第52話 優男の裏面

(……寝れない)


 毎年母の墓参りに行った夜はよく眠れない。体が変に興奮してるのか、三咲さんに会った影響なのかは知らない。


 だが墓参りに行った日の夜が一番母の事を思い出す。


 秒針の音が早く眠れと言っているように心地の良いリズムを奏でる。普段であれば鬱陶しい筈の音が心地よく感じるのは何故だろう。


(……駄目だ。頭が冴えて全く眠れん)


 眠る為にスマホの画面を見るのは避けていたのだが、俺は我慢出来ずスマホを起動させる。


 暗い部屋に輝く液晶には、【1時15分】という文字が浮かびあがり、体感よりも時が経っていた事に驚く。


「嘘だろ……もう深夜じゃないか……」


 毎年の事なので寝付けない事は分かっていた。だから早めに寝床についたのだが……。


(このまま寝転んででもどうせ寝れないしな……)


「……コンビニでも行くか」


 ◆


 深夜の道路を一人歩き、俺はコンビニへと歩を進めていた。


 深夜に出歩くのは結構好きだ。自分一人しか世界にいないように感じ、頭を空に出来るから。


 そうして俺は特に何を買うかなどを決めずにふらっとコンビニに立ち寄る。


「……げ」


「ん? ……また会ったな、空閑」


 カップ麺コーナーの前に立っていたのは、上下ジャージ姿で眼鏡を掛けていた空閑だった。


「こんな時間に何してんだよ。女子が出歩いていい時間じゃないぞ」


「……うっさいわね。あんたには関係ないでしょ。というか話しかけないでほしいわね」


「いや、普通この時間に知り合いがコンビニに一人でいたら話し掛けるだろ」


 と言ってみるが、よく考えてみると、もしここに空閑ではなく同じクラスの男子がいたら話し掛けていただろうか。


 ……絶対にスルーしてたな。ということは、俺の中で大嫌いな筈の空閑という存在は大きくなっているのかもしれない。


「……あーそ。どーでもいいけど」


 吐き捨てるようにそう言った空閑は、新発売と書いてある大きなカップ麺をかごに入れる。


「おいおい……。こんな時間からそんなもん食ったら太るぞ」


「大きなお世話。それに私あんまり太んないし」


 確かに空閑の体型は痩せすぎている訳でもなく太りすぎている訳でもない。


 今はジャージを着ている為分かりづらいが、プロポーション的に言えば、空閑のレベルは高い。


 空閑の姿をジーっと見ていると、


「……何、視漢? 通報するわよ」


 ポケットからスマホを取り出し本当にダイヤル画面を開く。


「ちょ、ちょっと待て! 何で通報されなきゃいけないんだ! ただ見てただけだろ!」


「それを視漢っていうのよ。……疲れてるんだからあまり喋らせないで」


 相変わらず口からは俺を攻撃する言葉しか吐かない空閑だが、疲れているというのは本当らしくため息をつきながら頭を抱える。


「……何かあったのか?」


「……家に双葉がいるのよ」


 ……あー。 そういう事か。


「あの子は私を何だと思ってるのかしら……。私のパーソナルスペースにぐいぐい入ってくるだけど」


「いや、俺にそんなキレられても……」


 実際に柚木の能力の一つである、人の懐に上手く潜り込むというのは脅威である。


 こちらが警戒心を持って接していても、いつの間にか懐に潜り込まれ柚木のペースに持ち込まれる。……俺も散々やられた。


「あの子は一体なんなの? 今までの女なら、私が一睨みしただけでどっかいくのに……初めてだわ、あんな子」


「まぁコミュ力のお化けだからな柚木は。……でも柚木だって嫌いな人間には深く踏み込んでいかないぞ」


「……どういう意味よそれ」


 少し前。もうマストを辞めてしまったが、凄く俺を嫌っていた女子大学生がバイトしていた事がある。


 仕事上で少し注意っぽい事を俺が言ってしまった事が原因で、俺への風当たりが強くなった。


 そんな時、バイトが終わりがけの時にある会話が聞こえてくる。






『ねぇ。あいつってマジでウザいんだけど。柚木ちゃんもそう思うでしょ?』


『あははー。まぁマサ先輩もいい人なんですよ? あの顔のせいで分かりづらいんですけど』


『はぁ? 柚木ちゃんそれマジで言ってる? 絶対柚木ちゃんが少数派だよそれ』


『……。――そーですかねー』






 そのやり取りの後、柚木はその人の側に自分から寄り付かなくなった。


 あちらから話し掛けられればいつも通りのテンションと笑顔で接するのだが、他の人とは違い自分からは相手の領域に踏み込んでこない。


 不審に思った俺は聞いた。


『なぁ、柚木』


『はぃ? どーかしました?』


