第141話 新田の想い
結果として、生徒会演劇は大成功を収めた。
彩乃先輩が出演するという影響もあってか、来校した人数は過去最多ではないかと教員の間では噂になり、生徒達の間では「今年は最高だった!」とか「来年からのハードルがえげつないな……」などの声が聞こえた。
人によって今回の学園祭に対する評価は違えど、全員が共通している思いは今年の学園祭は大成功だという事だ。
学園祭終了後は撤去作業になるが、今日全てを終わらせるのではなく、後日また時間を取るらしい。
(……まぁ、皆疲れてるだろうしな)
俺はまだ熱気が冷めぬ体育館の壁に背をつけながら、話し込む生徒たちを眺めていた。……当然、生徒たちの会話の内容は演劇について――いや、彩乃先輩についてか。
その時、ポケットに入れていたスマホの音が鳴り、表示を見る。
『屋上で待ってるね』
『了解です。少し用事を済ませてからすぐ向かいます』
彩乃先輩から届いたメッセージの返信を打ち、俺は宙に向かって息を吐いた。
「……遂に、か」
学園祭は終わったが、俺にとってはここからが今日のメインイベントみたいなものだ。
もし告白が失敗に終わっても、彩乃先輩との関係は良いものを築いていきたいものだ。……いや、初めから失敗した時の事を考えてどうすんだ俺。
そんな事を考えていると、またもや俺のスマホにメッセージが入る。
『伍堂君。生徒会室に来てくれないかしら』
(新田……。どうせならさっき言えば良かったのに……)
新田は先程まで隣で演劇を見ていたのだが、演劇が終わると同時にどこかへ消えてしまっていたのだ。
『了解。今から向かう』
そう入力し、送信。
一体何の用だ……?
◆
生徒会室に向かうまで、沢山の生徒とすれ違った。
生徒達の表情は皆明るく、達成感に満ち満ちたものだった。
それは生徒達自身が自分たちで盛り上げようと頑張ってきたのもある。だが、先頭に立ち皆を引っ張ってきたのは生徒会長である新田だ。
付き合いの年月という観点から見れば、俺と彼女はそれほど深い関係という訳ではない。
だが最近一緒にいる事が増え、彼女自身の変化が俺にも伝わってきていた。……前に生徒会長選挙で戦った? のが懐かしいな。
生徒会室の扉の前に立った俺は、軽く扉をノックする。
すると少ししてから「どうぞ」という声が聞こえてきた。
「失礼します」
「伍堂君。貴方はもう生徒会メンバーみたいなものなんだから、別にノック無しで入ってきてもいいのよ?」
「誰が生徒会メンバーだ。俺は生徒会に入った覚えは無いぞ」
中に入ると、生徒会室の窓を眺めている新田の姿があった。新田の席の机には山のような書類が置かれているのが見える。
(……あー、書類業務を手伝えってかな)
彩乃先輩も待っている事だし。あれは後日に回してもらおう。
「――伍堂君」
ポツリと、新田の言葉が生徒会に響く。
「ん? 何だ?」
「今日、楽しかったかしら」
「ああ。多分うちの生徒達は皆そう思ってると思うぞ。来年のハードルが爆上がりだな」
生徒会室から見えるグラウンドには、ちらほらと生徒達の姿が見える。やはり学園祭後というのは中々家路につかないらしい。
「……私ね、生徒会長になったのって、内申点とか教職員からの評価とかの事を考えての事なの。仕事は面倒だろうけど、自分の成績に多少なりとも関わってくるならやってみようって」
新田は窓の外を見つめながら、ゆっくりとした口調でそう言った。
「でもね――今回の学園祭を通して、人生で初めて他人の為に動いた達成感っていうのが分かったの。……案外いいものね。生徒会長になっていなかったら知らなかった気持ちだわ」
新田の頑張りを一番近くで見ていたのは……多分俺だろう。
生徒が主となって進めていく学園祭。それは学園祭の主役が生徒だからだ。
その生徒達の先頭に立ち、皆を導いた新田の今の達成感というものは、当然俺や他の奴らには分からない。
新田は窓から見える景色から視線を外し、くるっと回転して俺の方へと向く。そして自分の手を差し出した。
「ありがとう、伍堂君。貴方のお陰で、私はここまで頑張れた。心から感謝するわ」
「……別に俺は何もやってない。頑張ったのは新田自身だ」
ストレートに感謝を伝えられるってのは……中々恥ずかしいものだな。
