第86話 生徒会長選挙

 澤田先生の一件から数日が経った。


 彩乃先輩もすっかり元気になり、今では普通に学校生活を送っている。多少暗闇で一人になることに怖さを感じている節があるが、そういった面も今後はカバーしていけたらなと思う。


 そして俺の怪我の具合はというと……、


「――はい政宗君。あーん」


「……あの、彩乃先輩。いつも言ってますけど俺別に骨折してる訳じゃないんですから。箸くらい普通に使えますから」


「駄目だよ。私が政宗君に怪我させちゃったようなものなんだから、私が政宗君の身の回りの世話をするのは当たり前でしょ。だから私に甘えなさい」


 ぐぐっと口元に卵焼きが迫ってくる。場所はお馴染みの屋上で誰もいないからまだいいのだが、彩乃先輩にあーんされるとか恥ずかし過ぎるから止めてほしい……。


「……あーん」


 俺は観念して卵焼きを頬張る。……うん。美味しい。やっぱり彩乃先輩が食べさせてくれる食べ物は何故か全部少し甘い。


 彩乃先輩は俺が気にしなくていいと言ってもこんな風に俺の世話をやき、最近は俺の家にずっと泊まっている。


「んふふ~。よろしいよろしい」


 満足そうに笑う彩乃先輩。


 前まではからかわれるといった事が多かったが、最近はこんな風に甘えて? くる事がある。まぁ皆の前では華ヶ咲の人間としての顔を見せているのだが……。


 からかってく頻度と甘えてくるような態度を取る頻度が丁度半々くらいになった気がする。


(いい変化、なのか……? いや、俺にとっては滅茶苦茶心臓に悪い……)


「そういえば政宗君。頭に巻いてた包帯ってもう取って良かったの?」


「え、ええ。第一頭の怪我に関してはそれほど酷くなかったですし。包帯が大袈裟過ぎたんですよ」


 包帯を頭に巻いて学校に行った時は最悪だった。


 周りから聞こえてくる声。


「お、おい……。遂に他校と喧嘩でもしたのかよあいつ……」


「あ、ああ……。あんなに包帯巻いてるんだ。鉄パイプや金属バットを持った奴等と一対多数で喧嘩したに違いない」


(そんな訳あるかよ……)


 いやもうあの時は凄かったね!


 痛みがまだあったのもあるが、眉間に皺を寄せて歩く俺の前を誰一人として通らないのだから!


「ふーん……。無理しないでね? 政宗君」


「あ、はい。大丈夫です」


「それと――生徒会長選挙の事だけど……」


「ああ……その話ですね」


 当たり前だが、澤田先生はあの一件以来この学校に姿を見せていない。


 澤田先生があの後どうなったのか、ベンさんに聞いても「大人の世界だからな」とはぐらかされてしまう。


 だが当然澤田先生を裁くのは華ヶ咲家という事で、朝や夕方のニュースに澤田先生の名前が出る事は無い。だからこの学校の生徒にとっては澤田先生が突然消えた事になる。


 学校側の発表としてはとある事情で退職する事になったという、何とも透明さに欠ける発表だった。


 だから生徒の間では「芸能事務所にスカウトされたんじゃないか」とか、「モデルや俳優に転職したんじゃないか」という噂が絶えず出ていた。だが、何かをやらかして学校を辞めたという噂は全く出なかった。


「良かったね。――生徒会長選挙に出なくてよくなって」


 そう。


 俺は生徒会長選挙に出なくてよくなったのだ。


 まぁ華ヶ咲の力が学校側に働いたのだとは思うが、ある時校長に呼ばれて出なくていいと告げられたのだ。あまり澤田先生の事を口外しないで欲しいという校長の思いもあるのだろう。


 ……普段から偉そうな校長がその時だけ滅茶苦茶下手だったし。


「そうですね。自分が選挙に出るという現実は無くなって良かったです」


「でも――出るんでしょ?」


「……まぁ、はい」


「生徒会長選挙は明日だけど準備出来てるの?」


 俺は生徒会長選挙に出ない。だけど、ある意味出る。


 それは……、


「まぁ……出るっていっても新田の応援演説ですからね。あいつのいいところなら結構知ってるんで、多分大丈夫でしょ」


 俺は新田の生徒会長選挙の応援演説を引き受ける事になった。


 まぁ何というか……全然相手が決まらない新田を見ていたらな……。知らない仲じゃないし。


「ふーん……。そう。結構知ってる、ねぇ……」


 お昼の和やかな空気が音を経てて割れる。


 ギギギ……ッと首を横に振ると、機嫌悪そうに目を細め口を尖らせる彩乃先輩がジーッとこちらを見ていた。


「あ、彩乃先輩……?」


「……何」


「……怒ってます?」


「別に……」


 はぁ……。


 女の子って分からない。


 その後、俺は彩乃先輩の機嫌を直す為に色々と奔走するのであった。

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