第133話 決意〜華ヶ咲彩乃〜

「――ふぅ、このくらいでいいかな」


 学園祭はもう間近に迫っている。という事は私が出演する生徒会演劇も、同時に迫ってきているのだ。


 私は皆が帰った後も一人稽古を続けていた。家でやっても良かったんだけど……何となくこっちでやる方が集中できる。


 帰り支度をしながら、私はスマホに不在着信が入っている事に気付く。


「……あはは」


 画面に表示される名前を見て、私は苦笑する。


「琴葉ちゃん、鬼電すぎだよ……」


 この前琴葉ちゃんと会った時、私と電話がしたいと琴葉ちゃんが琴葉ちゃんママにねだり、私の電話番号を教えたのだ。


 それからというもの、琴葉ちゃんからの鬼電は毎日続く。可愛いから癒されるんだけどね!


(でも大体最後には赤ちゃんの話になるんだよね……。小学生に子供催促されるって私くらいだよ……)


 家に帰って時間が出来たら折り返し電話する事にしよう。……あ、遅い時間は迷惑かな?


 琴葉ちゃんから以外にも、私には沢山メッセージが入る。有難いけどちょっと面倒に感じるのは人間としてダメだろうか。


 メッセージアプリを開き、溜まっているメッセージを返していく。


「……」


 最新のメッセージは、同年代の友達からによるもの。


 ……前までは、政宗君のアイコンが絶対1番上にあったんだけどなぁ。


 今では全然連絡を取っておらず、有象無象な私の友人達のアイコンに埋まっていた。


「……政宗君」


 彼の名を呟いて、彼のアイコンをタップ。


 するとトーク背景はデフォルトの青ではなく、政宗君の写真が表示される。


 いつだったか。私が作った料理を食べる政宗君を、私が盗撮したのだ。盗撮されている事になんて全く気付いていない様子で食べ進めている政宗君が可愛くて、トーク背景にしたんだよね。


「――ふふっ。私がこの背景にしてるって知ったら、『か、変えてくださいよ!』とか言うんだろうなぁ」


 勿論言われても変えるつもりはない。絶対に変えてやるものか。


 ……まぁ、今となってはそういうやり取りも恋しいんだけどね。


 メッセージアプリを閉じ、写真フォルダに入っている政宗君を見ていると、教室の扉をノックする乾いた音が私の耳に入る。


「――お疲れ様です。華ヶ咲先輩」


「し、紫帆ちゃん。どうしたの急に」


 ◆


 いきなり現れたのは紫帆ちゃんだった。まだ学校に残っていたなんて……。やはり生徒会長という仕事は大変らしい。


「……」


「ど、どうしたの?」


「いえ……何かありましたか? 顔が赤いようですが……」


 紫帆ちゃんに言われて私の頬が緩んでいる事に気付く。ま、政宗君のせいだっ!!


 すぐさま紫帆ちゃんから目線を切り、深く深呼吸。


「――だ、大丈夫。うん、大丈夫。問題ない」


「そ、そうですか……」


 紫帆ちゃんはまだ怪訝な表情を浮かべている。


 ……そりゃそうか。一人っきりの教室で頬を緩める人なんて怖いよね。


「そ、それで紫帆ちゃんはどうかしたの? 私に何か用かな?」


 紫帆ちゃんが私の元にくる理由なんて、生徒会演劇関係しかないと思うけど……。わざわざ世間話をしにくるタイプじゃないし。


「……はい。大切なお話があって、華ヶ咲先輩の元に来させていただきました」


 紫帆ちゃんの表情が少しだけ引き締まる。空気が変わった事を察した私は、やはり世間話ではないなと断定する。


「うん、何かな? 演劇関係?」


「いえ、そうではなくて……」


 言いにくい事なのかな? 私に言おうか言わまいか、まだ悩んでいるように見える。


 紫帆ちゃんは手の平に爪が食い込むほど、握りしめた後、強さを感じさせる口調でこう言った。





「――私、伍堂君に告白しようと思います」





 時が止まったように感じた。


 紫帆ちゃんの口から出た言葉の意味を理解するのに、いつも以上に時間が掛かる。


 全身が強張っていくのを感じる。見開かれた私の目は、紫帆ちゃんの姿から目線を外せなかった。


「……そ、そうなんだ」


 紫帆ちゃんが言った言葉を脳で処理、理解し、振り絞って出た言葉はそんな一言だった。


「はい。学園祭を一緒に回る約束を伍堂君としました。彼には生徒会の方も手伝ってもらっているので、当日も一緒にいる時間が多いと思います」


 私をからかっている――訳ではないよね。


 分かってたよ。


 紫帆ちゃんの心が……政宗君に向いているのはさ。


「私は今まで……勉強しかしてきませんでした」


 紫帆ちゃんは一切私から目を逸らさず、続ける。


「学生の本分は勉強。そう思っていたからこそ、周りにいるカップルの事なんてなんとも思いませんでした。……それも今思うと、いいなと思う異性と出会ってなかったからなのかも知れません」