俺は頭をかきながら、差し出された手を握る。
「もう疲れてるだろ? その書類の山は後日でもいいんじゃないか?」
新田と手を離し、俺は机上に山積みされた書類を指差す。
「当たり前でしょ。今日あの書類の相手はしたくないわ」
「は? じゃあ何で俺を呼んだんだ?」
「ああ……。それはね、私自身がやり残した仕事があったからよ」
やっぱり仕事じゃないか。
……はぁ。この生徒会長はどれだけ俺をこき使えばいいんだか。
「――貴方が好きよ。伍堂君。これからもずっと」
落ちた視線を、ゆっくりと上げていく。
そこには、何かをやり遂げた後のような、達成感に満ちた顔をした新田が真っ直ぐ俺を見つめていた。
赤面も何もない。ただの宣誓のように。
「……スパッと言えるんだな」
「ええ。だって事実ですもの。……何、もっと女の子らしく可愛い感じでしてほしかったの?」
「い、いや……そういう訳じゃないが……」
新田は堂々とした様子で、腕組みをした。
「答えは言わなくてもいいわ。――分かっているから。だからこんな風にスパッと言えたのかもしれないわね」
「い、いいのか……?」
「ええ。……華ヶ咲先輩に気持ち、伝えるんでしょ? もう用は済んだから行っていいわよ」
淡々と、仕事のように告白を済ませてしまった新田。
その様子に呆気に取られている俺。
「……お前、やっぱ変だわ」
「変とは失礼ね。――あ、言っておくけど私、結構一途なの。貴方がもし華ヶ咲先輩と恋人関係になったとしても、この想いを捨てる訳じゃないから」
「……怖いですよ」
「何よ。別に想うだけならいいでしょ。……もしフラれてまた気持ちが変わったら、その時は考えてあげるから」
そう言い新田はにっと笑みを見せた。
いつもクールで、冷静沈着といった言葉が似合う新田。
そんな新田が歯を見せて笑う所を俺は初めて見た。
「……ははっ。やっぱ変だわ、お前」
「うるさいわね。ほら、さっさと行ってきなさい。……もう待ってるんでしょ」
「ああ。――ありがとな、新田。俺を好きになってくれて」
俺はそう言いながら、新田に向かって深く頭を下げた。
気持ちに応える事ができない申し訳なさや、俺を好きになってくれた事に対する感謝の気持ちを込めて、深く頭を下げた。
「……」
新田は俺に背を見せ、窓の外を見つめたまま何も言葉を発する事は無かった。
(……行ってくる!)
心の中でそう新田に告げ、俺は彩乃先輩が待つ屋上へと足を動かすのであった。
◆
(――行ってしまった、のね……)
結末なんて分かっていた。
彼の心の中には華ヶ咲先輩が常にいて、私が入れる隙間なんて微塵も無かった事くらい、恋や愛に疎い私にだって分かっていた。
それでも――伝えなければいけないと思った。
想いを彼に伝えたらどんな気持ちになるのだろうと思っていたけど……意外とすっきりするものなのね。
「……あれ?」
水分が私の頬を伝う感覚。視界がぼやけ、目を手の甲で拭うと、私の手の甲には水分が付着していた。
「あ……あれ……? おかしい……な……っ……!」
心はスッキリしている筈なのに、何故こんなにも――涙が出てくるんだろう。
拭いても拭いても、私の視界はぼやけている。泣くなんていつぶりだろう。
鼻をすする音だけが響く生徒会。そんな中、いきなり生徒会室の扉が開かれ、私は驚きながら振り返る。
「……しーちゃん」
「――っ! ……ち、千明」
涙で酷い顔をしているであろう私を見て、千明は困ったような、それでいてどこか優しさを感じさせる笑みを見せ、
「――お疲れ様、しーちゃん。頑張ったんだね」
ゆっくりと近づいて来た千明は、優しく私の頭を撫でた。
「……ばか。何気安く姉の頭を撫でてるのよ……っ!」
「はいはい。強がっててもそんな顔してたら怖くないよ」
なるほど。これが――失恋というものか。
伍堂政宗君に出会ってから、私は初めてだらけの事が多い。
学んで、楽しんで、はしゃいで、傷ついて、悲しんで。
そうやって私たち学生は大人になっていくんだ。
貴方に会えて良かった。貴方を好きになって良かった。
――これからもずっと、大好きです。伍堂君。
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