第136話 デート?
「――あ、やっと帰ってきたわね伍堂君。どこいってたのよ」
想像もしてなかった人たちと出会い、精神的に少し疲労しながら、俺は新田の元へと帰っていた。
「いやちょっと知り合いに捕まってな……。で、まだ仕事はあるのか?」
「そうね……。仕事という仕事はないわ。もう少ししたら生徒会演劇の時間帯になるから、そちらに行かないといけないけど」
生徒会演劇は学園祭の終盤に組み込まれている。
学園祭が始まると大抵の生徒はクラスの催しや模擬店の方へ足を運ぶ。なので人を集めたい生徒会演劇は、少し生徒達が落ち着いた夕方に組み込んだらしい。
「そうだな。……て事は今くらいしか暇な時はないか」
少し早いが昼飯にしてもいい時間だし……。模擬店の方にでも行ってみようかな。
彩乃先輩……は誘えないか。多分今頃彩乃先輩は男どもの争奪戦に巻き込まれているだろうし。
(うーん。柚木と合流してもいいが空閑に睨まれるのは勘弁してもらいたいし……)
「あ、あの伍堂君」
「ん? 何だ新田」
新田に呼ばれ振り返ると、そこには視線の定まらないもじもじと動く新田の姿があった。
「……トイレか?」
「違うわよっ! ……その、この前の話覚えてる?」
この前というと……飴の話か。
「あれか? 飴がどうたらって言ってたやつ」
「それよ。もし伍堂君がいいなら――い、一緒に回らないかしら」
「え……。ま、まぁいいけど。だけど無理してんなら別に――」
もし無理してるなら全然一人でもいいんだがな俺は。
「そ、そんな訳ないッ!!」
新田の声が辺りに響く。
「そ、そうか。そんなに大きな声を出さなくても……」
俺がそう言うと新田はハッとした様子で口元を手で覆い、
「ご、ごめんなさい。取り乱したわ。……じゃあ私と回るって事でいいわね」
「おっけ。なら行こうぜ。新田お腹空いてる?」
「え、ええ。それなりには」
「なら飯食いに行こうぜ。俺もうペコペコだからさ」
◆
お昼時ともなればそれなりに人の往来は多くなり、歩く人達の手には、焼きそばやらポテトフライなどが握られている。
(にしても……他校の生徒多いな……)
恐らく例年と比べても、これ程までに他校の生徒がうちの高校に来た事はないだろう。恐るべし彩乃先輩効果だ。
「ね、ねぇ、伍堂君。何食べる?」
「ん、そーだな。取り敢えず焼きそばでも食べようかな――って、女の子には重いか」
「わ、私の事は気にしなくていいわ。なら焼きそばにしましょうか」
……さっきから新田の様子がおかしい気がする。
いつと凛とした姿勢と表情で歩く新田の筈なのに、今は心の動揺が顔にはっきりと出てる。
彩乃先輩に「政宗君は人の変化を察知する能力が欠けてるね」と言われた事がある俺でも、今の新田がどこかおかしい事は分かる。
俺の一歩後ろを歩く新田を気にしながらも、焼きそばが売っている場所を目指し歩いていると、突然俺の服が後ろに引っ張られる感触を覚える。
「っと……。ど、どうした新田」
後ろを向くと、少し俯き気味で俺の服をちょこんと掴む新田の姿があった。
「ご、伍堂君」
「お、おう。何だ」
「……人、多いわよね」
「そ、そうだな。見りゃ分かる」
「こういう時に起こり得るトラブルって……何だと思う?」
こいつは一体何を言ってるんだろう。なぞなぞ?
