第134話 学園祭、当日

 学園祭、当日。


 学園祭の運営に関わっている生徒会の手伝いをしている関係で、俺は一般生徒より早めに学校へと来ていた。


 いつも見る殺風景な校舎。だが今日だけは派手な横断幕という化粧で彩られ、これから始まる祭りを待っているように見えた。


 ただの学校行事に過ぎないのだが、こうやって誰かと創り上げるものというのは、これからの人生において忘れられない記憶となるのだろう。


 そんな事を思いながら、俺はスマホを起動させ、メッセージアプリを開く。そして、彩乃先輩とのトーク画面に視線を落とす。





『学園祭の後、時間をもらえませんか』


『いいよ。じゃあ屋上で待ってるね』





(き、緊張する……。そこらのカップルは皆こんな事してんのか……)


 俺は彩乃先輩に――気持ちを伝える決心をした。


 これ以上逃げたくない。不器用ながらにも背中を押してくれた空閑にむくいる為にも。……まぁ、あいつの場合『押す』んじゃなくて『蹴り飛ばす』なんだけど。


 どういう結果が出るかは分からない。でも――やらずに後悔はしたくない。


「……うしっ」


 パンパンと頬に気合いを入れ、気持ちを落ち着かせる。


 俺にとってのメインは彩乃先輩への告白なのだが、目の前の仕事を適当にする訳にはいかない。


 様々な思いを胸に、俺は校舎へと入って行くのであった。


 ◆


 学園祭が始まると、そこはいつもの学校では無くなっていた。


 校舎の中も外も人で一杯。いつも厳しい生徒指導の先生も、緩んだ顔で女子生徒と写真を撮っていた。


 当たり前かもしれないが他校の生徒も沢山きており、駅前とかで見たことのある制服を着た人たちが楽しげに校舎を歩いている。


「――あ! おーい! マサ先輩ーっ!」


「……ん? なんだ柚木か」


 こちらへ手を振りながら駆け寄ってくる一人の女子。そいつは両手に沢山の食べ物を持っていた。滅茶苦茶楽しんでそう。


「もうっ! マサ先輩携帯見ました!?」


「え? 携帯? なんで」


「はぁ……やっぱり。一緒に回ろうと思ってメッセ送ったのに既読つかないから――って、マサ先輩。その腕のやつなんです?」


 柚木は俺の腕に付いている腕章を指さす。


 俺はその腕章をさすりながら苦笑した。その腕章には……生徒会実行委員と書かれていた。いやなんで?


