第41話 これぞ生徒会長

(昨日は何かと激動だったな……。全然寝れなかったお陰で授業頭に入んないし……)


 放課後、俺は先生に頼まれ事をされ職員室を訪れていた。


 職員室の雰囲気というのは独特なもので、いつもコーヒーの芳しい香りが漂っている。


 そして二学期とはいえまだ暑い。職員室は俺達が過ごす教室より涼しいと感じるのは気のせいだと思いたい。……絶対に同じ室温じゃないけど。


(え……っと。……ああ、いた)


 職員室に入り目当ての先生を見つけた俺は、手に持ったノートを提出。


 今日はバイトだ。今まで休みがちだったのだからしっかり働かなければ。


 目的を果たした俺は早々に職員室を出ようとしたその時だった。





「――澤田先生。生徒会長選挙に立候補したいのですが」




 知的な声。


 抑揚がなくまるで機械音のような声は職員室から去ろうとする俺の耳に届く。


 そして「生徒会長選挙」という言葉。


(そういや……澤田先生にはっきりと言っとかないとな。生徒会長になる気はないって)


 彩乃先輩の事で頭が一杯になっていたが、そちらも重要な問題だった。


 この学校では生徒会長選挙というものが存在し、生徒会長になりたいという生徒は担当の澤田先生まで立候補の意思を伝えなければならないのだ。


 そして生徒会長選挙で全校生徒に自らをアピールし、晴れて生徒会長に就任するという流れなのだが……。


(ステージの上で喋るとかなんの拷問だよ。――いや、俺がステージの上に立つとか全校生徒の方が拷問されてるか。……なにそれ悲しい)


 いい機会だ。このまま澤田先生の所に行って辞退の意を伝えよう。


 そう思い澤田先生の机に向かい歩き出す。澤田先生の元には、さっきの機械音のような声を発したとされる女子生徒の後ろ姿が見える。


 黒い髪を腰のあたりまでおろし、一切猫背になっていない凛とした佇まい。


 うんうん。こういう[ザ・優等生]みたいな人間的が生徒会長として皆の上に立つ方がいい。


 こんな事を思いながら澤田先生の机に向かっていると、二人の話し声が聞こえてくる。


「……ほんとに出るのかい?」


「はい。何か問題でもあるのでしょうか」


「問題というか……。結構重労働だからさ。女の子の新田さんにできるのかなって心配なだけだよ僕は」


 あれ? 前に澤田先生って生徒会長の仕事はそれほど忙しくないとか言ってなかったっけ……?


 それに……あの女子生徒は新田紫帆にったしほだったのか。


 成績優秀で正義感が強い事は知っていたけど、まさか生徒会長なりたいとは……。


「……その点については問題ありません。先生も私の成績についてはご存知でしょう。体力の面でも他の生徒に勝っているという自負があります」


「それはまぁ……そうなんだけどね……」


 何か新田に不満があるのか、澤田先生は歯切れが悪い様子で苦笑混じりに頭をかく。


 新田紫帆という女子生徒は優秀だ。他クラスで全く関わりの無い俺でも知っている。


 頭脳明晰で曲がったことが嫌い。先生達に代わりだらしない生徒を男女問わず正していく様子はいつも視界の隅に捉えていた。


(まぁそれが理由で新田に関するいい評価は聞かないけどな……)


「――ん? おお! 伍堂君じゃないか!」


 俺に気付いた澤田先生は苦笑からいつものイケメン爽やかスマイルにタイプ変化し片手を上げる。


「こ、こんばんわ。澤田先生」


「珍しいね。君が職員室に来るなんて。……もしかして例の件かな?」


「い、いえ! 別の用があって……」


 だ、駄目だ。


 キッパリと断ろうと思ったのだが、いざ断ろうとすると言葉が出ない。


 これがコミュニケーション能力の差……? いや、本能的に俺の方が下だと察しているのか。


「……そう、か。僕は伍堂君こそふさわしいと思うんだけどね……」


(ちょ、ちょっと。今そんな事言われたら……)


 ゆっくりと隣にいる新田の方に視線を滑らすと、案の定新田は大きく真っ直ぐな目で俺を見ていた。


「……それでは先生、私はこれで失礼します」


「え? ちょ、ちょっと新田さん!」


 新田は小さく一礼し俺と澤田先生の素を離れ職員室を出ていった。


「……はぁ」


「あの……。少し聞こえてしまったんですけど、新田は生徒会選挙に出るんですか?」


「あ、うん。……らしいね。伍堂君推しの僕としてはあまり嬉しくないニュースだよ」


 おいおい……先生の立場でそれを言っちゃ駄目だろう……。


 それに何故そこまで俺に執着するんだ。まさかそっちの気が……!


