第43話 久しぶりの映画館

 今日は朝から暑い。照りつける太陽がアスファルトの温度を上げ、その上を歩く人間の体温を容赦なく上昇させる。


 今日の予定の主役である映画館は俺が今いるショッピングモール内の一角にある為、炎天下の中外で待ち合わせるという事がなかったのは幸いというべきだ。


(それにしても人多いな……。まぁここらへんだと大きいショッピングモールってここだけだしな)


 土曜日という事もあってかショッピングモール内は人で溢れかえっていた。


 普段の生活の中でショッピングモールなんて所は俺の行動範囲外の為知らなかったが、これ程混むのかよ。


 老若男女、様々な人が往来する通り道。……すれ違うほほ全員が俺の姿を見てギョッとしている事には気付いてない事にしていおこう。


「えっと、確かこの辺だったよな……。――っとここか」


 人の波に酔いそうになりながら何とか映画館に着く。


 映画館の受付前や出入り口付近には大勢の人が押し掛け、チケットを購入したり飲み物を買ったりと、上映に向けての準備を始めていた。


 そんな中、出入り口付近のある場所だけがやけに人の往来が少ない事に気づく。


(何かあるの――て、そういうことか……)


 その理由は近付いてみるとすぐ分かった。


 白のトップスに藍色のロングスカート。年頃の女子にしてはシンプル過ぎる服装だが、それでも周りを圧倒する程の存在感。


 それはその服装を着ている人――彩乃先輩の元のスペックがそうさせているのだ。


 集合場所の映画館出入り口付近で彩乃先輩は自分のスマホを弄っていた。映画館に入っていく殆どの人が彩乃先輩の姿をチラチラと確認しながら入っていく。


(多分周りに人が近付かないのは、彩乃先輩のオーラが凄すぎて近付けないんだろうなぁ……)


 その証拠にチャラそうな如何にもナンパ好きな男達も「ちょ! お前声掛けてこいよ!」とか「は! ふざけんなよ! そう言うお前が行ってこいよ!」とか言い合ってる声が聞こえてくる。


(うわぁ……。話し掛けにくいな……。柚木達が来るのを待つか)


 と思ったがそう簡単に思い通りにいく筈も無く、スマホから顔を上げた彩乃先輩とばっちり目が合う。


「――あ! 政宗君!」


 俺を呼ぶ彩乃先輩の声は意外にも大きく、周りの人達の視線が俺に突き刺さる。


(か、勘弁してくれ……)


 手を振る彩乃先輩の元に素早く移動。


「こ、こんにちは。彩乃先輩」


「こんにちは政宗君。もう、皆遅くない?」


「え、……でもまだ集合15分前ですよ?」


 周りの人達からの「……は? あれが彼氏?」みたいな声と視線を背に受けながら、俺はスマホで時刻を確認する。


 映画版13時30に上映開始だ。なので13時に集合しようという話になったのだが、現在まだ12時45分。


「こういう時は男の子が一番早く待ち合わせ場所に来るものだよ?」


 ズイっと顔を近付けた彩乃先輩。ふわっと香る女の子の香りが俺の鼻孔をくすぐる。


「っ! す、すいません。彩乃先輩と違って慣れてないもので……」


 俺がそう言うと彩乃先輩はムスッとした表情を浮かべ、


「こらっ。勝手に私を恋愛マスターみたいに扱わないの」


「痛ッ!」


 俺の鼻先を彩乃先輩のデコピンが襲い、鈍い音を鳴らす。デコピンってこんなに痛いのか。


「私だってデートの経験無いんだから、次はちゃんと待ち合わせ場所に早くきてリードしてよね政宗君」


(……次があるのか)


