第111話 生徒会長のお願い

 放課後、俺と彩乃先輩は新田に呼び出され生徒会室へと足を運んでいた。


 彩乃先輩と生徒会室へ来る途中で気付いたのだが、最近俺が彩乃先輩と一緒にいても周りの生徒から特に反応されなくなっている。


 ……いや、普通に二度見はされるのだが、以前のように俺が彩乃先輩を脅しているとかそういった声は聞こえてこない。それどころか「あのヤンキーを従える華ヶ咲先輩はやっぱり凄い」みたいな感じになっている。


「どうしたの政宗君。さっきから周りばっかりチラチラ見て」


「いや、最近悪意に満ちた視線が減ったなと思いまして。昨日文化祭の事をクラスで決めた時もクラスメイトからお化け役の件を振られましたし」


 よくよく考えてみればこれは凄い事なのだ。


 幾ら俺の顔面が人を脅かす事に特化しているとはいえ、この学校の恐怖の象徴である俺にわざわざクラスメイトがお化け役を頼むという事が。


 ……そう思ったらあれだな。折角俺に頼んでくれた仕事をしっかりと全うしたくなる――気がしないこともない。


「あはは。まぁ政宗君って最近結構目立ってるからね。私とよく一緒にいるってのもあるけど、何かと校内で流行ってる話題の中心にいるからね」


「そんな事は――ありましたね。仰る通りです」


 何もすることがなく、ただ周りから恐れられていた日々が遠い昔のように感じる。これもきっと俺にとっていい変化なのだろう。


 そんな事を思いながらちらっと隣を歩く彩乃を見る。


「……ん? どうかした?」


「い、いえ。何でもないです」


 横からの視線を感じ取った彩乃先輩は可愛らしく首を傾げる。


 本当、この人を拾ってから俺の生活は一変した。


 これからも俺はこの人から多大な影響を受け続けるのだろう。


 ◆


「……あら、案外早かったわね」


「おう。この間の交流会以来だな。あの後何かあったか?」


「ほら、これを見なさい。児童達からたくさんお手紙が来てるわよ」


 生徒会室の扉を開けると、カラフルに彩られたお手紙を読む新田の姿があった。


 机上にはこれでもかという程のお手紙があり、一生懸命書いたんだろうなと思える字体が用紙に刻み込まれている。


「華ヶ咲先輩。来てくださってありがとうございます。すいません急に」


「そんなかしこまらないでよ紫帆ちゃん。私と紫帆ちゃんの仲じゃない」


「おい。俺だって急に呼ばれた一人なんだけど」


「貴方はほぼ生徒会役員みたいなものじゃない。何で今更感謝しないといけないのよ」


 淡々と当然のように怖い事をいう新田。誰だよこいつを生徒会長にしたのは。


「はいはい。そりゃすいません――って、どうしたんですか彩乃先輩。そんなリスみたいに頬を膨らまして」


 隣にいる彩乃先輩がいつの間にか口の中にどんぐりを詰めたリスみたいになっている。そして何故か機嫌が悪そうだ。


 そんなリス先輩は自分の髪をくるくると指に巻き付け、


「……べ、別に~? なんか知らない間に紫帆ちゃんといい雰囲気になってるなとか全然思ってないし。そんな事、全然思ってないし」


「い、いい雰囲気? 何言ってるんですか彩乃先輩。ほら、新田も何か言ってやれ」


 ブスッと虫の居どころが悪い彩乃先輩はプイッと俺から顔を背ける。


 全く……これだから箱入り娘は。俺と新田がいい雰囲気? そんな事あるかい。


 何ならそういった浮わついた事が嫌いそうな新田ならここでビシッと物申してくれる――、


「……おい新田」


「――~っ! にゃ、にゃによ!」


(にゃによって……。こいつのキャラじゃないだろ)


 委員長キャラっぽくビシッと彩乃先輩の誤解に物申すのかと思えば、顔を赤く染めた新田は怒るどころか若干口元を緩めたような、そんな微妙な表情を浮かべていた。


 そしてその様子を見た彩乃先輩は益々邪悪なオーラを発し、


「……政宗君? 本当に何かあったの? そういえば紫帆ちゃんと保健室イベントがあったとか言ってたよね?」


 その瞬間新田の肩が跳ねる。


「は!? い、いや何もないですよ。保健室では普通に看病してただけですし。な、なぁ新田」


 嫌な脂汗が背中を伝う。リスのように可愛らしく頬を膨らましていた彩乃先輩だったが、今となっては邪悪なオーラで俺を潰しにかかる魔王そのものだった。


 こうなってしまっては俺が何を言っても魔王には勝てない。なら当の本人から何もなかったと証言してもらうしかない。


 俺は新田に助けを求めるように、勢いよう新田の方へと首を捻る。


 そして俺の助けを求める目を見た新田は何かを決心したような様子を見せ、


「……そ、そうですね。何もなかった――とは言えないかもしれないです」


 それはつまり俺に死ねと言っているのと同義だぞ新田よ。


 死の宣告に近いものを受けた俺はギギギっと彩乃先輩の方を向く。すると、


「……おい。そこのヤンキー。これは一体どういう事かな。まさか私に嘘、ついたんじゃないよね?」


「あ、あはは……。そんな訳ないじゃないですか……」


 ああ。


 何でこうなるんだ。というか新田はこんな冗談言うタイプじゃないと思っていたんだがな。


 邪悪なオーラを一身に受けながら新田を見ると、新田は何かをやりきったような表情を浮かべていた。


 ◆


「――で、ではこれからここに来ていただいた理由をお話します」


 何とかあの場を静め、本題である何故新田がここに俺達二人を呼んだのかという事について話す所。


 未だに若干機嫌が悪い彩乃先輩だったが呼ばれた理由は気になるようで、ちゃんと聞く体勢をとっている。


「それだよそれ。また生徒会絡みか?」


 新田はこくっと頷く。


「ええ。お二人には少し手伝って欲しい事があるの。――それも華ヶ咲先輩メインで」


「……え? わ、私?」


 名指しされた彩乃先輩は驚いた様子を見せる。


「はい。華ヶ咲先輩にぜひ協力していただきたい事があります」


 そう言った新田は机上に文化祭のポスターを広げる。そのポスターはとても完成度が高く、地域の人達を多く招くうちの高校の文化祭をアピールするには効果的だろう。


「華ヶ咲先輩も知っておられると思いますが、この高校の文化祭には地域の人達が沢山来賓されます。地域との交流を大切にしているこの高校にとっては、きたる文化祭は絶対に成功させなければなりません」


「そうだね。確かあれだったよね? 来賓の方々が一番楽しみにしてるのが――生徒会演劇だったっけ?」


 生徒会演劇。文字通り生徒会役員が主体で行う演劇だ。


 うちの高校には演劇部がないため、毎年恒例で行われるステージ発表の目玉である演劇は生徒会役員が行っているのだ。


 素人の演劇だからそれほど完成度は高くないのだが、高校生が一生懸命作り上げる演劇が地域の人達からの評判がいいとか。


「はい。今年も例年通り生徒会役員が主体で演劇を行うのですが……そこでお願いがあります」


 新田は座ったまま、机上におでこをぶつける勢いで頭を下げた。


「華ヶ咲先輩。――生徒会演劇に役者として出演していただけないでしょうか」


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