第45話 人を先導する者

「――で、マサ先輩。この人は誰なんですか?」


 映画館を後にした俺達はモール内にあるカフェに来ていた。


 柚木が言っていた感想を語り合うというのが採用された訳だが、予定外の事態になってしまった。


「……あー、俺も紹介できる程仲がいい訳じゃなくてな……」


 本当ならこのボックス席に俺を含め四人座っているのだが、俺の隣に座る無表情の女は俺の言葉で空気を察し、


「初めまして。新田紫帆と言います」


 ……数秒の沈黙。


 それだけかよ。簡潔で簡素すぎやしませんかね新田さん。


 微妙な空気になってしまった現状をぶち壊すかのように柚木は、


「――な、なるほど! マサ先輩とお知り合いという事は察するに同じ高校ということですか?」


「はい。そうです」


 無理に声を上げ場を盛り上げようとした柚木の努力虚しく、新田の返事は無機質だった。


(……何で連れてきたんだよ柚木。普通誘わないだろ……)


 新田が俺達と一緒に来ることになった理由は先ほど劇場で、







『……? マサ先輩、お知り合いですか?』


『あ、ああ。ちょっとな』


『へぇー! マサ先輩に女の子のお知り合いがいるなんて珍しいですね! ――あの!

 良かったらこの後私たちと一緒にカフェにでも行きませんか?』


『……は? ――ちょ、ちょっと待った柚木。何でそうなるんだ。大体急に誘ったら新田も困るだろ』


『――いいですよ。行きましょうか』


『やった! じゃあ行きましょうー! あ、二人とも大丈夫ですか?』


『私は問題ないよー』


『……え、結局解散しないの。……まぁいいけど』






 と、いうやり取りの末にこうなった訳だ。


(新田もどういうつもりだよ……。初対面の人の中によく飛び込めるな……)


 こういっては何だか、新田は多分柚木や彩乃先輩のようにコミュニケーション能力が高い訳ではないだろうに。


「新田紫帆ちゃん、か。……もしかしなくても中学一緒だったよね?」


 目の前に座る彩乃先輩が、カフェオレをストローでかき混ぜながら新田に問う。


「……! 私の事を知っていたんですね。華ヶ咲先輩」


「だって紫帆ちゃん有名だったもん。いつも学力試験後は紫帆ちゃんの話題で持ちきりだったし」


 へぇ……。彩乃先輩と新田は同じ中学だったのか。


「彩乃先輩は新田がこの学校に入学したこと知ってたんですか?」


「うん。私と同じ中学の子ってうちの高校多いからね。紫帆ちゃんが入学してきた時は結構噂になったんだよ?」


 彩乃先輩の話だと結構有名だったっぽいな。


 こりゃもし俺が生徒会選挙に出馬しても勝てる訳ないな。……いや、例え相手が新田でなくても勝てる筈ないか。だって俺だし。


「……華ヶ咲先輩にそう言われても皮肉としかとれませんね。私なんかより華ヶ咲先輩の方が有名で、いつも話題の中心でしたから」


「あはは。そうかなー? そんな事ないと思うけど」


 確かに彩乃先輩に「有名だったんだよ!」とか言われても皮肉としかとれないな。


 その時、新田が隣にいる俺の方に顔を向けている事に気付く。


「……えっと、何?」


「いや、伍堂君って人気者なのね」


「……は? 人気? 俺が?」


 いきなり何を言うかと思ったら……。気でもおかしくなったか。


 俺が人気者になるのなら、それは顔面が凶悪な高校生がいるとかでネットでバズり、趣味嗜好がおかしい人間に評価されるしかあり得ない。


「ええ。だって伍堂君、休日に女性を三人も連れて映画を見に来ているのよ? そう評価するしかないじゃない」


 そういや言ってたな。この目で見たものしか信じないと。


「――い、いやいや! これは偶然に偶然が重なって起きた現象であって! いつもはこんなんじゃないから!」


 新田の言う通り、この状況を見たら俺は女の子を複数連れて歩くモテ男かもしれないが!


 現に映画館から出る時とか滅茶苦茶男の視線を感じた。……俺が少し目を合わせると怯えた様子で目線を切っていたが。


「そうなの? 私はてっきり女性をはべらして遊ぶクソ男かと」


「ちょっと!? 言い方がキツくないですかね!?」


 その時、ずっとスマホとにらめっこしていた空閑が顔を上げる。


「そこのヤンキーに好きで付いてきたと思われたら心外で舌を噛みちぎってしまいそうだから言っとくけど、少なくとも私は連れてこられただけだから」


「くーちゃん先輩表現がグロいですよ……」


 言いたい事を伝え終わり再度スマホに視線を落とした空閑の姿を見て柚木は若干引きぎみでそう言う。


「まぁでも今回映画を見ようと言ったのは私ですから。マサ先輩の魅力で私達が勝手に付いてきた訳ではないですねー。……全然魅力がない訳でもないけど」


 ……何だろう。少し心がザラッとしました。


「そうなのね。でも一番驚いたのは――」


 新田は幸せそうにカフェオレを楽しんでいる彩乃先輩に視線を送る。


「学校で一番の人気者である華ヶ咲先輩が、伍堂君とこうして映画を見に来る関係にあったということです」


「……あー、それは驚くよな」


 俺と彩乃先輩の出会いについて、柚木と空閑は深く知らない。俺から話す事ではないし。


 だが二人とも俺と彩乃先輩がどうやって知り合ったのかは聞いてこない。多分気を遣っているのだろう。前に俺の家で鉢合わせした柚木は特に。


「まぁ……成り行きだよ、成り行き」


「そう。成り行きね。分かったわ」


 分かったわって……。こんな答えでいいのかよ。凄い抽象的な答えだけど。


「――華ヶ咲先輩。一つ、お願いがあるのですが」


 新田は彩乃先輩の方を向き、背筋を張り姿勢を正す。


 これまでとは違う空気。その空気を察したのか、彩乃先輩もカフェオレから意識を新田に向け聞く姿勢を取る。


「ん? 何かな紫帆ちゃん。可愛い後輩のお願いならできる限り力になるよ」


「そうですか。なら遠慮なく言わせて頂きます」


 新田は彩乃先輩の方を向いたまま頭を下げ、





「――華ヶ咲先輩。生徒会長選挙で私の応援演説をやって頂けないでしょうか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る