 ジンジンと痛む鼻をさすりながらそんなやり取りをしていると、遠くから「おーい」という声が聞こえてくる。


 その声の主は満面の笑みで手を振り、もう片方の手には死んだ顔をした女性を連れている。


「あ、来たみたいね」


「そ、そっすね……」


 次、か……。


 もし本当に次があるなら、その時はこの人の隣に相応しい人間になれているのだろうか。


 ◆


 俺達四人は合流後、チケットと飲み物を各自購入し劇場へと足を踏み入れた。


 席順は俺、彩乃先輩、柚木、空閑といった順番で座っていく。


「彩乃先輩! 急なお誘いだったのに来て下さってありがとうございます!」


「全然いーよ。私もこの映画気になったしね」


 意外だな。彩乃先輩が恋愛映画に興味があるなんて。


「それはそれとしても……。――まさか空閑ちゃんが来るなんてね。最初聞いた時は驚いちゃったよ」


 空閑はスマホに落としていた視線を彩乃先輩へと滑らせ、


「……双葉が勝手に決めて無理矢理連れてきたのよ。私の意思じゃない。というか空閑ちゃん言うな」


「でも空閑ちゃんが本気で抵抗したら双葉ちゃんは引いたと思うけど?」


「っ。……あんたには関係ないでしょ」


 舌戦とはまではいかないが、柚木を挟み二人の間にはピリついた空気が流れる。


 まぁでも彩乃先輩の言う通り、空閑の場合本気で嫌なら絶対に来ないだろうし。


 それなりに納得してここに来たのだろう。


「ま、まあまあ二人とも! 恋愛映画を見るのにそんなピリピリしてどうするんですか!」


 二人の間に存在する緩衝材――柚木双葉がいい感じに二人の勢いを殺す。


 今度からこの二人を同席させる場合は柚木を間に置くことにしよう。うん。


「……ふん」


「ピリピリなんかしてないよ双葉ちゃん。ただ空閑ちゃんが来たのが珍しいなと思っただけ」


(怖いなー。女の子は男には無い怖さがあるよね本当に)


 柚木の苦笑を耳にしながら、俺は巨大なスクリーンに意識を向ける。


 スクリーンにはあと少しで上映される映画の告知が次々と映し出されている。


 こうやって見ると客の興味を引く見せ方がしてあり、こういった告知も考えて作ってるんだなと感心させられる。


(そういや……前に映画を劇場で見たのはまだ子供の時だったな)


 何を見たのかはあまり思い出せないが、大きな映像とお腹に響くような大音量の音に驚いた記憶がある。


(……懐かしいな)


 そんな事をボーッと思いながらスクリーンを見ていると、結構席が埋まってきている事に気づく。


 若年層向けの映画という事もあり、殆どの人達が若者で、尚且つカップルのようだ羨ましい。


(まぁこんな映画男同士で来る訳ないよな。まさか一人で来る奴なんか――)


 と思ったその時、通路側の席に座っている俺の隣を水色の夏らしいワンピースを着た女性が通過する。


 友達同士で来ているなら一緒に入ってくると思うのだが、その人は飲み物を片手に俺の一列前に座る。


(へぇ。普通に一人で映画見にくる人もいるんだな)


 一人映画館は俺にはハードルが高いな。絶対に変な目で見られるし。


 そう思っていたら劇場の明かりが落ち、スクリーンからの光だけが劇場を照らす。


 隣から「始まりますよ!」「うるさい双葉」という声が聞こえる。……何歳だよ柚木。





 ――ガタッ





 後ろから何か物を落とした音が聞こえてくる。


「……ッ!!」


 その音に驚いたのか、隣に座る彩乃先輩の体大きく揺れる。……そんなに驚くか?


「……あの、大丈夫ですか?」


「っ! ……う、うん。大丈夫だから」


 薄っすらと見える彩乃先輩の表情は強張り、心なしか息も荒くなっているような……。


 もしかして――、


「……あれっすか。暗い所が怖い、とか」


「……ッ! ち、違うよ! 私そんなに子供じゃないし!」


 小さな声ながらも彩乃先輩は強く否定する。いやでも……ねぇ? あんな小さな音で驚くとかそれしか考えられないし……。


「可愛い所もあるんすね」


「か、からかってるの政宗君の分際で。……それにそのいい方だと普段が……か、可愛くないみたいじゃない」


「いやいや、そんな事ないですよ。からかうどころか心配だからお手々繋いであげようかと思うくらいです」


 いつもやられっぱなしだからな。


 たまにはこういった攻撃もしておかないとナメられてしまう。……もう手遅れかもしれないが。


 それにしても……いいね! 人をからかうのって!


 彩乃先輩が俺をからかう気持ちも少し分かる気が――、





「……あ、あの。何してんすか」






 彩乃先輩に初めて一矢報いた事による勝利の余韻を味わっていたら、背後から首を掻っ切られた。


「……何? お手々繋いでくれるんでしょ?」


 俺の手が何か柔らかく温かな物で包まれている。


 それにこの指を絡める繋ぎ方はこ、ここ、恋人繋――


「~~~ッッッ!!! ちょ、ちょっと彩乃先輩!! 冗談に決まってるでしょ!? ジョークって意味分かります!?」


「勿論。でもこれは政宗君如きが私をからかった罰。大人しく受け入れなさい」


 う、嘘だろぉぉぉぉぉ!!!!


 数分前の自分をぶん殴りたい。魔王に装備なしで挑んで勝った気でいた俺を全力でぶん殴りたい。


(彩乃先輩と恋人繋ぎで恋愛映画見るとか……一生分の運使いきったな)


 そしてそのまま映画の本編が始まる。


 映画の最中、俺と彩乃先輩の手は離れる事無く、羞恥に悶えながら映画を鑑賞する俺であった。

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