第16話 交錯する想い
「全く……。あなたはこんな所で遊んでいる暇などないのですよ。一体何をしているのですか」
いきなり現れた和服美人。見ただけで俺みたいな人間とは住む世界が違う人間だと本能的に分かる。
それほどまでに圧倒的なオーラを放つ人物だった。
「お母様……! どうして、ここが……!?」
「そんな事はどうでもいいのです。早く支度をしなさい。帰るわよ」
先輩の話に聞く耳を持たない先輩の母。
完全に置いてけぼりな俺はどうしたらいいか分からず立ち尽くしていると、先輩母の視線を感じる。
「……あなたが、伍堂政宗さんね」
「は、はい。伍堂政宗は俺ですが……」
冷たい目。空気が一瞬にして張りつめられるような声色。
……怖すぎ。ここから直ぐに逃げ出したい。
「私は華ヶ咲鈴乃と申します。私の娘が大変お世話になったそうね。母として感謝します」
「い、いえ。俺は特になにも……」
チラッと後ろを見る。
そこには顔を伏せ俺の前にいる鈴乃さんと目を合わせないようにしている先輩。普段の先輩とは全く様子が違った。
「いきなり家に押しかけられて伍堂さんもいい迷惑だったでしょう?」
「迷惑というかその、何というか……」
確かに最初は面倒な事にまた首を突っ込んだなと思っていた。
でも今は正直――楽しい。
俺があの日、みかんの段ボールに入った先輩を拾わなければこの楽しさは一生味わえなかっただろう。
「いいのですよ、迷惑だと言ってもらって。――さぁ彩乃。帰りますよ。あなたは華ヶ咲家を背負う人間。身に付けなければならない事が山のようにあるのです」
もう俺には興味が無くなったのか、鈴乃さんは俺から視線を外し先輩へと向ける。
「……はい。お母様」
ほんの一瞬目を閉じてから、先輩はそう答え身につけていたピンクのエプロンを脱ぎ、丁寧に、そしてゆっくりと畳む。
ここで過ごしたのはたった数日だったが、これまでの日々を噛み締めるかのように、ゆっくりと。
「先輩」
「短い間だったけどありがとね伍堂君。――いや、政宗君。君と過ごしたこの数日は私の人生の中で一番楽しかった数日だったよ」
そう言いにこっとと笑う先輩。その笑顔は笑顔だが笑顔じゃない。
――俺の好きな、笑顔じゃない。
(このまま、行かしていいのか……!)
この状況でしゃしゃり出るのは違うと分かってる。
家族間の問題を他人の俺が引っ掻き回すのも違うと分かってる。
――でも、
「じゃあね、政宗君。また学校で」
俺の横を通りすぎていく先輩。その時、ふと先輩の横顔が見えた。
その顔は、あの日会ったときに見せていた顔だった。
「――先輩ッ!」
「……え?」
その横顔を見た時、何故か体が動いてしまった。
俺の手は今先輩の腕を掴み、先輩が鈴乃さんの所に行こうしているのを阻止している。
「――あなた、何やってるの?」
ゾッとするほど冷たい声が俺に降りかかる。だが俺の手は何故か先輩の腕を離さない。
このまま先輩を鈴乃さんの元に行かしてあげれば、それで解決の筈なのに。
何故か、離せない。
「政宗君、離してくれる?」
「……嫌です」
「離して」
「嫌です」
すぅっと息を吸う音が聞こえる。
「――離しなさい」
「……ッ!」
鈴乃さんに負けずとも劣らない程に冷たい声が俺を貫く。そしてするっと俺の手の中から先輩の腕が抜ける。
「先輩――ッ」
俺から離れていく先輩に触れようともう一度手を伸ばしたその時、
「――ッッッ!!!」
「Hey,Boy……」
鈴乃さんの後ろから黒くて巨大な何かが飛び出し、そのまま俺に襲いかかる。
一瞬の出来事にどうする事も出来なかった俺は、無様にもうつ伏せで拘束される。
頭は床に押さえつけられており、手は背中に回され動けない。
(こいつ……あの時の……ッ!)
何とか少しだけ首を動かす事に成功した俺は自分を押さえつけている奴な顔を確認する。
その顔は見たことがあった。漆黒のスーツにグラサン。あの時コンビニ付近をウロウロしていた男だ。
「は……っ、離せ、よ……ッ!」
「……」
日本語が分からないのかスーツの男は俺の言葉に全く反応せず、何とかして抜け出そうと足掻く俺を無表情で押さえつける。
「……行きますよ、彩乃さん」
「はい……お母様……」
くそ……っ!
俺は肝心な時にこれなのかよ!
