第2話 カップ麺
「え……と、大丈夫ですか?」
「……」
反応は無い。只の屍のようだ。
「……君、うちの高校の生徒なの?」
俺の制服を指差しそう言う先輩。
「え、あ、はい。伍堂政宗と言います。高校2年生です」
俺がそう言うと華ヶ咲先輩は再度みかんの段ボールの中に腰を下ろす。
……まじで何やってんだこの人。
「あの、今夜は結構冷えるから早く家に帰った方がいいと思うんですけど」
半分は本音、もう半分は早く俺も帰りたいのでさっさと帰路についてほしいという願いをこの言葉に込めるが、意味が通じてないのか全く反応がない。
「――あの!聞こえてます!? 早く帰った方が」
「帰りたくないの、私」
少し荒々しくなってしまった俺の言葉を遮るように先輩はそう言った。
まぁ何かしらの結構な理由がないと女の子1人で夜道に座り込むなんてことはしないだろうし、先輩が家に帰りたくないというならどうぞ勝手に、という感じだが……。
(帰りたくないのは分かったから、取り敢えずこの場所からどいてくれないかな……。そしたら後は関わらずに済むんだけど)
ここらか去った後にこの後先輩がどうなろうと俺は知ったことではない。でも俺が認知したこの場所で何かあると俺の心が痛む。
「帰りたくないのであれば友達の家とかに行けばいいんじゃないですかね? 先輩を泊めたい人なら沢山いるでしょうに」
「……友達なんて私にはいないよ。皆私を神様みたいに扱うの。そんな人の所に行ったって家の中と変わらない」
実際この先輩と夜を共にするとか緊張するな確かに。
「じゃあ行くところは……警察ですかね。家で何かあったのなら一晩くらい保護してくれる筈ですし」
「いい……私は……ここで……」
うわぁ、結構闇が深いなこれ。
――よし、ここは心を鬼にしてこの先輩の言うとおりにしよう。
先輩がここに居たいのであればもう仕方ない。俺にはどうすることも出来ない。
「はあ、じゃあ俺は行きますね。さっきみたいに知らないおじさんとかについていったら駄目「くちゅんっ」……ですよ」
俺はこんな可愛らしいくしゃみはしない。十中八九このくしゃみの元は先輩だった。
ずず、と鼻をすすり頬を赤くしている。どうやら口では強がっても体の方は正直みたいだ。
「……大丈夫ですか? 俺家に帰りますけど」
「うん。大丈夫だよ。ありがとね、心配してくれて」
そう言った先輩の顔はとても大丈夫には見えない。
――ああ! もう何でこんなことに!!
「家、来ます?」
「……え?」
「だから、俺の家に来ますか? 先輩の家とは比べ物にならないほど狭くて汚い所ですけど、そのみかんの段ボールよりはマシかと思います」
言っちゃったよ……。ついに禁断の言葉を口にしてしまった。
でもやっぱり見てみぬふりは出来ない。ここで見捨てたら人間として失格な気がする。
「私を、拾ってくれるの?」
「拾うというか……まぁ、一時的にといいますか……」
「でも親御さんとかに迷惑掛かっちゃうんじゃ……」
「その点は何も心配いりません。僕に親何ていないですからね」
先輩の目が少し見開かれる。こんな話を聞かせてしまって申し訳ない。
「そう、なんだ。じゃあ――」
「私を拾ってくれる?」
スラム街に咲いたバラは多分こんな風に輝いて見えるのだろう。
自分のような人間には決して届くことのない高嶺の華だと思っていた存在が、今こうして現実に俺へと手を伸ばしている。
少し肌寒い風、みかんの段ボール、隣にある電柱、そして微笑を浮かべ俺へと手を伸ばす華ヶ咲先輩。
眼前に広がる奇異な光景を俺は多分一生忘れないのであろうと思いつつ――
「……よろこんで、拾わせて頂きます」
冷たく冷えきった先輩の手を取るのであった。
◆
錆びた鉄製の階段を登り部屋の前まで来た俺は鍵を差し込み解錠。そして先輩に先に入るよう促す。
「どうぞ。汚い所ですが」
「ううん、そんな事ないよ。ありがとう」
開かれた扉の奥に申し訳なさそうに入っていく。先輩。先輩の通った道はこんなボロアパートに相応しくない高級そうなシャンプーの匂いがした。
(って、何考えてんだ……俺。そんなことより考える事があるだろ)
俺の家は木造二階のオンボロアパートだ。台風の時はとても揺れるし、隣の夫婦の痴話喧嘩などが筒抜けなのは日常茶飯事。
ゴキブリやムカデなどとも友達になれ、対害虫スキルが得られる。
