第110話 お化け役
「へぇ~、そんな事があったんだ。でも政宗君がちゃんとみんなの輪に入れそうでお姉さん安心したよ」
「いやいや、お化け役ですよ? 俺が暗がりから人を脅かしにきたら学校に苦情の電話が殺到しますよ」
ちゃぶ台の上には彩乃先輩が作った晩御飯。ほかほかと温かな湯気が顔を撫でるのも当たり前の事になっている。
「あはは、確かに政宗君がお化けに変装して出てきたら普通の人は驚くかもね」
「普通の人というか誰でも驚きますよ。俺だってたまに鏡に映った自分を見て驚く事だってあるんですから」
自分で自分の顔を見て驚いてしまった時は悲しい気持ちになる。多分あの感情は俺にしか分からないだろう。
「そうかな? 私は多分驚かないよ?」
「そんな訳ないでしょ。絶対に驚きます」
「お、言ったな~。じゃあ本番私を驚かせられたら何でも一つ政宗君のお願いを聞いてあげようじゃないか」
彩乃先輩はふふっと年上の余裕を感じさせる笑みを浮かべる。
こんにゃろう。絶対に驚かせてやる。俺の固有スキル【凶悪な顔面】をなめるなよ!
「……あ、でも政宗君がクラスのお化け屋敷でお化け役をやるってことはさ、文化祭当日は一緒に回れないのかな?」
「……え?」
箸で掴んでいた肉じゃがのじゃがいもがぽろりと皿に落ちる。
「何でそんな鳩が豆鉄砲くらったみたいな顔してるのさ。私は政宗君と一緒に回る予定だったんだけど。政宗君は他に先約があるの?」
「い、いや。俺に先約なんて……」
そうだ。お化け役の事で頭が一杯になっていたが、文化祭は他のクラスやステージ発表とかを見て楽しむというのもあった。
彩乃先輩は細い目でじーっとこちらを見る。俺はその視線から逃れるようにわざと斜め上くらいに視線を泳がし、
「あ、彩乃先輩こそ先約……というか他の人から引く手あまたでしょ。特に三年生の男子なんか血眼になって彩乃先輩と回ろうとするんじゃないですか?」
当日、彩乃先輩の周りにおびただしい数の生徒がうようよと群がる光景が容易に想像できる。他校からの生徒も合わせるとなると、俺が近寄るなんて無理ゲーだ。
「うーん。――そうだね。今の時点でそういうお誘いはまぁまぁ来てるけど、全部断っちゃってるからね私」
「え?」
「だってそういうお誘いをしてくれる人達って絶対に私に幻想を抱いてるし。そんなお姫様みたいにエスコートされても息苦しくて仕方ないよ」
そ、そういうものなのだろうか。彩乃先輩みたいに人気者になった事がないから想像がつかない。
普通の人間はちやほやされる事に快感を得ると思うんだけどな……。
「は、はぁ。……でも俺だって彩乃先輩をそんなぞんざいに扱ってる訳じゃないと思うんですけど」
「それは分かってるよ。でも政宗君の前なら気楽にいれるからね私。だって政宗君なら私の弱い所とか知ってるし」
そう言い彩乃先輩は肉じゃがを頬張る。
そんな姿を見ながら、俺は彩乃先輩が他の誰かと文化祭を楽しそうに回っている姿を想像してみる。
……もやっとした気持ちは、そっとしまっておそう。
「……まぁ一日中お化けやってる訳じゃないと思いますし。彩乃先輩との時間が合えば一緒に回れるんじゃないですかね」
何故かとても恥ずかしい。心の中芽生えた羞恥の感情が、自分の声色をぶっきらぼうな感じにしてしまう。
そんな子供っぽい俺を見て彩乃先輩は微笑を浮かべ、
「そうだね。じゃあ、当日は一緒に楽しもうか」
「……うす」
満足そうにうんうんと頷く彩乃先輩。文化祭当日は何事もなく彩乃先輩と楽しめればいいんだけど……。
「……あ」
「え? どうしたの政宗君」
「いや、そういえば彩乃先輩のクラスは何やるんですか?」
俺がそう言うと彩乃先輩はビクッと肩を震わせる。
「あ、あはは……。まぁ何でもいいじゃない。普通の事だよ普通の事」
ぽりぽりと頬をかきながら俺から目線を外す。大体俺の目を見て話さない時は何か都合の悪い事があると最近分かってきた。
「……彩乃先輩。何を隠してるんですか」
「い、いや? 何も隠してないよ? 変な政宗君。ほら、早く食べちゃって――」
明らかに挙動がおかしくなった彩乃先輩をそのままじーっと見続けていると、
「……はぁ。言うよ言いますよ。――め、めめ、メイド喫茶」
「はい?」
彩乃先輩は箸をちゃぶ台に「バンッッ」と置き、勢いよく立ち上がる。
「だから! メイド喫茶をやるの! ゴスロリのフリフリな衣装を着なきゃいけないの私は!」
顔を真っ赤にしながら叫ぶ彩乃先輩。ぐっと握られた拳を見れば、メイドさんの衣装を着るのが余程恥ずかしいらしい。
「そ、そうですか。メイドですか」
「引いた!? 引いたでしょ! 私だって抵抗したんだよ!? でもクラスの男の子達が全員私に土下座したの! ……はぁ。今から恥ずかしいよ」
弱々しく座り込んだ彩乃先輩は体育座りでどよーんと沈みこむ。
彩乃先輩のメイド姿――うん。そりゃクラスの男達が全員土下座するわな。彩乃先輩のメイド姿なんて永久保存版だろうし。
「ま、まぁやってれば慣れていきますよ。それに――」
その時、俺のスマホにメッセージが届く。画面に表示されたのは、
『伍堂君、明日ちょっと時間作れる? 出来れば華ヶ咲先輩にも同席してもらいたいのだけど』
(……何の話があるんだ?)
俺にメッセージを送ってきたのは、生徒会長である新田だった。
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