第51話 仮初めの恩人
「……すいません。変な所見せちゃって」
「気にしなくていいよ。……って言っても政宗君は気にしちゃうよね」
身内の問題をこんな風に見せてしまうのは何というか……申し訳ない気持ちになる。
「――さて、じゃあ政宗君。そろそろ私もお母様に挨拶していいかな?」
「え? あ、はい。……どうぞ」
彩乃先輩は先ほど起きた出来事がまるでなかったかのように自然体で俺に接してくる。
こういった場合、変に気を使ってしまうと余計に空気が悪くなる事を彩乃先輩は知っているのだろう。
本当によくできた人だ。俺が評価することじゃないけど。
彩乃先輩はしゃがみこみ墓の香炉に線香を立て、手を合わせる。
(……母さん。初めて、母さんの前に学校の人を連れてきたよ)
ここからは彩乃先輩の華奢な後ろ姿しか見えずどのような表情をしているかは分からないが、かなりの時間彩乃先輩は母の前で手を合わせていた。
同じ高校に通う後輩の男子。その母親に何を伝えているのだろうか。
墓地の中へと少し冷たく感じる風が通り、彩乃先輩の髪を揺らす。
後ろ髪を揺らすその姿がとても懐かしく感じたのは、 久しぶりに母の元に来たからだろうか。
「……ふぅ」
「終わりましたか?」
「うん。……もしかして結構時間経ってた?」
「そうですね。多分結構長い間手を合わせてたと思いますよ」
彩乃先輩は「あはは……ごめんね」と謝っているが、俺は彩乃先輩に感謝の気持ちしかなかった。
今の俺が唯一できる親孝行は毎年手を合わせに来ることだけだ。
母も一人でも多くの人の顔を見た方が喜ぶだろうし。
「……因みに、俺の母に何を伝えたんですか?」
彩乃先輩が立ち上がった所で、聞いてもいいのか分からなかったが我慢出来ず聞いてしまう。
不粋な事だとは充分承知しているが、やはり気になってしまう。
「……ただの自己紹介だよ。――息子さんの彼女ですってね」
「……っ。な、何言ってんすか……!」
こちらを振り返りながら微笑を浮かべる彩乃先輩。余裕そうに言う彩乃先輩もやはり恥ずかしいのか、頬が若干赤い。
さっきの三咲さんの時といい……。この人は俺の精神を攻撃しないと気が済まないのか。
(というか母の前でそんな事言わないでくれませんかね……親の前で女子にからかわれるとか軽い罰だぞ)
「まぁまぁ、そんな照れないで」
「……彩乃先輩も顔赤くなってますよ」
「えっ!?」
俺がそう言うと彩乃先輩は驚いた声を上げながら瞬時に背を向け、大きく深呼吸。
そして再度こちらを向きなおし、
「――何言ってるの政宗君。私がそんなに分かりやすい訳ないじゃない」
……全然赤みは引いておらず、寧ろ酷くなっている。
(普段は完璧過ぎる超人なのに……。こういう所は人間らしいんだから)
「……何。何でにやついてるの政宗君。もし今が夜なら完全にホラーなんだけど」
「ちょ、それは言い過ぎでしょ。……というかにやけてました?」
「うん。若干というか、かなりキモかった」
グサッと言葉の刃が俺の心に突き刺さる。
し、仕方ないだろ……。普段それほど見る事の出来ない彩乃先輩の照れた顔を見たらそうなるって!
多分あの照れた表情を写真に収めて売ったら、学校内の男子は金を積んででも手に入れるだろうな。
「き、キモいは酷すぎでしょ」
「ふん。政宗君が私を下に見てるからだよ。私は常に政宗君の上に立つ人間なんだから」
言ってる事がマジの独裁者。彩乃先輩なら政治家とか普通になれそう。
これ以上彩乃先輩とバトルするのは悪手だな。これは負けた訳じゃない。戦略的撤退というやつだ。
「……は、はい。すいませんでした」
「分かれば宜しい。――それじゃあ、もう帰る?」
「そうですね。そろそろ帰りましょうか」
俺は母の元に近づき、そっと墓石触れる。
いつも酷く冷たく感じた墓石だったのだが、今回は少しだけ温かく感じた。
……そんな訳ないか。
「じゃあまた来るよ。母さん」
そう母に伝え、俺と彩乃先輩は母の元を去っていく。
だが、突如として隣を歩く彩乃先輩が引き返していく。
「っと。どうしました?」
「ちょっとね。政宗君は先にバケツとかひしゃくを返しといて」
「は、はぁ。……分かりました」
彩乃先輩は俺を残し母が眠る場所へと戻る。
そして、俺がやったようにそっと墓石に触れた。……口が動いているように見えるが、当然ここからじゃ何を言っているのか分からない。
(……まぁ、いいか)
◆
「……政宗君のお母様。次にここへ来させて頂く時はきっと――」
◆
車窓から見える景色が次から次へと変わる。普段車なんて乗らないから凄く新鮮だ。
俺は彩乃先輩に甘え、ベンさんの運転する車の中で窓の外を見ていた。
「政宗! どこか寄りたい場所とかないのか? ついでだし連れてってやるぞ?」
バックミラー越しにベンさんと目が合う。
「い、いえ! 特に寄りたい場所はないのでお構い無く……」
俺が乗っているのは黒塗りの高級車。外観だけ見ればや◯ざの組長とかが乗る車だ。
だが高級車というだけあって乗り心地はよく、足も伸ばせるので滅茶苦茶快適だ。
……だけど高級過ぎて体が萎縮してしまってるのも事実。
「……政宗君? 何でそんなに表情が強ばってるの? 車に酔った?」
「い、いや。……何でもないです」
車で酔ったというより車の高級さで酔ったというか……。俺ってどれだけ貧乏根性があるんだよ。
「――あ、そうだ。彩乃先輩」
俺は車の高級さに酔いながら、一つ言っておかないといけない事を思い出す。
「ん? 何かな?」
彩乃先輩の顔がこちらに向いた事を確認し、俺は頭を下げる。
「改めて――母の墓参りに来てもらってありがとうございました」
正確に言うと『ついてきた』というが、それでもわざわざ母の墓参りに来てくれたのだ。
その事についてはちゃんとお礼を言っておきたい。
「え? どうしたのさ急に。私が勝手に政宗君についてきたんだからお礼なんて……」
「それでもです。ありがとうございました。……それに、変な所も見せてしまいましたし」
「……あー、もしかしてそっちが本命か」
彩乃先輩に感謝しているのは事実。でもそれと同等くらいに、変な所を見せてしまい申し訳ないという気持ちもある。
彩乃先輩は俺の胸中を察したのか、ポンポンと肩を叩く。
「気にしなくていいよ。身内間の問題を外部に見られるのは確かに気を使うし申し訳ないとも思うけどさ」
「は、はぁ……」
「……まぁ、そのうち話したくなったらでいいよ。聞くくらいはするからさ」
高級すぎる車のせいで、車内にはロードノイズが入ってこず静寂に包まれている。
その静寂の中、彩乃先輩と俺はそれ以上何も言う事なく、静かに車に揺られていた。
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