 ――無いな。うん。


「あ、えっと……ですね。その件についてなんですけど――」


「ん? ……おっと。もうそろそろ職員会議の時間だ。申し訳ないがまた今度でもいいかな?」


 お洒落な腕時計を見てそう言った澤田先生は、腕時計をとんとんと叩く。


 ……もうそろそろ学校を出ないとバイトの時間に遅れてしまうか。この話をすると結構時間を消費してしまいそうだし。


「……はい。分かりました。ではまたお時間のある時にでも」


 そう言い残し俺は職員室を出る。


 はぁ……絶対に明日には言おう。このまま出馬の手続きとかされたらたまったもんじゃない。


 ◆


(――ん? あれは……)


 昇降口には一人の女子生徒の姿があった。


(……新田紫帆かよ。なんか気まずいな……)


 俺が気にしすぎというのは分かっているが、俺達二人以外この場所にいないというのが気まずさに拍車をかける。


 スカートからすらっと伸びた健康的な足。まだ暑いのに一切着崩ずことなく夏服を着用している。


 スタイル的な観点からすると割りと――って、何考えてんだよ俺は!


 変な思考に支配されそうになった頭を振り、新田の傍を通り過ぎようとしたその時、



「――貴女も生徒会選挙に立候補するの? 伍堂君」



「――っ!」


 まさか話し掛けられると思ってなかった俺は大袈裟に肩を震わす。


「ごめんなさい。驚かせるつもりはなかったのだけど」


「っ。い、いや、俺が勝手に驚いただけだから。……で、何でそんな事聞くんだよ」


「さっき澤田先生の所に来たでしょ。だから貴女も立候補の意思を伝えに来たのかと思って」


 スクールバッグを肩に掛け、真っ直ぐ俺の目を見て喋る新田。


 そんな新田の姿に俺は何故か違和感を持っていた。


「……それは早とちりだな。俺は生徒会選挙に出るつもりはない。だから新田の勘違いだ」


「そう。分かったわ。ごめんなさいね、時間を取ってしまって」


 新田はそれ以上喋る事はないと態度で表すかの如く、スカートを翻し自分の靴を取り出し昇降口を出ようとする。


「――お、おい」


 俺はそんな新田の姿を見て、彼女を引き留めた。


 それはさっき感じた違和感について聞きたいことがあったからだ。


「何かしら?」


「お前……俺が怖くないのか?」


 そう。さっき感じた違和感はこれだ。


 俺と新田の関係は同じ学年の生徒。一年の時も同じクラスではなかったから、今まで喋った事は皆無だ。


 なのに新田は――全く怯える事無く、俺の目を見て会話した。


「……怖い? もう少し分かりやすく言ってくれないかしら」


「だから……! ――俺の評判やら噂は耳に入ってるだろ。なのに新田は表情や態度を崩さずに俺と会話したから……何故なのかと思って」


 そう言った俺に、新田は真っ直ぐ向き合い口を開く。




「確かに貴女――伍堂君の噂や評判はよく耳にするわ。でも、私は人を見かけやただの噂で判断するような低能な人間ではないの。私は私の目で見て感性で感じたものしか信じない」




 大体の奴は俺を見て顔をしかめた。


 それはまぁ……仕方ないかと思っていた。自分自身で俺の顔を評価しても他者と比べて凶悪な人相だと理解していたから。


(いるんだな……こんな珍しい奴も)


「……そう、か。――すまん。こちらこそ時間を取った」


「話は終わりかしら。なら私は帰らせてもらうわ」


 最後まで声色や表情を崩さなかった新田は凛とした佇まいのまま、昇降口を出ていく。


「……頑張れよ、選挙」


「そう思ってくれるのなら私に投票してくれると助かるわ」


 聞こえてんのかよ……。なんか恥ずかしいじゃないか……。


 夕日に照らされる彼女の後ろ姿を見ながら、ああいう人間が上に立つべきだと改めて思った俺だった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る