第7話 後輩の女の子
『お金なんか要らない! 僕には君さえいればいいんだ!』
ごく稀にそんなくっさい言葉がテレビから聞こえてくる。もう臭すぎて鼻が曲がる。
そんなセリフを吐くなら一度貧困を味わってみてほしいものだ。本当の貧困を経験した者なら絶対そんな事は口が裂けても言わないし言いたくもない。
人というのは失わなければその大切さに中々気付かないものであり、失ってからいつも嘆くのだ。
(……って、何言ってんだろ、俺)
学校からの帰り道、俺はそんな事を思いながら歩を進める。
一緒に帰ってくれる友達など俺にはいないのでこうしていつも何かを考えたり妄想したりしながら帰っているのだ。
妄想にふければ嫌な現実からも目を逸らせるし、道の端に寄りいつでも使えるようにしっかりと防犯ブザーを握っている女子小学生も目に入らない。
こらこら、俺は不審者じゃないぞ。
「――あ、そうだ。明日からテスト期間か……」
嫌な事を思い出してしまった。うちの高校は進学校なのでテストの数が尋常じゃない。
自分から臨んでこの高校を選んだが……やはり勉強は面倒くさい。
俺が狙っている大学には成績上位者の学費を免除してくれる制度がある。
今の極貧生活から脱却するにはその大学に入り人生の一発逆転ホームランを狙うしかない。
(本当ならこのまま家に帰って勉強したいんだがなぁ)
そう、俺は学校が終わっても直ぐに家には帰れない。何故なら生活費を稼がねばならないからだ。
「金は天下の回りものとはよくいったものだよ本当……。宝くじでも当たらねぇかな……」
買わないと当たらない。そんなことは分かっているがあの紙切れ一枚買うのも痛い出費なのだ。
宝くじに当たったら――という夢のような妄想を膨らませながら俺は茜色に染まった道を歩く。もう少しで俺のバイト先だ。
あともうちょっとの所で、見覚えのある物が俺の視界に入る。
「あ……段ボール」
道行く人に何度も踏まれたのか、その段ボールはぼろぼろだった。
――私を拾ってくれる?
段ボールを見たせいで俺の脳内に先輩の声が再生される。今思えば俺はとんでもない事をしでかしていたのかもしれない。
女の子を拾って……カップ麺食わせて……一緒に寝て……。
「――うわぁ。思い出しちまった。くそっ、全部あの段ボールのせいだ!」
これから俺は段ボールを見る度に華ヶ咲先輩を思い出すのだろうか……。心臓に悪いから本当にやめてほしい。
(そういえば先輩……、午後から姿を見なかったような……)
学年が違うので姿を見ないのは当たり前なのだが、あの人の存在感はそこらの芸能人より大きい。
近くにあの人がいれば人だかりが発生するから直ぐに分かるはずなのだが、午後からは何故か人だかりを感じなかった。
……単純に俺の周りに人がいないだけか。何それ哀しい。
(今からバイトだってのに気分落としてどーすんだよ俺……)
そんな心の自慰行為をしていると、大きな赤い看板が目に入る。
その大きな看板には白い字で【マスト】と書かれている。店名の意味はそのままでお客様になくてはならない存在と思ってもらえるような店にしていきたいんだそうな。
「よし……! 今日も頑張って稼ぐか!」
小さな声で気合いを入れ、俺は関係者用出入り口から中へと入った。
◆
俺の働くマストは何てことない只のファミレスだ。ここで働くことに決めた理由も学校の近くで一番時給のいい場所がここだったからで特に理由は無い。
学校から近いということで同じ学校の奴らとバイト先が一緒になるかな、入る前は思っていたがうちの学校はバイトに厳しいらしい。
禁止という訳では無いが一応進学校なのでバイトするには許可が必要になり、作文やらなんやらを先生に提出する手間がいる。
先生達はこの作文を何度も添削することにより生徒の遊ぶ金が欲しいという欲にまみれた心を打ち砕くことを喜びとしている節がある(伍堂調べ)
(俺は一発で合格できたんだがな……。別に作文が得意な訳じゃないけど)
今思えば俺が作文を提出した時、先生の手が少し震えていたような……。
あれ? もしかして俺、怖がられてたのか?
……なわけないか。
「……よし、着替えたし厨房に行く――」
マストの制服に着替えキッチンへ向かおうとしたその時、
――ドンッ!
「うおッ――」
俺の背中に重いものが当たったような衝撃が走り、思わず前方向に転びそうになるが何とか足で踏ん張る。
「こんにちはマサ先輩っ! 今日も相変わらず怖い人相してますね!」
「――柚木かよ。何やってんだお前、ここ男子の更衣室だぞ」
栗色の髪を肩までの長さに揃え、あざと可愛い笑顔で俺を突き飛ばしてきたこの後輩の名前は柚木双葉(ゆずきふたば)
全く……、年上の先輩をいきなり突き飛ばすとは、そんなに俺を攻撃したいのかこいつは。
「マサ先輩しかいないのは分かってたので問題ナッシングです」
柚木は顔の前でOKマークを作る。
「いや、俺にだって恥ずかしいという感情あるからな?」
「そんなヤクザがマフィアの仮面つけてるみたいな顔してよくいいますねー」
ヤクザとマフィアはほぼ同じだろーが。てことはあれか、俺の顔はそんなに酷いのか。
「いつもそんな怖い顔してるからホールスタッフからキッチンに移動になるんですよ。先輩がホールの時はお店に苦情の電話がひっきりなしに来てたんですから」
「それはまぁ……申し訳ない、ですけど」
でも仕方ないだろう。俺だって好きで人を怖がらせている訳ではない。
ホールの時はなるべく子供に近寄らないようにとか配慮してたつもりなんだけどなぁ。
「だがキッチンに移動になったお陰で俺の料理スキルが上がったからな。それに関していえば移動は俺にとってプラスの出来事だ」
そう言うと目の前の後輩は「おぉー」と胸の前で手を叩く。
「流石ヤンキーですね。心がダイヤモンドのように硬い」
「このやろ……っ! ――はぁ、俺で遊ぶのもこれくらいにして早く仕事いけ。これから忙しくなる時間帯だ」
「え? ――あ、ほんとだ」
「じゃあな。俺はもう行くぞ」
俺のことをおもちゃか何かだと思っている後輩を尻目に俺は自分の仕事場であるキッチンへと向かう。
その時、後ろから柚木の声が掛かる。
「マサ先輩! 今日バイト終わってから時間あります?」
「時間? ……まぁ、特に予定はないけど」
晩御飯も冷蔵庫にあるもので何とかなるし、今日は真っ直ぐ家に帰るつもりだ。
一瞬、先輩はどうするのかが頭を過るが……大丈夫か。
多分流石に家に帰っただろう。朝とかすげー元気だったし。
「やった! じゃあバイト終わったら話があるんで宜しくでーす」
「お、おう……」
嫌な予感しかしない。
本能的にそう思うが、一度決めたことは絶対に譲らないのだこの後輩は。
スカートタイプの制服を揺らしながら柚木は鼻唄混じりに仕事に向かっていく。
――さて、俺もやりますか。
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