第143話 最終話

「……あの、彩乃先輩」


「ん? どうしたの政宗君」


「いやその――恥ずかしいんですけど」


 めでたく彩乃先輩と恋人関係となった後、俺は彩乃先輩と共に家路についていた。


 先ほどから周りにいる人達の視線がやけに刺さる。その理由は明らかだった。


「このずっと手を繋いで歩くっていうの、何とかならないですかね? いや、勿論嬉しいんですけど周りの目があるんで……」


 繋ぎ方は伝説の恋人繋ぎ。こんなのしたことなかったから知らなかったが……こんなに密着するのかよ。


「何言ってるの政宗君。私の彼氏になったんだから注目されるに決まってるじゃない。それに私は腕を組んで歩きたいくらいなんだから」


「う、腕ですか……! そ、それはちょっとハードルが高いような……」


「ええー。……さっきはあんなに力強く抱いてくれたのに……」


 瞬間、あの時の柔らかさや彩乃先輩の匂いが蘇り、体が一瞬にして熱くなる。


「あはは。赤くなった」


「か、からかわないで下さいよ! ……で、今日はどうしますか? 家に帰るなら送りますよ」


「んー……。――じゃあ今日は政宗君の家に泊まろうかな」


「え、マジすか」


「マジだよ」


 俺の家に泊まった事なら今まで何度もあるが、以前と今とでは決定的に関係性が違う。


 恋人同士という事はつまり――って、何考えてんだ俺は! 彩乃先輩が彼女になったからってピンク色に支配されすぎだろ!


「ん〜? 何考えてるのかなぁ政宗君は」


 俺の頬をつんつんとつつきながら、ケラケラとからかうように笑う彩乃先輩。


「べ、べべ、別に何も考えてないですよ」


「大丈夫だよ。政宗君がムッツリの変態さんな事は知ってるんだから」


「へ、変態ちゃうわ!!」


 だって仕方ないだろ!


 こちとら彼女ができたのなんて初めてで、その相手が彩乃先輩みたいな人なら誰だってそういう事を考えてしまうでしょ!