「……まぁ、1番最初に思いつくのは、友達とかとはぐれる……とか?」
「そうね。その通りよ。それが事前に起こり得ると理解しているなら……対策を立てないといけないと思うの」
新田は伏せていた顔をゆっくりと上げた。
赤く紅潮した頬。そしてきゅっと結んだ唇をほどき、
「だから――このまま掴んでても……いい?」
今まで聞いた事のない程、熱く濡れた声色に、俺の心臓がドクンッと強く脈打つ。
言葉の意味を理解するのに、いつも以上の時間が掛かったが、何とかフリーズした脳を再起動させ、
「え、あ、あ、お、おう。べ、別にいいけど……」
……全然口が回らない。
多分、俺の顔も新田に負けず劣らず真っ赤に染まっているのだろう。
「……それじゃ行きますか」
「そ、そうね。そうしましょう」
若干後ろに引っ張られるような感触を感じながら、俺は新田を連れて歩くのだった。
◆
俺と新田は目当てである焼きそばを二人分購入した後、中庭のベンチに腰掛け遅めの昼飯を食べていた。
「結構旨いな。やっぱ鉄板で作る焼きそばって違うんだなー」
「そうね。私もここまで美味しいとは思わなかったわ」
「新田って料理とかするのか?」
「たまにね。千明や両親の夜ご飯を作ることもあるし」
そんなたわいもない会話をしながら、俺と新田は昼時のまったりとした時間を過ごした。
新田とのこの時間をこんなにも受け入れている自分に驚く。ちょっと前まではこんな事あり得なかった。
それも全部……あの人の影響なんだろうな。
「……ご、伍堂君は、料理の出来る女の子って……どう思う?」
「え? 何それ。何でそんな事聞くんだよ」
「いいから! 早く答えて頂戴」
何故そんな事が気になるのか知らないが……まあいいか。
「……そりゃー、出来るなら出来た方がいいと思うぞ。俺は料理得意じゃないし」
「そ、そうなの。なら……伍堂君は料理が出来る女の子がタイプって事なのね」
「え。い、いや、別にそういう訳じゃ……」
地面に視線を落とし、何やらぶつぶつと呪文のように唱えている新田。これは放っておくのが正解か。
俺は焼きそばを口に運び、咀嚼しながらぼーっと前を見つめる。……なんかこの場所、やたらと男女のペアが多いような気がする。
ふと目に入ったカップルは、お互いのクレープを仲睦まじそうに食べてさせあいっこしてるではないか。
(……おーおー、お熱いこって)
ああいうのを見てしまうと、やっぱり考えてしまう。あの人の事を。
『ふふっ。なにさ政宗君。恥ずかしいの? 可愛いなぁ政宗君は』
(……何気持ち悪い事想像してんだ、俺。まだそんな立場でもないだろ)
浮かび上がってきた邪念を振り払うように、俺は焼きそばをかき込む。
その時、隣から「よしっ」という声が聞こえてきた。
「――ご、伍堂君。ちょっといいかしら」
「ん? 何だ新田――って、何やってんだお前」
新田は何故か、焼きそばを掴んだ状態の箸を、俺の顔近くまで持ってくる。
まるで恋人達がする「はいっあ〜んっ!」みたいなのに見えるんだが。
「わ、私はもうお腹一杯なの。もう胃に焼きそばの一本も入るスペースは無いわ」
「お、おう」
「でも私の分の焼きそばはまだ残ってる。……と言う事は、誰かに食べてもらわないといけない。勿論、捨てるという選択肢は存在しないから」
今にも無理矢理口にねじ込んで来そうな程、新田から感じる圧が凄い。
そうこうしている内に、ジリジリと新田の箸が俺の口元に近づく。
「ちょ、ちょっと待て。食べるから一旦この迫り来る箸をどうにかしてくれないか」
「な、何故? 私の使った箸では食べられないといい事なのかしら?」
「い、いやそうじゃないが……え、マジなのこれ」
ジリジリと迫る焼きそば。
……ええい! こうなったら仕方ない!
俺は決心し、勢いよく新田から差し出された焼きそばを口に入れる。
「……これでいいのかよ」
やばい……。新田の顔が見れない。
俺は恐る恐る、新田の表情を伺う。
すると――、
「……うん。いいに決まってるじゃない」
嬉しそうに笑みを浮かべた、新田の表情がそこにはあった。
普段見せている仏頂面ではなく、俺たちの周りにいるカップル達のような顔を、俺に見せていた。
(……何だよ、その顔)
さっきからドクドクと心臓がうるさい。
口に入っている焼きそば。この焼きそば、味薄くないか? 何故か味覚が鈍くなっているような気がする。
「伍堂君、どうしてそっぽを向いているの?」
「……うるさい」
「……ふふ。ほら伍堂君、まだ焼きそばあるから早く口開けて」
「や、もう勘弁して下さい……」
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