「……まぁ、読んで字の如くだ」


「あれ? マサ先輩って生徒会の人でしたっけ?」


 その通り。俺は生徒会じゃない。うちの生徒会長は人を巻き込むのが好きらしいんだ。


「違う。ちょっと手伝いでな」


 学園祭の準備やら生徒会演劇とかで、もうずっと新田と一緒にいる気がする。……いや、気のせいじゃないな。彩乃先輩と少し距離ができた分、新田といる時間が増えたのか。


「……へぇ」


「何だよ」


「いや、マサ先輩って大分変わったなって」


「……そうか?」


 そう言いながらも柚木の言いたい事はわかる気がする。


「はい! でもマイナス方向の変化じゃないんで、このまま真人間になりましょうっ!!」


「おいこら。その言い方だと今までやばい人間だったみたいじゃないか」


「え? そうですよ?」


 曇りのない目で見てくる柚木。……こいつしばいたろか。


「――あ! そうだマサ先輩! ちょっとこれ持ってて貰っていいです?」


「え? お、おい」


 柚木は急に手に持っていた数々の食べ物を俺へと押し付け、そして自分のスマホを取り出した。そのスマホからは長い耳が2本生えていた。


 そのスマホケース絶対使いにくいだろ……とか言ったら物凄い勢いで反論されそうだからやめとこう。


「写真撮りましょっ! マサ先輩!」


「写真? なんで」


「学園祭だからですよ! こういう時普通の人なら仲良い同士写真を撮るものなんですっ!」


 仲良いって……。まぁ柚木とは長い付き合いだし、仲のいい友達っていう部類に入るのかもな。


 柚木と写真なんて普段なら絶対断ってる所だが……まぁ学園祭だしな。


「……はいはい。分かったよ」


 俺が了承したのを聞いて、柚木は俺の体に強い衝撃がくる程に、自分の体を寄せる。


「ほらほら! もっと寄ってください!」


「お、おい……ちょっと近くないか?」


「近くないと画角に入らないんですよ! ――はいチーズ!!」


 カシャっという音と共に、スマホ画面には笑顔で顔の前に指でハートを作る柚木と、動揺していて目つきの悪い男子高校生が映っていた。


 因みに俺が初めて指でハートを作るポーズを見た時、ハエか何かを表しているのだと本気で思った。


「あははっ! マサ先輩はやっぱり極悪人の顔してますね! 出所したてって感じです!」


「悪かったな!」


「じゃあ今度は――これで撮りましょ!」


 柚木は自分のスマホを操作し、アプリを開いた。


 あー、これはあれだな。加工した写真が撮れるやつ。これくらいなら俺でも知ってる。


「じゃあ二枚目行きますよ〜っ!」


 柚木がカメラのシャッターを押そうとした時、俺はツッコミを入れた。


「……おい。何かすげーハート飛んでんだけど……」


 フレームはピンク。そしてハートがこれでもかと飛んでいた。


 どう見たってこれは友達同士で撮る時に使う奴じゃない。これは――、


「気にしない気にしない! ほら! 撮りますよ!」


 柚木は更にグイッと俺と距離を縮める。


「ちょ――」


「はい! チーズ!」


 撮られた写真には、仲睦まじそうに顔を寄せ合う男女の姿が映し出されていた。


「あはは……。流石にちょっと照れますねぇ」


「お前な……。無理してんじゃねぇよ。顔真っ赤じゃねぇか」


 柚木は「マサ先輩には負けますよ」と言い、撮った写真をまじまじと見て、


「――私はこれで、充分です」


「ん? 何が充分なんだ?」


 俺がそう言うと、柚木は「はぁ……」とため息をついた。


「マサ先輩……そこは聞いてないふりをする所じゃないですかね」


「何言ってんだお前……」


 柚木は全くと言った様子で首を振り、そして俺から食べ物を奪い取ると、


「じゃあ私はそろそろ行きますね! マサ先輩にも写真、後で送りますから!」


「はいはい、了解。これから一人で大丈夫か?」


「わ、私を子供扱いしないでください! ……でも一人は心細いのでくーちゃんと一緒にいます」


 空閑か……。あいつ今日来てんのかな……。性格的には来てなさそうだけど。


「ではでは! またですマサ先輩!! 写真待ち受けにしてもいいですよっ!」


「アホ言え。気をつけろよ」


 走り去って行く柚木に軽く手を振り見送る。……何だか凄く顔が熱いな。


「……さて、生徒会長の所に戻りますかね」


 ◆


「……げ」


「……ん? 何だ空閑か」


 新田の元へと戻る道中、一人で壁に背を預ける空閑がいた。


 この辺は展示物や催し物がない為、人気はない。まるで学園祭反対派の場所のように感じた。


「何やってんだよこんな所で」


「別に。あんたに関係ないでしょ」


「まぁそうだけど……。――あ、そういえば柚木が探してたぞ」


 そう言うと空閑はビクッと肩を震わせる。そして額に手を当てながら軽くため息をついた。


「はぁ……分かってるわよ。さっきからあの子からの着信が鳴り止まないから」


「なら早く行ってやれよ。多分探してるぞ?」


「もう既にそっちに行くって言ってあるわよ。……でもあの子、1分単位くらいで電話掛けてくるの。……全く、どういう教育してるのかしら」


 細くした目を俺へと向ける空閑。……いや、何で俺を見るんだ。俺は柚木の親でも何でもないぞ。


「それくらい早く会いたいって事だろ。いいから早く行ってやれ」


「うっさい。――で、どうすんのあんた」


 俺の隣を通り過ぎようとしたその時、空閑の足が止まった。


 そして空閑の言う「どうする」というのは、多分あれの事だろう。


「……伝える」


 口にするまで数秒かかったが、俺はそう空閑に伝えた。


 俺の言葉を聞いた空閑からは「あっそ」という簡素な感想しか返ったこなかった。


 コツコツと遠ざかっていく足音を聞いて、俺は振り返る。


「――ありがとな! 空閑!」


 あの空閑に感謝するのが正解なのかは分からない。


 でも俺が彩乃先輩へ気持ちを伝えるきっかけを作ってくれたのは……間違いなく空閑だから。


 だから俺は空閑へ絶対に聞こえる声で、そう言った。


 だが当の空閑は俺の声なんて届いてないといった様子で一切足を止めず、やがて空閑の背中は見えなくなった。

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