第42話 お出かけ

「あぁ……やっぱりいいよな……あの二人」


「だな……癒される……」


 マストでのバイト終了間際、最近入ってきた大学生の男二人組が厨房の方からホールの方を覗いている。


(何かあんのかな)


 気になった俺はその二人と同じ方向に視線を飛ばす。そこには……、


「――ちょ、ちょっと! そんなにくっつかれると邪魔なんだけど!」


「え~、い~じゃないですか~。今はそんなにお客さんいないし。それにほら、私とくーちゃん先輩の仲じゃないですか!」


「わ、私はあんたとそれ程仲良くなったと思ってないから」


「くーちゃん先輩はツンデレさんだな~」


「つ、ツンデレ違うから! あーもう早く離れさいよ!」


 ホールでは真面目に仕事に取り組もうとする空閑に柚木がくっつき、その二人の周りにはゆりゆりとした空気が流れていた。


 柚木の言う通り今日はそれほど客の姿はないが、店内にいる男共の視線はいちゃつく二人に注がれていた。


「あの二人……彼氏とかいんのかな……?」


「いるに決まってるだろ。二人とも可愛いし。……はぁ、女がほぼいない工業大学なんかに進学するんじゃなかった……」


「マジでそれ。バイト先にあんな可愛い子達がいたら本当にそう思うよな……」


 名前もよく知らない二人の男はどうやら工業大学に通っているらしい。


 そういえば近くに工業大学があったっけな。名前からも察する事が出来るが、やはり工業大学では出会いが少ないらしい。


 二人の後ろでそんな事を思っていると、二人の内の一人がこちらを振り向く。


「うおっ! ……何だよ伍堂君。いるならいるって言ってくれよ」


「す、すいません。盛り上がってたみたいなので口を挟むのもあれかなと……」


 年上の人でもこの反応。だよな、これが普通の反応だよな。


 今日学校で起きた珍しい出来事が頭の中で再生される。やっぱあいつがおかしいな。


「急に後ろに立たれると驚くだろ。……最近になってやっと慣れたけどさ」


「あ、あはは……」


 苦笑いで返す事しかできない。


「――そういえば、伍堂君ってあの二人と仲良かったよね?」


「え? ……まぁ、仲がいいというか……それなりには会話する方ですね」


 柚木に至っては「友人」というカテゴリに入るかもしれないが、空閑は……違うよな。


 俺はもう一度ホールの方に意識を向ける。


「うへへ~、くーちゃんの匂いって凄い落ち着くな~っ」


「ちょ、ほんとに離れて……! ――て、あんたどこ触って……ッ!?」


 学校内でも一人でいる事が多くなった空閑。ああやって一緒にいてくれる人が出来たという事だけでも、このバイトに引き入れた意味があったのかもしれない。


(一番の目的は空閑の腐った性根を矯正する為だけど……そっちも順調そうだな)


「じゃあさ。もし良かったら紹介――は出来ないか。会話するっていってもそこまでの関係性じゃないよね」


「あ、えっと……そうっすね」


 俺があの二人を紹介できるほど仲が深まっている訳ないだろうといった様子で、勝手に謝られる。


 いやまぁ、俺もどちらかと言えば貴女達二人と同じ人間ですけどね?


