第129話 お久しぶりです琴葉ちゃん

 今まで政宗君と触れ合って、ここまで何を話したらいいか分からなくなった事はない。


 教室に置かれた大きな姿鏡に映る自分を見つめる。……うん。流石私。衣装に負ける事なくしっかりと着こなせている。


『ねぇねぇ。この格好どう思う?』


『……いいんじゃないすかね』


『そう? なら何でこっち見てくれないの?』


『…………いいでしょ別に』


(……本当はこうなる筈だったんだけどなぁ)


 頭の中で政宗君とのやり取りを想像しながら少し笑みをこぼす。


 何であんな反応しちゃったんだろう。紫帆ちゃんとのやつを見ちゃったから?


 ……うん。多分そうだ。でもこのまま気まずい関係が続くのは耐えられない。私と政宗君の関係が停滞している間にも、敵は着々と攻めてくる。もしかしたら今頃――、


「……って! ないない! あの鈍感で目つきの悪いヤンキーに限ってそんな事」




 ……ない、よね? 何だか不安になってきた。


 大体なんであの時あんな体勢になってたの? 普通あんな体勢になんてならないよね?


 なったとしても政宗君ならすぐに退く筈だし。なら何で退かなかったんだろう。


 ――あの体勢でいたかったから?


「……あの、華ヶ咲先輩」


 意味のない自問自答を繰り返していると、肩をトントンと叩かれる。振り返るとそこには物凄く美形の王子様が立っていた。


「――ん? どうしたの千明君。というか千明君、衣装似合ってるね! 本物の王子様かと思ったよ!」


「あ、あはは……。華ヶ咲先輩に言われても皮肉としか取れませんよ……」


 ぽりぽりと赤くなった頬をかく千明君。元々の顔面偏差値の高さ、そして中性的な顔立ちの影響で、とても爽快感がある。


「そんな事ないよ。……で、私に何か用?」


「用と言いますか……。ちょっと様子がおかしいなと感じたので」


「私の? 何で?」


「何でと言われたら上手く言い表せないんですけど……。いつもより周りの人に笑顔を向けてる気がして」


 ……え。私ってそんなにいつも仏頂面なのだろうか。


「ご、ごめん。そんなにいつも無表情だったかな」


「――え? い、いやっ!! そういう意味じゃないです! ……何か無理してテンションを上げてるような、そんな感じがしたので」


 千明君に言われて少し振り返ってみる。


 ……うん。確かに政宗君と気まずくなってから、周りの人達と喋る機会が多くなった気がする。


 誰に見られている訳でもないのに、無意識に元気であり続けようとしていたのかもしれない。


「最近アニキとも一緒にいないですよね?」


「あー……、うーんとね……」


「あ、訳は話さなくていいですよ。言いたくないでしょうし」


 別に千明君になら言ってもいいんだけど……。あ、でもお姉さんも関係してるし微妙かな。


 言いにくそうな事を察して先回りする能力。これはモテるね。


「あ、あははー。ごめんね」


「いえいえ。でも早く仲直りしてくださいね?」


 千明君はそれだけ言い残して皆の輪に帰っていった。


 仲直り、か……。別に喧嘩してる訳じゃないんだけどね。……って言ったら早く元通りにしろって言われそう。


 ◆


「……ふぅ。疲れた」


 今日はベンのお迎えは無しにしてもらった。理由は特に無いのだが、何となく歩いて帰りたかったのだ。


 演劇の稽古は中々にハードだ。セリフを覚えるまでは簡単なのだが、覚えたセリフをそのまま言うだけでは演劇ではない。


 演じる役柄の人間が何故このようなセリフを言ったのか、それを理解していきながらではないといけないのだ。


(疲れるけど……やっぱ楽しいな)