「……うん」


「そんな私ですが……最近、気になる人が出来たんです。その人は目つきが悪くぶっきらぼうな所がありますが、人が困っていたら助けずにはいられない、そんな優しい人なんです」


 ……知ってる。


 言われたなくたって……知ってるよ。


「そんな彼と過ごしていくうちに――私は、無意識に彼を目で追っていました。家で勉強している時だって、頭の片隅には彼がいるんです」


 それは私だって一緒だ。


 私だってずっと、考えてる。




「そして今私は――彼を――伍堂君を、私だけのものにしたいって、心の底から思ってます」




 政宗君が……紫帆ちゃんのものに……?


「私は自分自身の願いを叶える為に、学園祭で彼に想いを伝えます。……か、彼の為なら何だってやるつもりです」


 政宗君の家の台所に立つ紫帆ちゃん。


 政宗君と一緒にご飯を食べる紫帆ちゃん。


 政宗君と笑いながら登下校する紫帆ちゃん。


 私が立っていた場所が……紫帆ちゃんになっていく……。


「――だ、ダメッッ!!」


 私は思わずハッとする。


「華ヶ咲先輩にダメと言われる筋合いは無いと思いますが」


「そ、それはそうだけど……! でもダメなの! だ、大体紫帆ちゃんに政宗君を満足させられるとは思わないなぁ!」


 何言ってんだ私。こんな事言う立場じゃないのに。


「な――! わ、私の男性経験が乏しい事は否定しません! で、ですが私には伍堂君が求める事を全てこなす覚悟があります! ……た、多少エッチな事だって彼の為なら私は――」


「え、エッチな事!? そんなの私だってまだやってないのに……っ!」


「べ、別にエッチな事をしたいという訳ではありませんっ!! か、彼が求めてくるならという意味ですっ!!」


「っ!! ま、政宗君って結構ムッツリさんなんだよ!! どうせ紫帆ちゃんが耐えられなくなるに決まってるんだから!!」


「わ、私は彼の思い描く理想の女性に向けて努力する事ができます! ……た、例え伍堂君の頭の中がピンク色に染まっていたとしても、彼の為なら私はどんな事だって応えてみせます!!」


 私の攻撃に怯まず、自分の想いをぶつけてくる紫帆ちゃん。今までこんな感情的に言い合った事なんて無かった。


 ヒートアップした論争。論争と言える程高尚なものではないけど、その論争は紫帆ちゃんの「……ふぅ」という息を吐く音で終わりを迎える。


「……私は伍堂君に気持ちを伝えます。華ヶ咲先輩に何を言われようと、それは変わりません」


「……何で私にそれを伝えに来たの?」


 政宗君は意外と押しに弱い。強めにアタックすればコロッといってしまう可能性がある。


 それに紫帆ちゃんのルックスは他の人達と比べれば一目瞭然な程に整っている。政宗君だって紫帆ちゃんに対して悪いイメージは無いと思う。


「――私はこの前卑怯な手を使いました。だから最後の戦いは、正々堂々としたかったんです」


「……正々堂々?」


「はい。華ヶ咲先輩の知らない所で告白したら、何だか不意打ちみたいじゃないですか。それに――」


 紫帆ちゃんは私に対して、にっと笑った、


「好きなんですよね? 華ヶ咲先輩も」


 紫帆ちゃんから出た問いかけ。


 その答えを今まで口に出してこなかった。今の関係が心地よくて、口に出してしまう事で崩れてしまうかと思っていたから。


 でも……もう……限界だ。





「――うん。大好き」





 紫帆ちゃんは私の言葉を聞き、数秒目を閉じてから、


「私が彼を貰います」


「そんな事になる訳ないよ。政宗君は私のものだから」


「ではどっちが勝っても恨みっこなしと言う事で」


「負けないよ、絶対に」


 私たちはお互いに開戦の言葉を交わした。


 絶対に負けられない。政宗君の隣が似合うのは、絶対に私――華ヶ咲彩乃に決まっているのだ。

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