第130話 学園祭の足音

 学園祭の準備は着々と進んでいた。


 校内を歩けばどこか皆浮ついている。教室の中にはステージ発表で使うのかクラス展示で使うのかは分からないが、様々な小道具があった。


 クラスTシャツも各クラスに配られ、中には今から着用しているような強者もいる。……いや、早くね?


 そして俺はというと――かなりグロッキーだった。


「伍堂君、ちょっと手伝って欲しいのだけど」


「お、おお……!」


 俺って生徒会だったっけ?


 そう勘違いしてしまうほど、何故か新田生徒会長は俺に仕事を振ってくる。こういった催し事が楽しいと感じる理由には、こうやって裏で仕事をこなす人達がいるからだと改めて思い知った。


「……おい新田」


「え? 何かしら伍堂君。口を動かす前に手と体を動かしてもらいたいのだけど」


「お前な……。俺ってただの手伝いだった筈だよな? 何でこんなガッツリ仕事させられてんの俺」


「しょうがないじゃない。手が足りないんだから」


 手が足りないって……。俺以外にも仕事を頼める奴くらいいるだろうに。


「それに伍堂君は細かい所にも気がつくし。そのおかげで私の仕事効率も上がるの」


「は、はぁ……。そう、か?」


 自分じゃ全然分からないが……まぁ褒められるのは嫌な気分にならない。素直に受け取っておこう。


「――って! そう簡単に丸め込まれないぞ!」


 新田はふぅっとため息をつき、


「……じゃあ伍堂君は一度引き受けた仕事を放り出すの?」


「そ、そういう訳じゃ……」


「でしょ? 私が見込んだ伍堂君はそんな人間ではないものね」


 こう言われてしまうと返す言葉がない。多分俺の本心では新田の仕事を手伝う事に、本気で嫌悪感を抱いていないのだ。


 だが何となくタダ働きをさせられているような、そんな気持ちになっているのだ。……いや、見返りが欲しい訳じゃないけどさ!


「うーん……でもそうね。別に生徒会関係の仕事を手伝わせる義理はないものね。てことは……飴ね」


「……は? 飴?」


 新田は大量の書類を抱えながらこちらを振り向く。




「ならこうしましょう。伍堂君が私の仕事全般を手伝ってくれたお礼として――が、学園祭は一緒に回ってあげるわ!」




 新田は唇を震わせながら、高らかにそう宣言した。


 顔を赤さから見てかなり恥ずかしいのだろう。


「……それが、飴?」


「な、何よ! 私じゃ不満なの!?」


「いやそういう訳じゃないけどさ」


 目に映るのは顔を真っ赤に染め声を上げる新田の姿。


 だが……俺の脳裏に浮かんでいるのは違った。あの人は誰と回るんだろう。


 女の子に学園祭を一緒に回ろうと言われているのだ。普通なら嬉しすぎてその子の事で頭が一杯になる筈なのに。


 俺の頭に浮かんでくるのは、最近めっきり見なくなった彩乃先輩の花が咲くような、そしてからかっているような笑顔だった。


(……彩乃先輩)


「……伍堂君。中庭を見てみなさい」


「中庭?」


 新田の言う通り廊下の窓から中庭を見下ろす。そこには一人の女性を先頭に、多数の男子達が列をなしていた。


 そしてその先頭に立つのは、


「やっぱり凄いわよね、あの人は」


 ビジネススマイルを浮かべながら立つ彩乃先輩だ。


「あれって一体……」


「見れば分かるでしょ。華ヶ咲先輩と一緒に学園祭を楽しみたいという願いを持った男子生徒達の群れよ。……ほぼ三年生らしいけど」


「……ああ、そうか」


 三年生にとっては最後の学園祭。大学受験などを控えている人達にすれば、高校でバカ騒ぎができる最後の機会だ。


 そんな最初で最後の学園祭。誰と過ごすのかというのは一生の思い出になるだろう。


 そんな時を学園祭のアイドル――彩乃先輩と少しでも過ごせたらと思うのは必然というべきか。


「彩乃先輩は……誰と回るんだろうな」


「知らないわ。でも一人ではいないでしょうね。というか華ヶ咲先輩は一人にさせてもらえないと思うけど」


 そりゃそうか。


 男女問わず人気な彩乃先輩だ。学園祭当日もあの人の周りは人垣で埋まるだろう。


(……今の状況でも俺が誘ったら、一緒にいてくれるんだろうか)


 ……無理か。何故か最近は顔を赤くして走り去ってしまう始末だ。怒っている訳ではないと思うが、何故顔を赤くするのか全く見当もつかない。


 そんな事を考えていると、肩をトントンと叩かれる。


「伍堂君、そろそろ行きましょう。今日は早く帰りたいわ」


「あ、ああ。そうだな」


 中庭で続々と来る男子達をさばく彩乃先輩と、一瞬だけ目があったような気がした。


 ◆


「――あんた、ここまでやっても潰れないの?」


 仕事が終わり昇降口に向かっていると、そんな声が聞こえてくる。声色からしてあまり良くない雰囲気みたいだ。


「……は?」


「いや、聞こえてないの? うざいのよ、はっきり言って」


「そーそー。何でそんな目で見てくんの? まじウザイ」


(あれは――)


 物陰からこっそりと様子を伺う。


 俺の予想は当たり、また空閑があのギャル3人組に絡まれているようだ。


 ギャル3人組の服装はジャージだ。部活を抜け出してまだこんな事やってんのか。


「何であんた達みたいな小物に私が怯えなきゃいけない訳? 邪魔だからどいてくんない」


「……っ。ほん……っと、心底ムカつく女ねあんた……っ!」


(おいおい……あいつ煽ってどうすんだよ……)


 どうするか……。俺が出ていっても解決にならないだろうし……。


(――ん? 今、サッカー部は部活中……なのか?)


 俺はポケットからスマホを取り出し、耳に当てた。


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