 そんな「わざわざ言ってやるな」みたいな憐れみの目で見てこなくても……。


「やっぱり彼女とか欲しいんですか?」


「っ! そ、そりゃ僕らもいい年だし。いつまでも『リア充爆発しろ』とか言ってられないからね」


「そうそう。伍堂君も高校生の内から色々と動いてた方がいいよ? 後になって後悔するんだから。……言ってて何だか虚しくなってきた」


 分かりやすい程に落ち込んだ二人は揃って肩を落とす。


 大学生という生き物は全員が全員はしゃいでいる訳ではないみたいだ。


「き、肝に命じときます」


 ◆


「――あ! マサ先輩! 今帰りですか?」


 仕事が終わりロッカールームから関係者用出入り口に向かっていたその時、後ろから元気な声が掛かる。


「おう。お疲れさん」


「お疲れ様です! ……やっぱ仕事終わりは一段と凶悪な人相になりますね!」


「何それ。喧嘩売ってんのか」


 仕事終わりに顔が凶悪になるって……。多分俺しか持ってない能力だろうな。


 オンリーワン的なかっこよさを一瞬感じたが、やっぱりよく考えるとマイナス方向に向いた能力だよねこれ。


「まあまあ! そうカリカリしてたら顔の凶悪化が進行しますよ?」


「俺の顔の凶悪化が病気かなにかなら俺は真っ先に病院に行くんだがな……」


 あっはっはと笑い、曇りのない笑顔の柚木を見ていると怒る気さえ失せてくる。


 明日は土曜だしさっさと帰ろう……。今日は彩乃先輩来ないって言ってたから帰りに何か買ってくか……。


 その時、ガチャっと女子更衣室の扉が開き中から空閑が出てくる。


「くーちゃん先輩遅いですよ! お陰でマサ先輩に怒られたじゃないですか!」


「待っててなんて一言も言ってないでしょ。それに双葉がそこのヤンキーに怒られたのは私関係無いし」


 肩を揉みながら疲れた様子で出てきた空閑は、頬を膨らませ文句を言う柚木を適当にあしらう。


 ……てか柚木の事を「双葉」って呼ぶんだな。柚木の言う通りツンデレなのね。


「おい待て。誰がヤンキーだ」


「あんたしかいないでしょ。駅とかに貼ってある指名手配犯の顔写真の中にあんたの顔があっても違和感ないわよ」


「……なんかどんどん酷くなっていくんだけど。ヤンキーの次は犯罪者かよ……」


 そんなに酷いのかよ俺の顔は。将来会社の面接とかで絶対に不利になるなこれは。


「むーっ。二人だけで話してないで私も入れてくださいよ!」


「一方的に罵倒されてるのを会話とは呼ばないぞ柚木。……じゃあ俺は帰るからな」


 二人に別れを告げ外に出ようとしたその時、俺のカバンが引っ張られる。


「っと。……何だよ柚木。まだ何かあるのか」


 俺の帰宅を阻害した柚木を見下ろすと、柚木は若干頬を赤く染め、


「……マサ先輩。明日って予定、ありますか?」


「明日? ……まぁ、特に無いけど」


「……! ほ、本当ですか!? なら――くーちゃん先輩と彩乃先輩とわ、わわ、私で映画見に行きませんか!?」


 ……え? 映画?


 柚木の後ろでスマホを弄っていた空閑は素早く顔を上げ、「え?」みたいな表情を浮かべている。


 反射的に「いや、それは……」と渋い答えを返しそうになるが寸前で飲み込む。


 柚木にも色々世話になってるし、たまにはこういうのもいいか。


「えっと……何か見たい映画でもあるのか?」


 俺がそう言うと柚木はぱぁぁぁっと顔を輝かせ、スマホの画面を俺に向ける。


「これです!!」


「――[僕と君の奇跡な初恋]って……恋愛映画じゃねぇか」


「ですです! いま話題沸騰の恋愛映画で滅茶苦茶泣けるらしいんですよ!」


 柚木のスマホには如何にも女子高生が好みそうな映画のタイトルと共に、イケメンと美少女が映し出されている。


「ちょ、ちょっと双葉! 私は行くなんて一言も――」


「詳しい事はまた連絡しますので! というか私今日はくーちゃん先輩の家にお泊まりするので、マサ先輩も遊びに来たらいいですよ!」


「は、はぁぁぁぁぁぁぁっっっ!!??」


 空閑は自分の予定を勝手に決められ、その上自分の家に勝手に泊まろうとする柚木の暴走を止める為、柚木の柔らかそうな頬をグイグイと引っ張る。


(それに俺も行くとは言ってないけど……まぁいいか)


 後から彩乃先輩にもメッセージ飛ばしとかないと。


 急な事だから行けないと言われてもしょうがないけど。


「じゃあマサ先輩! そういう事で! くーちゃん先輩帰りましょー!」


「は!? ちょ、私は映画に行くことと双葉が泊まる事もオッケーした覚えは――て、聞きなさいよ!!」


 必死に抵抗する空閑を柚木は大層嬉しそうに手を引き、関係者用出入り口から店の外へ出ていく。


 ……ほんと、台風みたいな奴だな。あいつは。


 でもあれくらい強引な奴がいた方がいいのかもしれないと思ってみたりする。


「それにしても……一対三か……」


 女の子を三人連れて映画館に行き恋愛映画を見るのか……。何だか凄い事になってきた。


(まぁでも……明後日あの人に話すネタになるか……)


 俺は忘れない内に彩乃先輩へメッセージを送り、今日の献立と明日着る服の事を考えながら帰路につくのだった。

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