第142話 俺の想い。彼女の夢
――バンッッ!!
呼吸を激しく行いながら、俺は荒々しく屋上の扉を開ける。そして屋上の隅から隅まで視線を飛ばし、彩乃先輩の姿を探す。
すると隅っこの方に、転落防止の網に手をかけながら、ずっと遠くを見つめる彩乃先輩の姿を見つけた。
俺は深呼吸し呼吸を整えてから、彼女の元へと足を運ぶ。
「……お待たせしました。彩乃先輩」
待たせてしまってご立腹かと思ったが――こちらへ振り返った時に見せたのは、優しい薄い笑みだった。
「やっときたんだね。用は終わったの?」
「はい。……済ませて、きました」
刹那、新田の姿が蘇る。
何かしらの感情が顔に出ていたのだろうか。彩乃先輩は風で靡く髪を耳に掛けながら、
「――紫帆ちゃんの想い、伝わった?」
「……っ! な、何でその事を……!」
「あはは。女同士だもん。色々分かるものなんだよ。……まぁ紫帆ちゃんの場合は分かりやすかったと思うけどね」
ま、まさか気付いていただなんて……。女の勘というのは鋭いものだ。
「そ、そうですか……。――そうだ。彩乃先輩。演劇お疲れ様でした」
「ありがと。政宗君もお疲れ様。こんなに学校の行事に参加したのは初めてじゃないの?」
「うっ……。痛いとこ突きますね……」
彩乃先輩の言う通り、俺はこれまでの人生でこんなにも誰かと何かを創り上げるという体験をした事が無かった。
多分、俺がもし彩乃先輩に出会わなかったら、こんな日常も存在しなかったのだろう。
それから二人の間に、無言の空間が訪れる。
(……いつ告白しようか。というかもう彩乃先輩は俺の気持ちについて察してるんじゃないか?)
「――政宗君。聞いてもらいたい話があるの」
情けなく二の足を踏んでいたその時、屋上から見える景色に顔を向ける彩乃先輩がそう言った。
「な、何でしょうか」
「私ね――大学、行かない事にしたの」
予想もしてなかった言葉に、俺は思わず面をくらう。
何故このタイミングで進路の話なのかという事にも驚いたが、彩乃先輩程の人が大学進学をしないという事に一番驚いた。
彩乃先輩の成績は全国でもトップクラス。それは彩乃先輩自身のスペックの高さもあるが、華ヶ咲家という名家に相応しい教育を、母親である鈴乃さんが施したのが大きいだろう。
「え……! ほ、本気ですか!」
彩乃先輩は振り向き、「あはは」と困ったように笑いながら頬をかいた。
「うん。ちょっと色々あってね」
「色々って何ですか……!?」
「えーっとね……。まずは政宗君に、私の夢をお話ししたいと思います」
彩乃先輩は軽く数秒目を瞑った後、
「私ね――女優になりたいの」
彩乃先輩の口から出た言葉で、全てが一瞬にして繋がった。
何故あの二人――鈴乃さんと美咲さんが一緒にいたのか。
美咲さんが働いているのは芸能事務所。そして美咲さんが言っていた「私が来た理由を知らないの?」という言葉の意味。
彩乃先輩は美咲さんと出会ってから、頻繁に連絡を取っていたのか。
「私ね、生まれた時から何でもできちゃう子だったんだけど……唯一演技だけは、あまり得意じゃなかったんだ」
「え……!? あのレベルでもそうなんですか!?」
「うん。美咲さんには『貴方の上は星のようにいるわよ』って言われたわ。……多分美咲さんみたいなフラットな目線で見れる人からしたら、私なんてその他大勢なんでしょうね」
確かに彩乃先輩の言う通り、この学校の生徒や彩乃先輩の事を知っている人たちからしたら、彩乃先輩は何でもできて当然だという前提で見てしまう。
演技の世界は顔だけじゃないと、昔美咲さんが言っていた事を思い出す。
「私は演技以外なら小さな頃から何でもできた。――だからかな。唯一苦手な演技っていうのに興味を持ったのは」
「じゃ、じゃあ美咲さんと知り合ったのって……」
