第100話 可愛い可愛い琴葉ちゃん
「――へぇー! じゃあ琴葉ちゃんは学校で政宗君と遊んでもらったんだー!」
「うん。あとあーちゃん。まーちゃんはまーちゃんって呼ばないと駄目だよ?」
「……っ。う、うん! そうだね。これからはまーちゃんって呼ぶ事にするよ」
「……それは勘弁して下さい」
琴葉ちゃんが探し求めていた『あーちゃん』なる存在がまさかの彩乃先輩だった事にひとしきり驚いてから、俺は彩乃先輩と琴葉ちゃんがどのように知り合ったのかを聞いた。
その後俺と彩乃先輩、そして琴葉ちゃんはボロい居間の畳に腰を下ろしていた。
ちゃぶ台上に広がっている問題集や教科書のせいで空気が悪かったこの部屋も天使の来襲で劇的に改善され、ほんわかとした雰囲気に変化している。
そして琴葉ちゃんはというと、彩乃先輩の膝の上に座りとても居心地良さそうな顔をしている。
「あーちゃんのお胸ふかふか。おかあさんみたい」
そう言い琴葉ちゃんは自分の後頭部を彩乃先輩の豊満な胸へバウンドさせるようにポンポンと頭を前後へ動かす。
……うん。眼福眼福。だけど後が怖いからあまり見ないようにしよう。
少し視線を彩乃先輩の方へ飛ばした事を悟られないように、俺はわざとらしくシャーペンを持つ。
「そ、そうなの。喜んでもらえたなら良かったよ。……後、まーちゃん? チラチラと覗き見みたいに見るならちゃんと男らしくがっつりと見なさい」
「……見てないですよ。俺、勉強してるんで」
「嘘ね。私って人から見られる事が多いから、視線がこっちに向いていたら分かるのよ。……特に男の人の『そういった』視線には敏感ね」
鋭い視線が俺を貫く。若干身じろいでしまうが、何とかポーカーフェイスを維持する。
「だめだよあーちゃん。まーちゃんをいじめたら。まーちゃんがかわいそうだよ」
琴葉ちゃんは下から彩乃先輩を見上げるようにして俺を庇うような事を言ってくれる。やっぱり天使は優しさ成分マックスなのだ。
「い、苛めてなんかないよ? 心配しなくてもあーちゃんとまーちゃんは仲良しさんだからね」
「……本当?」
「本当だよ! ねぇまーちゃん?」
彩乃先輩から『まーちゃん』呼びされるのは気恥ずかしさみたいなものを感じる。これいつか慣れるんかな……。
「そ、そうだぞ琴葉ちゃん。彩――あ、あーちゃんと俺はいつも一緒の仲良しさんだ」
自分で言っていてこの場から逃げ出したくなる程恥ずかしくなる。多分今の俺の顔は目の前で完熟トマトみたいに赤くなっている彩乃先輩と同等くらいに赤くなっているだろう。
彩乃先輩を『あーちゃん』呼びした事もそうだが、彩乃先輩といつも一緒にいるという現実を口に出した途端、羞恥の津波が押し寄せる。
「ふーん……。――いいなぁ」
顔面が真っ赤に染まった高校生に挟まれている琴葉ちゃんは、俺達二人の変化には特に興味を示さず、小さく呟いた。
「い、いい? 何がいいの琴葉ちゃん」
「……だってあーちゃんとまーちゃんは仲良しさんで、いつもいっしょ。だから、いいなぁって」
琴葉ちゃんは彩乃先輩のスカートを握る。
交流会で琴葉ちゃんのクラスを見た感じ、多分琴葉ちゃんは上手くクラスに馴染めてないのだろう。現に琴葉ちゃんは大体いつも一人でいた。
鬼ごっこの時も皆と一緒にはしゃぐ訳でもなく隅っこの方にいたし、スイートポテトを食べる時もずっと俺と話していた。
俺と彩乃先輩の関係を羨ましがっているのはそういった関係の友達が残念ながらいないからなのだろう。
「琴葉ちゃんにはいないの? お友達とか大切な人とか」
「おともだち……分かんない。あまり、クラスの人とお話したことないから」
琴葉ちゃんは多分まだそんなに孤独なのがどうしようもなく辛い訳じゃないのだろう。
だけど俺は知っている。孤独の寂しさ、辛さを。
