第20話 終焉
「いらっしゃいませー! 二名様で? ――かしこまりました! こちらへどうぞ!」
「皿溜まってるから誰かお願い!」
「パスタ茹で上がったぞー!」
今日は中々の修羅場だ。聞こえてくる声色はどれも焦りを感じとれ、余裕のある従業員はキッチンにもホールにもいない。
こんな修羅場。いつもなら頭の中は仕事の事で満たされているのに、今は違う。
頭の片隅――いや、頭の半分以上が先輩の事で一杯だ。
目の前にある食材を作業的に料理しながら俺は今後どうするかを考える。
「四名様ですね! 禁煙席はあちらになりますのでお好きな席へどうぞ!」
このくそ忙しい中、よく通る声が厨房まで聞こえる。この声は柚木だな。
どうせどれだけ忙しくてもあいつは笑顔なんだろうな。
(あいつに相談してもいいんだろうか。でも相談相手なんてあいつしかいないしな……)
大和さんに頼まれ、確約ではないにしろ一度引き受けた依頼を無下にすることは出来ない。
でも俺一人じゃ何をすればいいか分からない。だから柚木に相談する。――って決めたんだけどな……。
「……悪いよな、巻き込んだら」
俺は誰にも聞こえないようにぼそっと呟く。
まぁ誰も聞いてないだろうけど。
多分、先輩が俺を避けるようになった原因は鈴乃さんだ。あの日鈴乃さんが俺の家に来た時の反応から察するに、先輩は鈴乃さんに頭が上がらないようだし。
(だから……今の状況を何とかするには鈴乃さんの暴走をどうにかして抑えないといけないんだよな)
けど俺には何もない。鈴乃さんと戦える武器が。
「ご、伍堂君! 手が止まってるように見えるけど……」
「――あ、すんません」
いかんいかん。考えすぎでどうやら仕事を疎かにしていたみたいだ。
給金を貰っている以上、手抜きの仕事は許されない。
「じゃ、じゃあしっかりね」
「はい。すいませんでした」
何だ……?
やっと普通に会話してくれるようになった職場の先輩が、俺を怖がっているように感じる。
「……なるほどね」
顔を手を当てると直ぐに分かった。
俺の眉間にこれでもかとシワが寄っていた事が。
◆
「柚木、ちょっといいか?」
「はぃ? 何ですか?」
バイトの上がり時間が迫るこの時間。俺は後片付けをしていた柚木に話しかける。
年下である柚木に迷惑をかけてもいいものかと散々悩んだあげく、俺は柚木に助言を請う事にした。
やはり俺一人では策を捻り出すのは無理だった。何と情けないことか。
「今日この後暇か?」
「え……と、まぁ予定は何もないですけど……」
「ならこの後時間貰えないか? 少し相談したいことがあってな」
……考えても見れば俺から柚木を何かに誘うなんて初めてだな。
客観的に見るとこれは……「この後暇? 一緒に飯食べにいこーぜ!」という感じに見られるのか?
いやでもそれだったらこれまで柚木から飯の誘いに乗ってきた俺は柚木とデートしていた事になる……よな。
「――デートの誘い、……かと思いましたがそういう訳でもないみたいですね」
「あ、ああ。ちょっとな」
柚木は「はぁーっ」と大きくため息をつく。
「……何だよ」
「いや、只マサ先輩は本当に友達がいないんだなと痛感しまして」
「ほっとけ! ……で、どうなんだ」
「いいですよ。じゃあマストの近くに出来たお洒落なカフェにでも――と、言いたいところですがマサ先輩のお財布事情じゃ厳しいですよねー」
年下の女の子に財布の心配をされる俺。
「うぐっ……。まぁ、そうだな」
「じゃあいつも通りあの公園でお話を聞きますよ」
「そ、そうか。気を使ってもらって助かる」
「いえいえ、私も一応マサ先輩にはお世話になってるんで。……一緒にいられるのも嬉しいし」
頬をほんのり朱に染めた柚木。
「……何で嬉しいんだよ」
「マサ先輩……。そこは聞こえてないふりをする所ですよ」
ジト目で睨む柚木。よくもまぁこうコロコロと表情を変えれるものだ。流石リア充。
「じゃあ出入り口の所で待ってるぞ」
「はい! 私も直ぐに行きますんで!」
柚木はビシッと敬礼し、女子用のロッカーへと消えていく。
(だからあざといっての……)
柚木が何故男に人気があるのかが分かった所で俺もロッカールームへと向かう。
……あいつより後に行ったら何言われるか分かったもんじゃない。
◆
今夜はとても星が綺麗だった。
こんな夜は幼い頃に母と見た煌めく星達を思い出す。
俺が今住んでいる地域は田舎でも都会でもない。だからそれなりに空気が綺麗なお陰で、こうやって空に雲がない日は綺麗に星が見える。
「……先輩も見てんのかな。星」
そんな考えても分からないような事を呟きながら、目の前にある光輝く四角い箱――自動販売機に硬貨を投入し、二人分の飲み物を購入。
そして俺は柚木の待つ公園へと歩く。大体俺たちが公園で駄弁る時は入り口付近のベンチと決まってる。
「ほら、柚木の分」
「ありがとうございます。――流石マサ先輩。もう私の好み完全に把握してますね」
「お前にはよく奢らされるからな。レモンティーを買ってきた時は分かりやすく喜ぶし」
こいつは意外に分かりやすい。
この前ミルクティーを買ってやった時も喜んではいたが、今の柚木の表情は何というかこう……おもちゃを与えられた子供? みたいな感じだ。
柚木はレモンティーを一口飲み、そして顔を引き締める。
「――で、何ですか相談って」
「……その、相談なんだがな」
「それってもしかしなくても彩乃さんの事ですよね?」
思わず驚愕。
何で柚木に勘づかれて……!
