第75話 真実

「――て感じよ。だから、あんたが思ってるような人じゃないのよ、あいつは」


 信じられなかった。いや、あの人の事を完璧に理解しているとか気持ち悪い事を言うつもりはないが、いつも皆に慕われるあの人が、空閑の言うような人だとは思えない。


 だが、空閑も嘘を言っている訳じゃない。


「あいつは自分が欲しいと思った物は絶対に諦めない。……まぁあいつの場合、外見がいいってだけで何かとアドバンテージがあるから大体の物は手に入ってきてるだろうけど」


 人間にとって外見は重要なステータス。


 俺もこんな凶悪な顔じゃなければ、普通に暮らしていたのかもしれない。


 外見が普通なら、こんなに周りから怖がられなかっただろう。


 口の中が異様に乾燥するのを感じながら、俺は空閑に問う。


「……何でそれを教えてくれるんだ。お前は俺が嫌いな筈だろ」


 澤田先生が俺の思い描くような尊敬できる人間でない事は理解した。


 だが、俺がどんなに不幸になろうと空閑には何の影響もない。それどころか、空閑にとっては飯うまな話だ。


「そうね。私はあんたが嫌い。私を奈落の底に突き落とせる位置にいたのにも関わらず、安全な位置まで私を手繰り寄せるようにして引っ張ったあんたが」


「なら何で――」


「簡単な話よ。――あんた以上かそれと同等なくらい、あの男が気に入らないのよ」


 グラウンドで元気に活動するサッカー部の声が屋上まで届いてくる。


 普段なら俺と目を合わせる事なんて絶対にないのに、今だけは空閑の視線が俺の目を離さない。


 空閑は屋上を取り囲むフェンスに背をあずけ、


「澤田先生ってね、結構お坊っちゃま育ちらしいのよ」


「え?」


「優しく、イケメンで、高学歴高収入で、おまけに金持ちときた。……私があの先生を嫌ってるのは、ただの僻みなのかもしれないわね」


 空閑は一つ一つ指を折りながら、澤田先生のステータスの高さを数える。本当、ハイスペックが服を着て歩いているようだ。


「僻み、ね……」


 澤田先生が空閑の言うとおりの人間だとして。


 何故、俺を生徒会長にしたいのか。


 それが全く分からない。


 考え込む俺の様子を見て空閑は、


「……言っておくけど、あの先生があんたに生徒会長をやらせたい理由は知らないわよ。私が知ってるのは、あの男がろくでもないって事だけ」


「分かってるよ。でも幾ら考えても分からないんだ。俺が生徒会長になった所で、澤田先生に何のメリットがあるのか」


「だから知らないっての。私にそんな事聞くな。……まぁあんたが生徒会長に一番相応しいなんて思ってもないだろうし、何か目的があってあんたを生徒会長に推してるんだろうけど」


(澤田先生の、目的……)


 ◆


 空閑と別れた俺はベンさんとの待ち合わせ場所の自宅前へと歩を進めていた。


 隣を元気一杯な小学生が駆けていく。ランドセルについた鈴がリンリンと鳴り、夕焼けに染まる下校道を演出する。


(本当、何やってんだろうな……俺)


 ずるずると問題を引き伸ばしてきた結果がこれだ。多分澤田先生は俺がどんなに拒んでもあんな方法を取っただろうが、そういう問題じゃない。


「……やっぱ、ハッキリと言うしかないよな」


 澤田先生以外の人に明日相談しに行ってみよう。信じられないとは思うが、このままの状態よりはマシだ。


「……ん? おーい政宗。どうしたんだ?」


「……え?」


 頭の中で今後の事について考えていたせいで、俺の家前で待機していたベンさんを素通りしていた。


 いつもならこれほど圧倒的な存在感を醸し出すベンさんを見逃すなんて有り得ないのに……俺が思っている以上に俺の視野は狭まっているらしい。


「す、すいません」


「どうしたってんだ政宗。何だか顔色が悪いぞ? ……まさかまた体調を崩したとか」


 ベンさんの顔から血の気が引いているのが分かる。黒い肌に大粒の脂汗が吹き出る。


「そこまで心配してくれなくても……」


「……そうじゃない。――お嬢がな、怖いんだよ」


 ベンさんはデカイ体をぶるぶると震わせながら、


「政宗が体調を崩した時……俺のせいだと言ったお嬢に怒られたんだ。――あのお嬢の凄みは鈴乃様の面影を見た……!」


(あー……なるほどね)


 笑ってるのに笑ってないという、矛盾だらけの表情を保ちながらベンさんを正座させてる姿が目に浮かぶ。


 怒ったら怖いよね……あの一族。


「はは……。でも大丈夫ですよ。体調はばっちりなので」


「そ、そうか……良かった。――なら何でそんなに浮かない顔してるんだ? 何かあるなら相談しろよ。俺と政宗の仲じゃないか」


 バンバンと俺の背中を叩くベンさん。


 背中は当然痛むが、もやもやとした気持ちが少し楽になった気がする。


 その時、携帯の着信音が鳴り響く。この音は俺のスマホが発する着信音ではない。


「ん? ……おっと、お嬢からだ」


 ベンさんは取り出したスマホを耳に当て、


「はいお嬢。何かご用ですか。――今から政宗と特訓する予定ですが……」


(彩乃先輩からか……)


「……え、いいんですか? ……すいませんお嬢」


 通話を終えたベンさんはスマホをポケットの中へといれ、


「彩乃先輩ですよね?」


「ああ。これから学校前まで迎えに来れるかという内容だった。……申し訳ない事をしたな」


「え、それなら俺の事を後回しにしてくれればよかったのに……」


「俺もそう提案した。だけどお嬢がそれならいいって言ってきたんだよ」


 何だか凄く申し訳ない気持ちになる。明日にでもすいませんと一言言っておこう。


(でも彩乃先輩がこの時間まで学校にいるのは珍しいな……)


 まぁ多分、華ヶ咲彩乃ファンクラブの面々にでも捕まっていたのだろう。


 人気者は大変ですこと……。

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