「まぁでも……私もちょっと興味あるしなぁ……」


「……はい?」


「――うん。なら今夜、してみよっか。年齢的にもそろそろいい頃合いだと思うしね」


「え、ちょ、あ、彩乃先輩?」


 脳みそがショートを起こし口が塞がらなくなった俺を残し、彩乃先輩は「あ!」と言って走り出す。


 そして数メーター程走った彩乃先輩はある場所を指差し、こちらに振り向いた。


 彩乃先輩が指さしたその場所。


 その場所は、俺と彩乃先輩にとって大切な場所であり、懐かしさを感じさせる場所――電柱の下だった。


「覚えてる?」


「勿論です。忘れる筈ありません」


 彩乃先輩は電柱に触れ、そしてあの日と同じように座り込む。唯一違うのはみかんの段ボールがないくらいか。


「あの日――政宗君に出会えてなかったら、私はここまで幸せになれなかった」


「俺も――あの日彩乃先輩に出会えてなかったら、こんなにも幸せを感じる事はなかったです」


 本当に色々あった。


 いい事も悪い事も含めて、俺の薄っぺらかった人生を豊かにしてくれたこの人。


 俺は彩乃先輩に出会えて本当に良かった。


「……政宗君。私の考えてる事、分かる?」


 彩乃先輩は立ち上がり、電柱を背にしたままそう呟く。


「……流石に分かりますよ」


「じゃあ……お願いね」


 今度は俺から。


 彩乃先輩の肩に手を置き、この思い出の場所で俺と彩乃先輩は再び唇を合わせた。


「これからも末永く宜しくね、政宗君」









 〜7年後〜










「――お世話になっております。……はい。そうですね。その時間帯でしたら空いております」


 無事大学を卒業した俺――伍堂政宗は、社会の大渦に見事揉まれていた。


 学生の頃の社会人経験がいきていると思う場面もあるが……やはりアルバイトはアルバイト。正社員として働くのは何かと精神がすり減る。


 手元にあるスケジュール帳に他人には読めないような字で書き込んでいく。廊下をすれ違う局内の人達へ軽くお辞儀をしながら電話をするというのも大分慣れてきた。


「――ふぅ。秒刻み過ぎるだろ……このスケジュール」


 スマホと手帳をしまいながら、俺はある楽屋の扉をノックする。


 その楽屋近くの壁に表示されている名札には――『華ヶ咲彩乃様』と書かれていた。


「――失礼します」


 中に入ると番組のプロデューサーを筆頭に、数人のお偉いさん方が、今や売れっ子女優となった華ヶ咲彩乃と打ち合わせを行っていた。


「じゃあ彩乃ちゃん! 今日は宜しく頼むよ!」


「はい! こちらこそ宜しくお願いします!」


 俺と入れ違いで出て行くお偉いさん方。そのお偉いさん方を見送った後、俺は手帳を開き、


「華ヶ咲さん。ちょっと遠い予定ですけど、二ヶ月後にモデル雑誌の取材が入りました。かなりの大手なので、美咲さんが受けるようにと」


「りょーかい。――でも」


 いきなり低い声を上げた彼女は椅子から立ち上がり、グイッと俺のネクタイを引き寄せた。


「華ヶ咲さんはやめてよね! ちゃんと家で呼ぶみたいに『彩乃』って呼んでよ! まーくんッ!」


 ぷりぷりと怒った様子で、ぐいぐいとネクタイを引っ張る売れっ子女優。


 俺はため息をつきながら、


「……あのですね。今まで何度も言っているように、俺は今仕事中なんですよ。どこの世界に自分が担当してる人を下の名前で呼ぶマネージャーがいるんですか」


「ここにいるじゃん!」


「ダメだこりゃ……」


 俺は大学卒業後、彩乃が所属する芸能事務所に入社し芸能マネージャーとして働く事にした。……面接の時は美咲さんの圧迫面接が凄かった。あの人身内だからって容赦ないんだよな。


「あー! もう傷ついた! お仕事頑張れなーい!」


 幼児のように床をゴロゴロと転がる彩乃。……それ番組出演用の衣装なんだけど。


「我がまま言うんじゃないよ……。帰ったらちゃんと相手するからさ」


 俺がそう言うと、彩乃はすぐさま起き上がり、


「ほんと!?」


「ほんとほんと。明日は俺も彩乃もオフもらってるしな。久しぶりにどこか行こうか」


「うんっ!! 絶対だからね! ……この前からみたいに『めんどい……』とか言ってデートすっぽかしたらお母様の所へ連れて行くから!」


「そ、それだけはやめてくれ!!」


 とても芸能人とそのマネージャーの会話とは思えないようなやり取りをしていると、扉がノックされ、ADが楽屋に入ってくる。


「華ヶ咲さん。そろそろお願いします」


「はい! ……じゃあ行ってくるね」


「おう。頑張ってこいよ」


 俺がそう言うと、彩乃がこちらに来いといった様子で手招きをしている。


「……どうし――」


 その手招きに誘われ、彩乃の近くに行った瞬間、俺の呼吸が彩乃の唇によって止められる。


「……ぷはっ」


「……っ! お、おい彩乃……! いきなりなにやって――」


「えへへ。いいじゃん。だって私これないと頑張れないもん」


「そうは言ってもだな……! まだ俺達の事は公表されてないんだから、もうちょっと慎重に……!」


「もう時間の問題じゃない。――じゃあ行ってくるね、まーくん!」


 ADの子にバレないように、軽く手を振りながら去って行く彩乃。


 俺は彼女の隣に相応しい人間になれたのだろうか。


 ……それは誰にも分からない。ただ一つ言えることは、誰にも彼女の隣を渡しなくないという事だ。


(仕事まで彩乃の近くがいいなんて……これストーカーじゃないよな?)


 一人で苦笑しながら変な事を考える。顔の人相が凶悪なのは不変の為、一人で笑っている所を人に見られたら普通に怖がられるだろう。


 俺はパンパンと頬を叩き、


「――よし! 行くか!」


 彩乃が輝くスタジオに向けて、俺は廊下の床を力強く蹴った。







 ◆


 これにて「見せかけヤンキー、お姉さんを拾う」は完結です!

 ここまで読んでくれた方々に幸多からん事を。

(次回作も読んでね)




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見せかけヤンキー、お姉さんを拾う 多上大輝 @ueyan

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