「それは本当に偶然だよ。……だからもし政宗君に出会ってなかったら、こんな大胆な決断はしてないのかもしれないね」
俺の人生において彩乃先輩が大きな影響を与えたのと同じように、俺も彩乃先輩の人生に大きく影響を与えていたのか。
「……その夢って、当然鈴乃さん達も知ってるんですよね?」
「うん。……説得するのは滅茶苦茶大変だったけどね」
苦笑しながらそう言葉にする彩乃先輩。
あの鈴乃さんだ。そう簡単には折れなかっただろう。幾ら彩乃先輩でもトントン拍子でのし上がっていける程、芸能界というのは簡単ではないだろう。
親としてはそんな不安定な道よりも、将来安泰な道を歩んでほしいという気持ちが強いに決まっている。鈴乃さんなら尚更だ。
そんな鈴乃さんを説得できてしまう程、彩乃先輩の気持ちは本気なのだろう。
「今まで私は親が敷いてくれた丈夫で頑丈なレールの上を歩く人生だった。――だから、とっってもワクワクしてるの」
笑みを浮かべながらそう高らかに宣言する彩乃先輩。
安泰の道を捨てて、自分の夢に向かってリスクのある道を選択した人の顔は、とても眩しいものだった。
「私の話はこれでおしまい。……じゃあ、次は政宗君のお話しを聞かせてくれるかな?」
(……っ。遂に来たか……っ!)
彩乃先輩の夢が女優である事に驚いてしまったが、俺が今やるべき事が何なのかは変わらない。
俺の目をじっと見て離さない彩乃先輩。口元が若干吊り上がっているように見える。……これ、今から言うことバレてるんじゃないか?
「――お、俺は……! あ、ああ、彩乃先輩の事が……っ!」
上手く発声できない。気持ちなんて分かりきっているのに、口が動いてくれない。腹は決めた筈なのに。
「……ふふっ。やっぱり君は――へたれヤンキーだね」
「え?」
伏せていた顔を上げた瞬間、俺の視界が彩乃先輩の顔で埋まる。
口に柔らかい感触。鼻に少し当たる彩乃先輩の髪の毛。
彩乃先輩は目を瞑ったまま少しだけ俺と距離を取り、
「――ふふっ。どうだった政宗君。私の初めてを奪った気持ちは」
……え?
「ん? おーい。政宗くーん。……あらら。フリーズしちゃってるね。大丈夫?」
俺はゆっくりと、柔らかい感触がした唇に、自分の手を持ってくる。
そして今何が起こったのかを脳で処理した後……、
「――ッッ!!! あ、彩乃先輩ッッ!! い、いい、今なにして――ッ!」
「ん? キスだけど?」
「そうじゃなくて! な、何でそんな事を……っ!?」
「はいはい。そんなに興奮しないの。――落ち着かせる為にもう一回する?」
彩乃先輩はそう言いながら、ゆっくりと俺の首に手を回りしてくる。
「え――ちょ、ちょっと!」
彩乃先輩はジリジリと俺の唇との距離を縮めていき、そして寸前で止まりジっと俺の目を見る。
「――政宗君、私は君が好き。誰にも渡したくないくらい」
「……え」
「ふふっ。さっき、私に告白しようとしたんでしょ? オッケーって言いたすぎて待てなかったから私から言っちゃったじゃない」
「そ、そんな……。こういうのは男の方から言わないと……!」
「ん? 別にどっちでも良くない? ……だって、両思いなんだしさ」
これって……どうなったんだ?
両思いって言ったよな、今。
俺は意を決し、彩乃先輩の背中に手を回してギュッと彼女の体を抱きしめた。
「ま、政宗君!?」
「好きです彩乃先輩。これからもずっと――俺の傍にいてください」
これから先、俺と彩乃先輩が歩む道は一緒ではないのかもしれない。
だけど彩乃先輩が歩む道の隣に、俺の進む道があればなと思う。
「――はい。これからも……この先もずっと……宜しくね、政宗君」
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