ける。


「……いいなぁ。紫帆ちゃん」


「……まだあと少しくらいなら、時間ありますよ」


 千明君は呟くようにそう言った。


 気になるのであれば、今からあの場に行ってくればいいと言っているのだろう。


「……千明君はさ、紫帆ちゃんの味方でしょ?」


 数秒間、空白の時間が流れる。


「それは――そうですね。しーちゃんは僕の大好きな姉ですから。しーちゃんには幸せになってもらいたい」


 千明君は私の方を向いて、


「僕はまだお二人のような恋愛をした事がありません。だから良く分からないですけど……僕が華ヶ咲先輩の邪魔をするのは違うと思うんです」


 千明君は「まぁさっき華ヶ咲先輩の背中を押したのは、見せちゃいけないやつだと思ったからですけど」と付け加える。


「大人だね、千明君は。……私はどんな手を使ってでも、政宗君を手に入れたい」


「あはは。それが恋してる人間と、そうではない人間の差なんだと思いますよ」


 紫帆ちゃんは今尚、政宗君に向かって焼きそばを食べさせようとしているみたいだ。当の政宗君は照れて拒否してるっぽいけど。


「僕はしーちゃんを応援してます。……でも、それだけです。僕は陰ながら、結末を見届けたいと思います」


「……そう、なんだ」


 私は中庭に注がれる視線を外し、歩き出す。


「いいんですか? 行かなくて」


「うん。控室行こっか」


「……分かりました。行きましょう」


 政宗君が、どんな決断をするかなんて、私には分からない。分かりようもない。


 ただ事実なのは、紫帆ちゃんは本気だと言うこと。


(演劇前に、政宗君に伝えよう。――あの事を)

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