そんな建物の中にあの名家である『華ヶ咲家』のお嬢様がいることが今でも信じられないが、現実にそうなっているのだからどうしようもない。
「あの、私はどうしたらいいかな?」
「え、あ、すいません。取り敢えずここらへんに座っててもらったら……」
「分かったよ、ありがとね」
ちゃぶ台にテレビ、座布団と必要最低限の物(金が無くて家具を揃えられないのは秘密)しかない部屋へと先輩を通す。
……やべーよ。俺の家の家計は毎月炎上してるから客用のお高い茶菓子なんて無いぞ。
毎日高級料理を食べて舌が肥えている人に対して一体どんなもてなしをすればいいのか……。
結構寒そうだったから取り敢えず暖かいカフェオレでも出そう。何もしないのが一番まずい。
冷蔵庫から取り出した牛乳をカップに入れ電子レンジで加熱。膜をとりインスタントのコーヒーを適量入れ混ぜる。砂糖は……多めでいいか。女子って甘いもの好きだし。
「寒そうだったんで取り敢えずカフェオレ持ってき――先輩?」
先輩がいる部屋へと温かいカフェオレを持ってくるとそこには目を輝かせた先輩がいた。
その輝く視線はちゃぶ台上にある俺の非常食――カップ麺に注がれていた。
「あの、カフェオレ持ってきたんですが……」
「――え、あ、うん! ありがとう。助かるよ」
俺から両手でカフェオレを受けとる先輩。そして先輩の視線はカフェオレとカップ麺を行き来している。
何がそんなに気になるんだ? スーパーで買った特売品で今話題の商品でもない筈だが。
「ね、ねえ君。 これってもしかしてカップ麺っていう食べ物じゃないのかい!」
「え、ええ。そうですよ。別に珍しくも何ともない物ですが」
カフェオレをちびちびと飲みながら先輩は「うわあっ~これがカップ麺……!」とまるでカップ麺を初めて見たかの様な反応を見せている。
(……もしかして先輩って)
「カップ麺、食べたことないんですか?」
「――ッ!! ……ぅん」
俺の言葉に肩を震わせた先輩は、蚊の鳴くような細い声で返事をし小さく頷く。
お嬢様とは知っていたがまさか人類最高の発明であるカップ麺を食べた事が無いなんて。信じられない。
「え、と、じゃあ食べてみます? 別にそんな高価なもんじゃないんで先輩さえ良ければなんですけど」
「――! い、いいのかい!?」
「ええ。別にいいですよ。じゃあちょっと湯を沸かしてきますね」
子供がおもちゃを与えられた時のように先輩の顔が輝く。さっきまでの暗い顔が嘘のようだ。
水道水を鍋に入れ沸騰させる。そしてカップ麺の中にお湯を注ぎ三分待つ。
たったこれだけであんなに旨いものが出来上がるのだからカップ麺生活は辞められない。……まぁ俺は家計があれだからカップ麺も自由に食えないが。
「――よし、先輩できましたよ」
箸と共に出来立て熱々のカップ麺を先輩の前に置く。立ち上がってくる湯気が俺の顔を撫で思わず腹の虫が鳴ってしまいそうだ。
「あ、ありがとう! ――では、いただきます」
蓋を開けさらに旨そうな香りが部屋全体に行き渡る。
ふぅふぅと息を吹きかけ冷まし、カップ麺の中に入ってしまいそうな長髪を先輩は耳に掛ける。
そして先輩の貴重なカップ麺デビューの瞬間だ。
「――ッッッ!!! 美味しいっっっ!!!」
ほわぁぁぁぁぁっと口を歪める先輩を見て俺も耐えきれず口の端から笑みが溢れる。
カップ麺を初めて食べた時のことを覚えていないが俺も初めての時はこんな顔をしてたのだろうか。
「旨そうっすね。喜んで貰えたようで良かったです」
「美味しすぎるよ! 君も一口食べなよ!」
「い、いや。俺は食べ飽きてるんで」
「いーからいーから!」
先輩は箸で掴んだ麺を俺の口元に持ってくる。
こ、これって所謂あーんというやつでは……!
「ん! 食べてみなよ!」
「は、はあ。じゃあお言葉に甘えて……」
先輩の圧に負け麺を啜る。
こんな綺麗な年上お姉さんに食べさせて貰ったから、先輩が使った箸で食べたからなのかはわからないが、今まで食べたどのカップ麺より甘い気がした。
「ね! 美味しいでしょ!」
「そ、そうですね。とても……旨いです」
にこっと笑う先輩を見て、どんな高級な茶菓子より喜んで貰えたようだ、と感じる俺だった
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます