第44話 意外な人物
恋愛映画に限らず、ドラマや漫画など恋愛方向にカテゴライズされる作品は今まで見てこなかった。
何故かと問われると答えに困るのだが……何となく面白くなさそうだったからだ。
だって演技とはいえ他人がイチャイチャする所を見るんだぞ? 自分が惨めになってくるだろ。
(と思ってたんだがな……。普通に面白いな)
柚木が話題沸騰と言っていたのは間違いではないらしい。
物語は王道中の王道。こちらが予想した事を大きく裏切るような出来事はないにしろ、俺が予想していたより遥かに面白い。
悪く言えば平凡な展開と言えるが、王道を進んでいるので安定している。
奇をてらったような恋愛映画でないぶん、普段こういうのを見ていない俺にとっては十分楽しめる。
俺は一度スクリーンから意識をずらし、横に座る三人の様子を伺う。
彩乃先輩も空閑も、ジッとスクリーンの中で織り成す物語を眺めている。柚木に至っては暗闇の中でも分かる程目を輝かせていた。どれだけ興奮してんだ。
(三人共しっかり見てるな……。――というかこれいつになったら外れるんだろう……)
俺も映画に没頭したいのは山々だが、俺への罰として執行されたこの柔らかい鎖は一向に外れてくれない。
彩乃先輩の力が入ってないならそのままゆっくりと抜け出すのだが、何故か彩乃先輩が俺の手を握る力は衰えない。
(無理矢理手を抜くのもなぁ……。また彩乃先輩に罰せられるのもあれだし)
時間が経つにつれ、物語が終盤に進むにつれ、俺と彩乃先輩の間に繋がれた鎖はお互いに同化するように気にならなくなっていった。
◆
「……ふぅ」
映画が終わり場内が明るくなる。それと同時に彩乃先輩の手から俺の手が解放される。……いや、残念とか思ってないから。
そして俺は固まった体をほぐすように自分の肩を揉みながら隣を見ると、号泣した柚木が目に映る。
「何でそんなに泣いてんだよ柚木」
「うぅ……グス……っ! だってラスト感動したじゃないですかーっ!」
まぁ確かに感動的なラストではあったがそんなに泣く程ではない――とか言ってしまうのは無粋なのだろうな。
「……だな。終わり方は俺もいいと思った」
「! マサ先輩がそんな事を言うなんて……! いつもなら逆張りの化身みたいな事ばっかり言うのに」
「誰が逆張りの化身だバカ後輩」
失礼な。いい物なら俺はしっかりと評価する人間だというのに。
「あはは。でも話題になってただけ面白かったね。空閑ちゃんはどうだった?」
彩乃先輩も体が固まっているのか、天に向かって手のひらを向け体を伸ばしながら、淡々と帰り支度をする空閑に話を振る。
「……まぁ、面白かった」
何故か不服そうにそう言った空閑。
「何でそんなドライな感想なんですかくーちゃん先輩!」
「うるさい。暑苦しいからくっつくな」
公衆の面前でも構わずベタベタとくっつく柚木。みっともないから止めなさいな。
「よし。じゃあ取り敢えず帰――」
劇場を出ようとしたその時だった。
「えー! 帰っちゃうんですかー! 映画の後は何か食べながら感想を語り合うってのを知らないんですかマサ先輩!」
「それについてはヤンキーに同感。直帰でいいでしょ」
「私は双葉ちゃんの意見に賛成だなー。このまま家に帰っても味気無いし」
女子三人が何か言っているがよく聞こえない。
その理由は……目の前に現れた一人の女性の影響だった。
「――新田?」
「っっっ!! ……こんにちは。伍堂君」
赤く腫らした目をこちらに見せているのは、あの新田紫帆だった。
手にはハンカチが握られており、状況から推理するに……柚木と同じという事か。
新田は俺の視線が手に持っているハンカチに注がれている事に気付いたようで、瞬時にハンカチをバックに入れる。
(しかし……意外だ。あの新田が恋愛映画を見て泣くのか……)
「昨日ぶりだな。新田は一人なのか?」
「……何。一人で映画を見に来た痛い奴とでも言いたいのかしら」
さっきのハンカチを急いでしまう姿は女の子らしかったが、今の新田はすっかり元通りに戻り冷たい視線を送ってくる。
「い、いやそういう訳じゃないけどさ……」
――その時、俺の背中に刺さるような視線を三重に感じる。
……あ、滅茶苦茶ほったらかしにしてましたね。
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