「せ、先輩……ッ!」
「バイバイ、政宗君」
玄関で靴を履き、先輩は鈴乃さんの元へと向かっていく。
全身全霊で足掻くが俺の上にいるスーツの男にとってはどこ吹く風。
足掻けば足掻く程、俺の関節が悲鳴を上げるだけだ。
「先輩ッ!!」
その言葉と同時に、玄関のドアは閉まった。
さっきまで湯気をたてていた先輩が作った晩御飯はもうすでに冷めきっていた。
◆
次の日の学校。時は流れ放課後。いつもなら真っ直ぐ昇降口へと向かうのだか、今日は違う。
「これ! 私の連絡先ね!」と渡されていた番号に電話をかけても一向にでない。先輩……大丈夫だろうか。
俺は先輩がいる筈の教室へと向かう。
教室を覗くと、先輩はいつもと変わらず人に囲まれていた。皆に向ける笑顔もすっかり元通り。
そんな時、人垣の隙間から一瞬だけ先輩と目が合う。
(先輩……)
だが目が合ったのは一瞬だけ。直ぐに人垣で見えなくなった。
「……帰るか」
普段の先輩なら俺をあんな風に無視しない。……自惚れるなと思われるかもしれないが。
今までの先輩ならどんな時でも目が合えば片目を閉じて可愛くウインクくらいしてた。
今日はそっとしておいてほしいのだろう。
もやもやした気持ちを抱えながら階段を降り昇降口へと向かう。そして靴を履き替え外へ。
(今日はバイトないし直帰するか……)
しかしどうしたものか……。
現状、俺にはどうする事もできない。しかも今までが変だっただけで、普通の生活にお互い戻ったのだ。
「これで……いいんだよ、な?」
呟いた所で誰も返答してくれない。そりゃ周りに人がいないんだから当然だけどさ。
その時、ある異変に気づく。何やら校門辺りがざわざわしている。
(何だ……。――あれは……)
校門に近づくとそのざわつきの元凶が分かった。
「よお、昨日ぶりだな少年」
「――!お前……!」
校門を背に持たれているのは黒服のグラサン。
俺を見つけ片手を挙げる。
日本人に比べ肌が黒めだからか、ニッと笑うと見える歯の白さが際立つ。
そして、俺は思った――。
「日本語喋れんのかいッッッッッ!!!!」
◆
「いやー、昨日は悪かったな少年! 怪我とかしてないか?」
「あ、はい……。怪我とかはしてないです」
俺とこの黒服は場所を移動し近くの公園に移動。二つしかないブランコに腰を下ろしていた。
夕暮れのブランコ。普通男女じゃね? という突っ込みは勘弁願いたい。俺もそう思う。
「そりゃ良かった! 俺は『ベン』ってんだ。お前さんは確か――」
「伍堂です。伍堂政宗」
「そうそう! 今日は政宗に伝えたい事があってな」
うお、最初から下の名前呼びかい。流石外国人。
「伝えたい事、ですか」
十中八九、先輩の事なんだろうけど……。
ベンさんは「よっ!」と言いブランコを漕ぎだす。本当にこの人元気だな。
「お嬢の事だがな。俺はハッキリ言って――お嬢には政宗が必要だと思ってる」
「……え?」
ベンさんが言ったのは予想もしてなかった事だった。先輩に俺が必要? 何でこの人がそんな事……。
「お嬢の事はお嬢が小さな頃から見てきた。小さな頃からお嬢は作り笑いが上手だった。……まぁあの母親だからな」
「それと先輩に俺が必要って事と何の関係が……」
「それはな――」
ベンさんはブランコから勢いよく飛び出す。
宙に浮くベンさんはとても絵になっていた。
「――俺が見たことない笑顔をしていたからさ」
スタッと着地しベンさんはそう言う。
「さっき言った通り俺はお嬢を小さな頃から見てきた。そんな俺でも……政宗といる時に見せていたお嬢の笑顔は見たことがなかった。少し妬けるぜ」
「先輩の笑顔……」
脳裏に先輩の笑顔が蘇る。
カップ麺を食べた時に見せた笑顔。
俺をからかう時に見せる笑顔。
求めている事に導いてくれるような大人な笑顔。
「まあその、何というかな……。今のお嬢は見てられねぇんだよ。別に鈴乃様が間違っているとは思わないけどな」
「俺は、どうしたら……」
ベンさんは白い歯を見せる。
「それは政宗の好きにすればいいさ。特に何もしなくてもお嬢に今後会えないという訳じゃないしな。只俺はお嬢の近くに政宗が居た方がいいんじゃないかと勝手に思っているだけさ」
「――そうですね。その、通りです」
「よし! じゃあそろそろ解散するか。もしこんな所鈴乃様に見られたらおっかねぇわ」
その時、俺はあることに気づく。
「あの、一つ質問何ですけど……」
「ん? 何だ政宗?」
「ベンさんって……いつから俺の家に先輩が居ることに気付いてたんです?」
俺の言葉にビクッと肩を揺らす。
俺そんなに驚かせるような事言ったか?
「あー、まぁ……初めから、だな……」
「初めからとは?」
ベンさんは汗をダラダラ流しながらグラサンの位置を調整。
「――だから! お嬢が初めて政宗の家に来た時から俺はお嬢の場所を知ってたんだよ! これ絶対に鈴乃様に言うなよッ!!」
……え? 何で?
知ってたのならベンさんの立場上直ぐに先輩を連れ戻さねばならないのでは?
「まぁ、その、あの笑顔を奪ってしまうのが心苦しかったんだよ。華ヶ咲家に戻れば本物の笑顔を失ってしまうと思ってな……」
「ベンさん……。いい人ですね!」
「政宗は俺をどんな奴だと思ってたんだ……」
なるほど。覗きされてたのは決していい気分ではないけど……まあいいか。
――いい脅し材料も手に入ったし。
「だからあの初夜は政宗を殺しそうになったよ」
「……はッ!?」
「もし、あのまま手を出していたら……こうだったな」
ベンさんは親指を下に向け、そのまま首の前を通過させる。
(俺はあの時死に直面してたんか……)
「まぁとにかく! お嬢をこれからもよろしく頼むって事だよ!」
ベンさんは俺に近づき背中を思いっきり叩く。
「バンッ!」という音が閑静な公園に響く。
「痛ッ!」
ガハハハッと笑うベンさん。
悪い人ではなさそうなんだけどな……。
(まぁ、取り敢えず家に帰るか。――もしかしたら居るかもしれないし)
そんな淡い期待を胸に秘め俺はベンさんと別れ家へと向かうのであった。
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