「というか、マサ先輩がわざわざ私に相談してくる内容なんか彩乃さん関連以外思い付かないですし」
「……そ、そうか。まぁ、その通りだ」
「滅多に人を頼らないマサ先輩が相談するんですから余程の事なんでしょうね。――何があったんです?」
それから俺は語った。今俺が置かれている現状。そしてこれから成さねばならない事。
柚木は真剣な表情で、時には相槌を打ちながら俺の話を聞いてくれている。俺は本当にいい後輩を持てたものだ。
「――と、いうことなんだ。それで俺はどうしたらいいか柚木に聞いてみよう、と……」
俺は柚木の方を向く。
柚木は俺への解答を模索するように何かを考えている様子――ではなく、
「……それ、もう答え出てるじゃないですか」
半分呆れたように、その一言を口にした。
「……は?」
「だから、マサ先輩が直接彩乃さんのお母様に直談判する以外何があるんです?」
「だ、だから俺じゃああの人には絶対――」
パシンッッッ!!
俺の頬から甲高い音が発され、夜の公園に鳴り響く。
ビンタされた訳じゃない。柚木は俺の両頬を手のひらでサンドイッチ。まるであっちょんぶりけの状態だ。
だが、俺の両目を捉える柚木の目は至って真剣。力強く、そして何処か優しさを感じとれた。
「マサ先輩の言うとおり、マサ先輩には何の力もありません。顔が凶悪なだけで戦闘力皆無だし、鈍感だし貧乏だし。マイナスポイントを挙げだしたらキリないです」
柚木はぐっと顔を近づける。絶対に俺の視線を逃がさないように。
「でもだからこそ! マサ先輩に出来ることは直接乗り込んで言い負かすしかないんです! 本当に彩乃さんを救いたいなら行動すべきです! いつまでもうじうじ悩んでどうするんですかッ!!」
……そうか。そうだよな。
漫画やアニメみたいに誰かがピンチの時に助けてくれる訳じゃない。
戦える武器がないからなんだ。なら拳一つで魔王に挑めばいいだけの事。
人はそれを『無謀』というだろうが、それしかないんだからしょうがない。
「困っている人や道を違えそうな人を放っておけないのがマサ先輩でしょ? なら行動すべきです」
柚木は俺の頬からスッと手を引き、ベンチの座面に膝立ちの状態で笑う。
「ここが踏ん張り所ですよ、マサ先輩」
そう言った柚木は右手を俺の頭の上に置き、そして優しく撫でる。
(ったく……。情けない先輩だな、俺は)
気持ちが落ち着く。普通なら直ぐに振り払っている所だが、今そんな気持ちは湧かない。
「……マサ先輩って髪の毛綺麗ですね。ずっとなでなでしてたいです」
「……それもいいかもな」
「――はッ!? ちょ、ちょっと何言ってるんですか! そんなのキャラじゃ――わわッ!」
スッと出た俺の本心に、柚木は驚いたのか頭から手を引き慌てた様子を見せる。
その影響からか、膝立ち状態だった柚木のバランスは大きく崩れ、
「柚木ッ!」
――ドサッ!
「……いったぁい……っ」
「大丈夫か柚……木」
俺は柚木の体を守ろうと咄嗟に腕を伸ばした。その影響で俺もバランスを崩し、柚木と一緒にベンチから落ちる。
ここまではまだいい。問題なのは……。
(――ヤバくね? この体勢)
地面に接しているのは仰向けになった柚木。その上に覆い被さるようにしている俺。
俺の膝は柚木のスカートの内部に侵入しており、お互いの顔も息遣いが感じられる程に近い。
端から見たら俺が柚木を襲っているのも同然。通報されてもおかしくない。
「――うおッッッ!! す、すまん柚木!!」
全身のバネを使い飛び退けようとするが、
「――マサ先輩」
ぐいっと俺の胸ぐらを掴みそれを阻止する柚木。
近い近い近い近い!! 何でこいつは平気なんだよ!
「私、さっきは完全に負けヒロイン的な役割でしたけど全く、これっぽっちも、微塵も負けるつもりありませんから。これだけは覚えといてください」
「はッ!? 何言ってんだお前!? いいから早く離れる――」
パシャッ
(……今何か音がしたような)
「ちょっと! 聞いてるんですかマサ先輩! 私は絶対に負けヒロインなんかになりませんからね! 覚悟しといて下さいよ!」
「――え? わ、分かったから取り敢えず離れるぞ!」
胸ぐらにあった柚木の手を何とか引き剥がし柚木と距離をとる。
そして音がした方に顔を向けるが、
(気のせい、か……?)
そこにはいつも通りの景色が広がっているだけだった。
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