第131話 適材適所
「あのさ、そんなに私の何が気に入らない訳? 何かした?」
「……全部よ。その態度も何もかも」
通話を切りスマホをポケットにしまう。どちらかが手を出したりするような事があれば即座に飛び出して止めよう。
「あんたあのヤンキーに酷いことしてきてたんでしょ! なら私達に同じ事をされても文句言えないわよね!」
(あのヤンキーって……俺の事だよな)
何だか遠い過去のように感じるが、俺は空閑から酷い仕打ちを受けていた。そのせいで俺の学校生活は滅茶苦茶になった。
「……そうね。私は人間として、最低な事をあいつにした」
「ならもっと下を向いて生活しなさいよ! あんたはもう皆から恐れられる存在でも何でもないんだから!」
スクールカーストというのは難儀なものだ。
何事にも順位をつけたがる人間、それもまだ未成熟な俺たちなら尚更その『スクールカースト』というものが気になって仕方ない。
カースト下位の人間は上位の人間に逆らう事を本能的に恐れてる。弱肉強食といえば少し言い過ぎかもしれないが、弱い立場の人間は強い立場の人間に意見する事に対して必ず抵抗がある。
そんなカーストの中生活していたある日、自分より上の立場にいた人間が自分より下に堕ちていった。
空閑は多分あの3人組の事なんて眼中にもなかったのだろう。だが、あの3人組にとってはいつも男を周りに置き、我が物顔で歩くあいつがうっとうしくて仕方なかった。
「はぁ? 私別にあんたらに言われる程目立ってないと思うけど」
空閑の言葉は事実だ。実際あいつは俺への仕打ちが校内に知れ渡ってからというもの、以前のような高飛車な態度は取っていない。それどころか学校内で誰かと仲良く談笑する事もなくなっていた。……まぁ元から同性の友達はいないんだろうけど。
「っ。そ、それは……! ――大体あの伍堂とかいうヤンキーがもっとこの女に仕返しすればいいのに……っ!」
(……は? 何で俺の名前が……)
と思った所で気付いた。
こいつらは――ただ空閑を痛めつけたいだけなんだ。
何故俺がこいつらの行為に加担しないといけない。一緒にするな。
「……はぁ」
その時、空閑のため息が響いた。
「……あいつはね、超がつく程のお人好しで、偽善者なの。あいつが私に仕返しするのに便乗しようとしてたんだろうけど、あのヤンキーにそんな事期待しても無駄よ」
「は、はぁ!? わ、私達は別に――」
「あんたらみたいな小物は靴隠すとか雑魚キャラみたいな事しかできない。本当はもっと酷い事を私にしたいんだろうけど」
この3人組は、俺が空閑へ仕返しする事に便乗してもっと酷い事をしようと考えていたのか。
その場合、もしこの3人組の行為で空閑が傷つこうと、多分こいつらは主犯を俺へと仕立て上げていただろう。
空閑への恨みが1番強いのは――俺だと皆思うから。
「別にやるなら煮るなり焼くなり好きにしなさい。私はそれを受けるだけのひどい事をあいつにした。……でもあんたら3人だけでやった方がいいわよ」
「ど、どういう事よ」
空閑は元から悪い目つきを更に凶悪にし、睨む。
「――あのへたれヤンキーにはね、こわ〜いお姉さんがいんのよ。……もしあんたらが私にする行為に伍堂を巻き込んだら、確実にあんたら潰されるよ」
「な――!」
「そのお姉さんはね、あんな凶悪な面をした偽善者男のどこがそんなにいいのか知らないけど、伍堂の為なら多分何でもするわよ。……私みたいに没落したくないなら、そして今の地位が気に入ってるなら、あまり下手な行動は取らない事ね」
空閑のいうこわ〜いお姉さんって……彩乃先輩だよな。怒られるぞあいつ。
そしてあいつが言った言葉の中で、俺は納得できない部分があった。
「……おい空閑」
物陰からいきなり現れた俺に、四人とも驚愕の表情を浮かべる。
「あ、あんたいつからそこに……!」
「さぁな。……でだ。そこの3人」
空閑の質問に付き合っている暇は無い。俺は空閑の前にいる3人に視線を飛ばした。
「な、何よ」
「お前ら――そんな事して楽しいか?」
俺は空閑を許した……訳ではないけど、別に酷い目にあって貰いたいとかは思ってない。
俺は空閑への制裁として、マストで働くという十字架を背負わせた。こいつの腐った根性を叩き直す為に。
見た目からじゃ分かりづらいけど、こいつはちょっとずつ変わってきてる。主に柚木の影響が大きいけど。
俺が空閑に対する仕返しは今まさに真っ最中なのだ。そんな時、こんな奴らに邪魔されたくない。
「は、はぁ!? あんた何言って――」
その時だった。
こちらに向かいタッタッタと走ってくる足音。
「――お! いたいた。急に呼び出してどうした……って、何これ?」
現れたのは、ユニフォーム姿の早川だった。サッカー選手がよくつけるヘアバンドをしているせいか、いつもと印象が違う。
「おお、すまんな早川。急に呼び出して」
俺がそう言うとギャル3人組の目が一斉に俺へと向く。
大方、俺が人気者の早川と面識があった事に驚いているのだろう。
「いいってことだよ。俺と伍堂君の仲じゃないか。……で、何これ? てか何で君ら3人いるんだ? それに空閑さんも」
空閑まで知っているとは……。まぁこいつは有名人だしな。
「ああ。それなんだがな――」
俺が事情を説明しようと口を開いたその刹那、
「「「ダメッッ!!」」」
3人の制止を求める声が重なる。……思った通りだ。
「え? 何? どういうこと?」
「な、何でもないの早川君! 全然問題ない! ね、ねぇ!?」
「う、うん!」
「そ、その通りだよ!」
こいつらは、校内での自分の立場が1番大切なのだ。
スクールカーストが崩れるのなんて簡単だ。案外ちょっとした事で瓦解する。
早川は人気者だ。彩乃先輩には劣るけど、それでも男女問わず人気がある。勿論、トップカーストの人間だ。
色々と悪目立ちしている俺にも話しかけてきてくれた早川。こいつがギャル3人組の悪事を知ったらどうなるだろうか。
俺は生徒会演劇で早川と知り合って、こいつは多分そういうのを毛嫌いしている。もし何も行動を起こさなかったとしても、早川に悪いイメージを持たれる事をギャル3人組は良しとしないだろう。
「え? で、でも何かあったかは集合してるんじゃ……」
「そ、そんな事ないよ! ――ね、ねぇ伍堂君!!」
3人組の一人から鋭い視線が飛んでくる。「余計な事は言うな!」と目が言っている。
俺はふぅと息を吐き、
「――まぁな。すまん早川。生徒会演劇の事で用があったんだけど、よく考えたら明日でもよかったわ」
「え、えぇ……。何だよそれ……」
「すまんすまん」
「そ、そういう事だから! は、早く行こっ!」
このままこの場所に留まっておくというのは悪手だという判断だろう。3人組は早川の背中をぐいぐいと押してこの場から離脱しようとしていた。
「え、ちょ、押すなって! ――じゃあまたな伍堂君。悪いと思ってるなら学園祭、何か奢れよ!」
「おお、了解」
バツの悪そうな顔をして去っていく3人と早川。
早川を使ってここまで牽制したんだ。多分もう大丈夫だろう。
そして取り残されたのは、腕を組み下駄箱に背を預け静かに傍観していた空閑と俺であった。
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