第135話 まさかあの人が……

『伍堂君! こっちこれそうか!?』


「あー、分からん。ちょっと忙しくてな」


『まぁそうだよな……。分かった! こっちは何とか回すから、伍堂君は自分の仕事を頑張ってくれ!』


「おお。すまんな早川」


 通話を切り、目の前をどんどん通過してく人波を見つめる。


 俺のクラスの催し物であるお化け屋敷だが……ちょっと俺はクラスの方に回れそうにない。主にあの人使いの荒い生徒会長様のせいで。


 お化け役なんて絶対嫌だと思っていたのだが……いざ出来なくなると、少し寂しくなった自分に驚く。


「……まぁしゃーないよな」


 俺はそんな事を考えながら、歩き出す。


 うちの学校の学園祭には他校の生徒だけでなく、町内の人や保護者なども沢山来る。


 その中でも町内の人達が楽しみにしているのは生徒会演劇だ。今年は有名人の彩乃先輩が主演という事もあるのか、目に入る大人が多いような気がする。


 人の波に逆らうように歩いていると、こちらに向かって歩いてくるある人物が、俺の目に止まった。


「……え?」


「久しぶりね、政宗君」


 少しキツい目つきに細いフレームの眼鏡。


 凛と立つその人――美咲さんだ。


「な、何で美咲さんが……!」


 訳が分からない。俺は美咲さんに今日が学園祭の事を言ってない。


 それに、もし美咲さんが俺以外の人に今日が学園祭だと聞いていたとしても、この人がわざわざここに来る理由はない筈だ。


「何でって……ここに用があるからよ。初めて来たけどいい学校ね」


「よ、用? 美咲さんがこの学校に何の用があるんですか!」


 俺がそう言うと、美咲さんは訝しむような目つきで俺を見た。


「な、何ですか」


「いや……。貴方、私が来た理由を知らないの?」


 ……は?


 何を言ってるんだ。滅多に美咲さんと話さない俺が、何故そのような事を知っていると思っているのか。


「……知る訳ないでしょ」


「――へぇ。あの子まだ……」


 顎に手を持ってきてブツブツと何かを呟く美咲さんだが、周りの喧騒にその声はかき消され俺の耳までは全く届かない。


「美咲さん?」


「あの子がまだ言ってないなら、私はまだ言うべきではないのかもね」


「……どういう意味です」


「さぁね。まぁその内分かるわよ」


 さっぱり意味が分からないが……。


「じゃあ私はそろそろ行くわね。寄る所があるの」


「は、はぁ……。分かりました」


 まさか学園祭で美咲さんと出会うなんて……。面倒な事にならないといいけど。


 ◆


「あら……」


「おっ、久しぶりだね。政宗君」


 今日は懐かしい人達に会う日だ。


 ――だけどこの人達と会う時は、心構えがいるからこんな風に対面するのは勘弁して欲しい!


「お、お久しぶりです!」


 上品な和服に身を包んだ一人の女性と、見るからに高級ブランドのスーツなのだろうと思える程、気品に満ち溢れた男性。


 忘れる筈もない――彩乃先輩の両親である、鈴乃さんと大和さんだ。


 朗らかな笑みで俺を迎えてくれる大和さんだけならまだいい。


 だけど相変わらずの覇気を纏った鈴乃さんには、今すぐ逃げ出したいという気持ちが芽生えてしまう。


「ははっ! それほど固くなる必要なんてないよ政宗君。君はもう身内みたいなものじゃないか!」


「――大和さん。適当な事を言うものではありませんよ」


 思わず背筋が伸びてしまう程の冷たい声。大和さんはどうやら尻に敷かれているらしい。


「あ、あはは……。そんな事言わなくても……」


「……政宗さん。お元気でしたか?」


「は、はい。……まさかお二人が学園祭に来られるとは夢にも思ってませんでした」


「何を言っているのです。我が子の晴れ舞台、親として見逃す訳がありません」


 あー、なるほど。彩乃先輩の演劇を観る為にって事か。


(それでも鈴乃さんがわざわざ来るなんて意外なんだよな……)


「まぁ実際……彩乃さんにどうしても来て欲しいと頼まれたというのもあるのですが」


「え? 彩乃先輩に?」


「そうだよ政宗君。本当なら僕は仕事で来れなかったんだけどね、彩乃がわざわざ電話してきてまで僕たちに来て欲しいって言ったんだ」


 彩乃先輩がそこまで演劇に真剣だったなんて……。知らなかった。


 たまに千明と廊下ですれ違った時に様子を聞いていたが、いつも遅くまで一人で稽古していたらしい。


「そ、そうですか……」


 その様子に大和さんと鈴乃さんは顔を合わせ、


「……政宗君? 彩乃と何かあったのかい?」


「い、いえ! 別に何もないですよ」


 この感じだと彩乃先輩は何も言ってないのか……。


「……? そうかい? ならいいんだけどさ」


「……」


 大和さんは納得してくれたようだが、さっきから鈴乃さんの凍てつく視線が……!


「じゃあ僕たちは彩乃の出番までもう少し校内を見て回る事にするよ」


「は、はい! ゆっくりしていって下さい」


 大和さんから差し出された手をなるべく笑顔で握り返す。だが今尚鈴乃さんからの視線は俺の体を刺しまくっている。


「……政宗さん」


「っ。は、はい!」


「――彩乃さんの事、お願いしますね」


 それだけ言い残し、二人は去っていった。


 まさか美咲さんに加えて華ヶ咲夫婦にまで会う事になるなんて。


『彩乃さんの事、お願いしますね』


 鈴乃さんに言われた言葉が、ずっと俺の中に残るのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る