第126話 困った時のお助け隊
最近、俺は彩乃先輩に避けられているようだ。
何故避けられているのか……。
……いや、理由は一つしかないよな。
勇気を振り絞って彩乃先輩に「一緒に帰りませんか?」とか「今日ご飯行きませんか?」など誘ってみたものの、返ってくる答えは「ちょっと忙しいからまた誘ってね」という文言だけ。
どうしたもんかと考えていたその時、背中をとんとんと叩かれる。
「マサせんぱーい。ちょっとそこ通りたいんでどいてもらっていいですかー?」
「ん? お、おお。すまんな柚木」
バイト中も頭にあるのは彩乃先輩が走り去っていく姿。どうしても離れてくれない。
(くそ……っ。今は仕事中だってのに……)
取り敢えず今は仕事に集中しよう。こういう時に凡ミスは起こりうるものだ。
頭を振り思考をリセットし前を向くと、向こうに行った筈の柚木がじーっと大きな瞳でこちらを見ていた。
……というか睨んでいた。え、俺何か悪いことしたか?
「……何だよ。何か用か」
俺がそう言うと柚木は眉間の皺を緩め、大きくため息を吐いた。
「……マサ先輩。彩乃先輩と何かあったんですか? というかどうせあったんでしょ。いいから早く話してください」
なん……だと……っ!
こいつはエスパーか。そんなに表情に出ていたのだろうか。いや、表情がいくら険しくてもなんで彩乃先輩の事だと……!
「……はぁ。――あのねマサ先輩。何で柚木は分かったんだみたいな顔をしてますけど、マサ先輩が悩む事なんて彩乃先輩関係しかないじゃないですか」
「うぐ……っ」
「そんな顔でいられるのも迷惑ですし。どうせ一人で悩んでてもいい解決策なんて出ないんですから早く話した方がいいですよ」
柚木は「……こんな役回りばっか」と小さく呟く。
はぁ……後輩にこんな事を言われるなんて……。情けない。
「……聞いてもらってもいいか」
「いいですよ。じゃあバイト終わりでいいですよね?」
「ああ、頼む」
去っていく柚木の背中がとても大きく見えた。
◆
バイトが終わり、俺たち二人は近くの公園に来ていた。
辺りは既に暗く、公園に根を張る照明には小さな虫がたかっていた。
「柚木。何か飲むか? 買ってくるぞ」
「え、いいんですか?」
「おう。話を聞いてもらうお礼だとでも思ってくれ」
「じゃあお言葉に甘えて……。ミルクティーがいいですね」
「分かった」
俺は自販機で自分のコーヒーとミルクティーを買い、ブランコに腰をおろす柚木の元へと戻る。
「ほら。というか柚木ってミルクティー好きだよな」
「え? ……あー、そうかもです。何となく買っちゃうんですよねー」
柚木が飲み始めたのを確認して、俺もコーヒーを口に流し込む。いつも買う微糖の筈なのに、何故か今日は苦く感じた。
「――で、マサ先輩。何があったんですか?」
「……まぁ、ちょっとな」
俺はそれから柚木に経緯を話した。
隠さず、何に悩んでいるのかも。
俺は話しながら柚木の横顔を見る。するとそこには――呆れた表情を浮かべた柚木がいた。
「――という事なんだが……。何でそんな顔するんだよ……」
「いや、そりゃこんな顔にもなりますよ。彩乃先輩と気まずくなった理由、本当に分からないんですか?」
「理由はあれだろ。俺と新田の変な所を見てしまったからだろ」
「それはそうなんですけど……。マサ先輩は分かってないです」
柚木の言葉に首を傾げる。
「分かってない?」
「はい。何が分かってないのかを私が言ってしまう事はダメだと思うので敢えて言いませんが……。マサ先輩はもっと彩乃先輩の事を考えてあげないとダメです」
「は、はぁ……」
俺が彩乃先輩を、か……。
あの人は優秀だ。多分これから先、自分一人の力だけでも生きていけるくらいのポテンシャルは持っているだろう。
だけど――意外に抜けている所もある事を、俺は知っている。
「マサ先輩は分かってないんです。彩乃先輩は女の子だって」
「は? それってどういう――」
柚木は勢いよくブランコから飛び降りる。
鎖の部分がギギィと鳴り、閑静な公園に響く。
「さぁて。どういう意味なんでしょーねー。でも――」
柚木は振り返り、笑みを浮かべる。
だがその笑みはいつも見せる花が咲くような笑みではなく、どこか悲しみを含んでいるような、そんな笑みだった。
陰がさしている笑顔に見えるのは、夜だからなのだろうか。
「もう一歩だけ、歩み寄ってみて下さい。そしたら分かりますよ。……もうそろそろ、いいんじゃないですか」
「柚木……お前……」
「学園祭、私も行きますからね。……じゃあそろそろ帰りましょうか」
「お、おお……だな。帰るか」
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