『お前、あの大学生と最近喋ってないよな? なんかあったのか?』


 そう聞くと柚木は申し訳なさそうな顔など一切せずに即答した。


『あの人? ――ああ、私あの人嫌いなんで』









「……ねぇ。何固まってんの」


 空閑の刺々しい声で現実に戻る。


「……すまんな。ちょっと昔を思い出しててな。――取り敢えず、柚木は誰にでも仲良く接する訳じゃないって事だよ」


「……私、自分で言うのもなんだけど双葉に結構冷たく接してるんだけど」


「それは知らん。柚木が空閑のどこを気に入ったのかは自分で聞いてくれ」


 空気を読み、常に最善の手を取る柚木。


 一見考えなんてないように見えがちだが、普通にあいつは頭がいいのだろう。


 ……俺には空閑を気に入った理由が皆目見当もつかないが。


「……そろそろ出よーぜ。さっきからレジの人が滅茶苦茶見てるし」


 レジからは「買うなら買ってさっさと出てけよ!」と目で訴える店員が、こちらを射殺すような視線で見てくる。


「は? ……ほんとだ。睨まれてるわよあんた」


「お前も同罪だろうが。さっさとそれ買ってこいよ」


「言われなくても買うわよ。そこどいて」


(こいつは一々刺のある言葉を言わないと気が済まないのか……)


 若干俺の体にかごを当てながら、空閑はレジへと向かう。


 流石に店の中に入ったなら何か買わないとな、と思い周りを物色するが……。


(……やべ。財布家に忘れた)


 やけにポケットが軽いと思ったら財布を家に忘れていた事に気付く。……マジでノープラン過ぎるな俺。


 申し訳ないない気持ちもがあるが、俺は少し体を丸めながら店を出ようとすると、丁度会計が終わり店から出ようとする空閑と鉢あう。


「……何。ついてこないでよ」


「俺も帰るんだよ」


「は? あんた何も買ってないでしょ」


「……財布を家に忘れたんだよ」


 俺がそう言うと「こいつ本当どうしようもないな」といった侮蔑の目を向けられる。


 そんな視線を受けながら俺と空閑はコンビニを出る。


「そんな目で見なくても……」


「別に何も思ってないわよ。いいからあんた先に帰ってよ。あんたとなんて歩きたくないから」


 ドンッと背中を押され転びそうになるが何とか踏ん張る。


「っと! 危ないだろうが! 転んだらどうするつもりだ!」


「もし転んで怪我でもしたら今夜はいい夜になるわね」


 怪しく目を細め笑う空閑。柚木や彩乃先輩は小悪魔だが、こいつは地獄で働くマジもんの悪魔だ。


「っ。……はいはい。じゃあまたな」


 その時だった。


 コンビニ前の道路に1台の車が止まり、中から煌びやか……というか、凄く派手な髪色と服装をした女性が降りてくる。


 服装や見た目から察するに、夜の蝶といったところか。



 ――ドンッ!



「うおっ!?」


「っ! い、いいからあんた盾になりなさい!」


「はあ!? お、お前何やって――」


「いいから! そのまま私を隠して!」


 背中にゴーカートでも突っ込んできたのかと思うくらいの衝撃が走り、何事かと首を捻ると焦った様子の空閑の顔が近くにあった。


 普段ならこの距離に空閑がいるなんてあり得ない。しかも今回は空閑から距離を詰めてきた。


 俺を「気持ち悪い」といつも言っている空閑が、今だけは俺が近くにいることを気にしない程焦っている。


「わ、分かった」


 背中に空閑の温もりを感じながらその車を見ていると、中から一人の男が降りてくる。


(……え。あれって――)


 間違いない。


 あの甘いマスクに理知的な雰囲気。


 高級そうな車から降りてきたのは、うちの高校の教師である澤田先生だった。


(……意外な趣味してるんだな、澤田先生)


 真面目で爽やかな印象が強い澤田先生なので、ああいったタイプの女性とは縁遠いと勝手に思っていた。


 そして車から降りてきた澤田先生は手慣れた手つきで女性の肩に手を回し、


(……oh)


 暗くて見えずらいが、顔と顔の近さや肩に手を回す仕草からして――キス、してるんだろう。


(……凄く見てはいけないものを見てる気がする)


 その後、澤田先生はこちらに気付く事なく車に乗り込み走り去っていった。


 澤田先生の彼女? も同様にこちらに気付く事なく住宅街の方へと消えていった。


(まさかあの澤田先生が……ね)


 まぁ澤田先生の顔と性格ならモテない訳ないし。


 別に不思議な事でもないか。


「……いいなぁ」

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