琴葉ちゃんは別に苛められている訳じゃない。だけど学年が上がるにつれ、そういった事が起こりやすくなるのも事実。
一人でいる女の子なんてクラスの男の子からしたら絶好の獲物。……琴葉ちゃんが辛そうにしている所なんて絶対に見たくない。
「そ、そうなの……」
彩乃先輩は琴葉ちゃんの発言にどう言葉を返したらいいのか、困惑した目で俺を見る。琴葉ちゃんも若干伏し目がちになっていた。
それに気付いた彩乃先輩は何も言うことなく、静かにゆっくりと琴葉ちゃんの頭を撫でた。
「……琴葉ちゃん」
俺は優しく琴葉ちゃんに喋りかける。俺の声を聞いた琴葉ちゃんは、落ちていた視線を上げ俺の目を真っ直ぐ見る。
「――俺と友達にならないか?」
「え?」
「友達だよ友達。遊びたい時に一緒に遊んだり、何か困った事があったら相談できるようなそんな相手。……琴葉ちゃんの友達第一号が俺でもいいのなら、俺は琴葉ちゃんと友達になりたい」
琴葉ちゃんは滅茶苦茶いい子だ。内も外も綺麗で、クラスの人気者――いや、彩乃先輩みたいに学校中の人気者になったっていいくらいだ。
俺は小学生じゃないから琴葉ちゃんと一緒の学校に通う事は出来ない。
そんな俺が琴葉ちゃんにしてやれる事といえば……友達を作るというきっかけを与えてやるくらいの事だ。
「俺も滅っ茶苦茶友達が少ないんだ。だからさ琴葉ちゃん。友達がいない俺を助けると思って……友達になってくれないか?」
友達いない所かほぼほぼ皆無に近い俺が偉そうな事は言えないのだが……。
「……まーちゃんとお友達になったら、いつでもあそんでくれる?」
「おお。バッチこいだ」
「お絵かきとかも一緒にしてくれる? 絵本とかもよんでくれる?」
「当たり前だよ。……だけどあまり絵は上手くないけどな」
俺がそう言うと琴葉ちゃんは彩乃先輩の膝の上からおり、
「――おっと」
今度はあぐらをかく俺の足の隙間にスポッとお尻をはめ込むようにして座る。そして、琴葉ちゃんの頭がグリグリと俺の胸に当たる。
「……じゃあ、なる。――まーちゃんのお友達になる。なってあげる。だから、これからもいっぱいあそんでね」
上から見下ろすようにして見る琴葉ちゃんの笑顔。
満面の笑みではなかったが、その笑みを見た俺の心の中は琴葉ちゃん愛で満ち満ちていた。
「――っ! お、おお! これからもよろしくな、琴葉ちゃん」
「うん。……あーちゃんのふかふかなお胸も良かったけど、まーちゃんのごつごつしたお胸もすごくおちつく。おとうさんみたい」
そう言い全体重を俺へと預ける琴葉ちゃん。そんな幸せな光景に彩乃先輩と俺の視線がぶつかる。
「……いいな、子供って。まーちゃんもそう思うでしよ?」
「……そうですね。可愛いですし。同感です」
琴葉ちゃんの頭を撫でながらそう答えると、彩乃先輩はフッと笑いをこぼし、
「――まぁ、言ってる意味なんて政宗君に分かる筈ないよね」
「……はい?」
「何でもないよ。……おーい琴葉ちゃーん。あーちゃんも琴葉ちゃんのお友達になりたいよー」
間延びするような口調で彩乃先輩がそう言うと、
「うん。あーちゃんもおともだち。だから、これからもいっしょ」
「本当? ありがとうね、琴葉ちゃん」
グッと親指を上に向けグッドサインを出した琴葉ちゃんが可愛い過ぎたのか、彩乃先輩は立ち上がりこちらへ寄ってくる。
そして琴葉ちゃんの頬を優しくつつきながら、
「よーし! じゃあ何して遊ぼうかー!」
「うーん……。じゃあ、お絵かきがいい」
「お絵かきね、やろうやろう。……まーちゃん何やってるの、早く白い紙とペン持ってきて」
「はいはい……」
確実にこの中で最も序列が低いのは俺ですからね。今すぐ持ってきますよ。
俺は玄関の方へと向かい、溜まっている広告用紙へと手を伸ばした。
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