第50話 年に一度の大事な日
墓地というのは不思議なもので、その空間だけ別世界のように感じられる。
妙に静かで、ある一定の緊張感みたいなものが張りつめている。だが、悲しみは感じられない。
母が眠る墓地には数人の人が墓参りに来ているのが見える。皆、どういった気持ちで墓石の前に来ているのだろうか。
「……あの」
「ん? 何かな政宗君」
ずっと俺の隣を歩く一人の女子高生。
この女子高生にとってこの墓地はただの墓地であり、俺のように身内が眠っている場所でもない。
それなのに、何故かこの人はついてきていた。
「……改めてお聞きしますが――何故?」
「だって昨日の晩にお母様のお墓参りに行くって言ったじゃない。それを聞いて私がついていかない訳ないじゃん」
「その理屈は全く理解出来ないんですけど……」
今日の朝、墓地へと向かう為家を出ると何故か彩乃先輩がいた。
ニコニコしながら「おはよう」と言ってきたので「……おはようございます」と返した。
そしてそのままこの人は俺の隣を歩き続け今に至る。
「まぁ真剣な話、私は政宗君に救われたからね。恩人のお母様に一度しっかりと挨拶しておかないとって思ってさ」
「……彩乃先輩がそうしたいならいいですけど」
変な感じだ。いつも一人で来ていた母の命日に、高校の先輩を連れてくるなんて。
(こんなの見られたら……面倒だな)
俺と彩乃先輩は水を入れたバケツとひしゃくを持ち、母の眠る場所へと向かう。
毎年、この道を通る時に思っていた。
何を報告したらいいのだろう、と。
代わり映えのしない毎日。嘘を母に報告した所でというのもあり、毎年俺はただ手を合わせ、変わらない近況報告をするだけだった。
だが……今年は違った。
色々とあった。いつも悩んでいた話のネタが、今年に限ってはどれを言おうか悩むくらいだ。
それもこれも――、
「……ん? どうかした政宗君」
この人のお陰だ。
◆
(……母さん)
母さんが何故死んだのか、俺は考えないようにしている。
考えたところでっていうのもあるし、単純に知りたくないのからかもしれない。
年を重ねていくたび、死んでしまいたくなるような辛い出来事が実際にこの世に存在することを知っていくから。
母の墓石の前に立ち、俺はそう思った。
「……政宗君?」
「……何でもないです。じゃあやりましょうか」
墓参りの作法には正式な仕様が存在するのだろうが、詳しくは知らない。
まぁ身内の墓参りなんて皆適当か。
俺はバケツにくんだ水をひしゃくで救い、墓石にかける。
「まさか彩乃先輩と母の墓参りをするなんて夢にも思わなかったですよ」
「あはは。まぁそうだね。私も高校の後輩とお墓参りするなんて思わなかったよ。お母様も驚いてるんじゃない?」
「……どうですかね。案外、普通にしてるんじゃないですか」
俺は母との思い出があまり無い。全くない訳じゃないから気にはしないのだが。
もし、母が生きていて貧しい中でも普通の家庭なら、どんな関係を築いていたのだろう。
華ヶ咲家のように厳しくされていたのか。それとも放任主義だったのか。
……多分後者だな。
「――久しぶりね。政宗君」
声の方を見なくても分かった。誰が俺の名前を呼んでいるのか。
年の割には高い声。俺にとっては恩人ともいえる人だが、あまり会いたくない人。
「……お久しぶりです。
フレームの細い眼鏡を掛け、そのキツい目付きは性格そのものを表しているようだった。
手には特に何も持ってない。いつも通り、形式上の都合でこの場所に来ただけだろう。
「えっと……。政宗君、こちらの方は……?」
いきなり現れた見知らぬ人物に戸惑った様子の彩乃先輩は、少したじろぐように言った。
「あ……すいません。この人は漆原三咲さんといって――俺の叔母です」
この人は母の姉。母の死後、学校の手続きや何やらをしてくれた人なのだが、俺はこの人を苦手としている。
「……初めまして。貴方は政宗君の恋人かしら?」
「ち、違いま――」
「はい。そうです。私は政宗君の彼女です」
ちょ、ちょっと!?
おかしな事を言わないでもらえますかね!
「あらそう。良かったわね政宗君。春が来たみたいで」
「え、いや、ちょ」
瞬間、俺の横腹がつねられる。
「っ!」
「? どうしたの政宗君」
「い、いえ。何でもないです……」
(黙って合わせろって事かよ……。いや、合わせる必要ないだろ)
三咲さんはさも興味がないように俺達の関係を確認し、母の墓石を見る。
「……じゃあ後は頼むわね政宗君。私は帰るから」
今年もだ。
今年もこの人は手を合わせずに帰る。
「み、三咲さん!」
帰ろうとする三咲さんの動きが止まる。
「何?」
「い、一度でいいんです。一度でいいですから、母の前で手を合わせてもらえないでしょうか」
俺がこの人を苦手とする理由。
それはこの人が――母を心の底から嫌っているからだろう。
三咲さんは俺の言葉の後、深いため息をつき、
「それじゃあね。政宗君」
結局三咲さんは母の前で手を合わせる事なく、この場を去ってしまった。
今年もこうなってしまったと、母の墓石の前で強く拳を握った。
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