 今まで演技というものには縁が無かった。幼少期からお母様の教育方針で多岐に渡る習い事をしてきたのだが、唯一演技だけは未経験で育ってきた。


 何事もこなせてしまう私にとって、演技とは中々思い通りにいかない。――だからこそ面白い。


「――ん? あれって……」


 前から近づいて来る二人組。


 仲睦まじく手を繋いでいる。だけど恋人同士という訳ではない。


「……あら?」


「……あーちゃん?」


 前から歩いてきた二人組。それは見知った顔だった。


 政宗君が生徒会の手伝いで小学校へ交流会に行った時に知り合った小学生――琴葉ちゃんと、そのお母さんだ。お母さんの手には膨れた買い物袋がある。


「お久しぶりです。お買い物帰りですか?」


「ええ。……あら、今日は一緒じゃないのね」


 多分政宗君の事を言っているんだろうな。


「政宗君の事ですよね? はい。今日はちょっと」


「……そう」


 何かを察したのか。琴葉ちゃんのお母さんは少しだけ笑みを浮かべた。


「な、何でしょうか」


「ふふっ。何でもないわ。……四六時中ラブラブできるカップルなんていないんだから、あまり気にしちゃだめよ」


「え! べ、別に私たちは付き合ってる訳じゃ――」


 お母さんの死角から放たれたフックにダメージを負いながら弁明しようとすると、私のスカートがくいっと引っ張られる。


「あーちゃん。おはなししたい」


「え? で、でも……」


 私はお母さんに目線を送る。


「いいわよ。私達の家は分かるわよね? 後で送ってきてくれるかしら?」


「は、はい。分かりました」


 お母さんの許しが出た後、琴葉ちゃんの目が分かりやすく輝く。……こんな反応されるとこっちまで嬉しくなっちゃうよ。


「公園ではなそ、あーちゃん」


 ◆


 私と琴葉ちゃんは場所を公園に移し、ベンチに二人腰掛けていた。


 私の隣では最近あった楽しい出来事や、美味しかった給食の話などを饒舌に琴葉ちゃんが語る。何だか少し明るくなったみたいだ。


「……あーちゃん。わたしといるの、つまらない?」


「――えっ!? な、なんで? そんな事ないよ?」


「だってあーちゃん、元気ないから……」


 琴葉ちゃんにまで気を遣わせちゃうなんて……。何をやってるんだ私は。


「全然元気だよ! だから心配しないで!」


 そう言いながら琴葉ちゃんの頭を撫でる。琴葉ちゃんは気持ちよさそうに目を細めた。


 撫でるのを止めようとすると琴葉ちゃんの「やっ!」という声が響く。……可愛いなほんとっ!


「……わたしね、ゆめがあるの」


 琴葉ちゃんのサラサラの髪を堪能していると、そんな声が聞こえた。


「夢? 聞かせてもらってもいいかな?」


「うん。でもね、わたしのゆめはね、あーちゃんとまーちゃんがいるの」


「え? 私と……政宗君?」


 何故琴葉ちゃんの夢に私と政宗君が必要なんだろう。理由が皆目見当もつかない。


 そして琴葉ちゃんは私を見上げ――衝撃的な言葉を口にした。




「あーちゃんとまーちゃん――赤ちゃんはいつできるの?」



「……はぇ?」


 思わず変な声が出てしまう。……え? 赤ちゃん?


 赤ちゃんってあの赤ちゃん? いや、あの赤ちゃんしか私の知ってる赤ちゃんはいないよね。


「わたしのゆめはね――まーちゃんとあーちゃんの赤ちゃんに、色々おしえてあげることなの」


 琴葉ちゃんは固まる私の服を掴み、揺さぶる。


「だからあーちゃん。はやく赤ちゃんつくってね?」


「――え、あ、その」


 動揺しすぎて口が回らない。


 え、赤ちゃん作るの私。まだ高校生だし――未経験なんですけど!


 ……でも順調にいけば来年には大学生になるんだよね。私が大学落ちる訳ないし……。


 学生結婚……学生出産……お母様が許してくれるのかな……。


(――って! 何考えてんの私!)


 熱くなった顔とショート寸前でバカな事を思考する頭を振り、正気を取り戻す。


「……っ。――あ、あのね琴葉ちゃん。赤ちゃんっていうのはそう簡単には産まれないの」


「? あーちゃんはまーちゃんとけっこんするんだよね?」


「え! い、いや……しない……訳じゃないけど……その……あちら側次第といいますか……」


 無垢な少女である琴葉ちゃん。こういった状況をどうやって切り抜けたら……!


「そ、そうだ! まーちゃんが他の人とあ、ああ、赤ちゃんを作る……っ! かもしれないでしょ?」


 自分で言って自分を傷つける。なんて間抜けな自傷行為だろうか。


「? まーちゃんにはあーちゃんしかいないよ?」


 純粋な目で私を見つめる琴葉ちゃん。


 もう、私に言い返す言葉は無かった。


「はやく赤ちゃんつくってね、あーちゃん」

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