第114話 ライバル~華ヶ咲彩乃~

 ガラガラっと生徒会室の扉が閉まり、生徒会室という空間には私と生徒会長である紫帆ちゃんしかいなくなる。


 政宗君が部屋を出ていった事を確認した私はふぅっと息を吐き、机に腰かける。こんな所をお母様に見られたりなんかしたら大目玉だろうな。


「……えっと、華ヶ咲先輩。どうしたのでしょうか」


「ごめんね紫帆ちゃん。二人っきりの時に少し聞きたい事があってさ」


「話したい事、ですか。それはさっきの演劇の件に関連する話でしょうか」


「うーん……。まぁそうだね。関連するっていえばするね」


 私にははっきりさせたい事がある。この前から気になっていた事だ。


 はっきりさせた所で何があるのかと問われれば――まだ分からない。一体私はどんな気持ちを抱くのだろうか。こんな気持ちなんて今まで知らなかったから、本当に分からない。







「紫帆ちゃんってさ――政宗君の事、好きなの?」







 ……言ってしまった。


 大人の余裕を滅茶苦茶醸し出しながらこんな事を紫帆ちゃんに聞いているが、内心バクバクだ。


 自分でも意地悪な質問をしている事は分かっている。何なら失礼だと怒られるかもしれない。


 だけど私は紫帆ちゃんに聞きたかった。政宗君の事をどう思っているのか。


 紫帆ちゃんと政宗君がどんな関係に変化していこうと、私が口を出すなんて事はあってはならない。……だって私と政宗君には確固たる繋がりがある訳じゃないから。


 こんな質問をしてしまった自分のレベルの低さを噛み締めながら私は下げていた視線を上げ、紫帆ちゃんを見る。


 そこには――分かりやすく顔を真っ赤にした紫帆ちゃんが、口をわなわなと震わせていた。


「~~っっ!! ――な、何言ってるんですかっ!? わ、私が伍堂君を!? そ、そんな訳ありません! あり得ないです!!」


 身ぶり手振りでそんな訳ないと紫帆ちゃんは言うが、こんなに分かりやすい反応をしていればその言葉はブラフだと分かる。


 ……あーあ。やっぱりそうだったか。


 私の胸の中にあったもやもやが一段と大きくなる。紫帆ちゃんが政宗君にどういった感情を向けているのかを知りたくて、私は直接紫帆ちゃんに質問した。


 その答えが知れたというのに……全く心の霧は晴れない。


「じゃあ何でそんなに狼狽えてるの? 政宗君に興味がないならそんな反応はしないと思うけど」


「べ、別に狼狽えてる訳じゃ……! そ、それにいきなりそんな事を言われたら誰だって多少は動揺するでしょう!」


 そう言われ考えてみた。もし私より先に紫帆ちゃんが「伍堂君の事が好きなんですか?」と質問してきたとする。


(……あー、なるほど。なるほどね)


 自分の体温が上がっていくのが分かる。心なしか心臓の鼓動も速くなっていっている気がする。


 私は仕切り直すようにわざとらしく咳払いをし、


「あはは、そうかもね。いきなりこんな質問してごめんね? ……じゃあ話は戻るけどさ、紫帆ちゃんは本当に政宗君の事が好きじゃないの?」


「っ! だ、だからそう言ってるじゃないですか! ……確かに私の無いに等しい交遊関係を踏まえれば伍堂君とは親しくしているのかもしれません。ですが彼にこ、ここ、恋心のんて……!」


(……これは、あれかな。多分まだ気付いてないだけなんだ。今政宗君に向けている感情が恋愛感情だという事に)


「紫帆ちゃんはさ、今まで好きな人とかいたの?」


「す、好きな人ですか。……いません。恋愛はまだ自分に必要ないと思って生きてきたので」


「じゃあまだ恋愛ビギナーな訳だね。ならさ、想像してみてよ。この男の子と一緒にいたら幸せだなーとか、何かいいことがあったら真っ先に知らせたい相手とか」


 紫帆ちゃんは私の言った事を心の中で消化し、そして少し俯く。


 こんな偉そうな事を言っているが、私だって今まで男の子とお付き合いをした経験はない。そりゃ男の子からお付き合いしてほしいと言われた事はあるが、全部断ってきた。


 だから紫帆ちゃんの気持ちが分かる。突然現れた自分の知らない感情に戸惑っている。


 私は紫帆ちゃんに言った言葉を、そのまま自分に聞いてみる。





 ――いいことがあった時、真っ先に知らせたい相手は誰なのか。





(あーあ。やっぱりそうだよなぁ)




 自分を本気で叱ってくれる相手。


 自分が悲しんでいる時は隣に寄り添ってくれる相手。


 私を華ヶ咲家の人間としてではなく、ただの華ヶ咲彩乃として見てくれる相手。


 一緒に、笑ってくれる相手。




 浮かんできた人物は、とてもよく知っている。今まで気付かないふりをしていたけど、それも今日までだ。


 私は――、


「……私の方が、お姉さんなんだけどな」


 やっと自分で自分の気持ちを受け入れた私は、ピクリとも動かなくなった紫帆ちゃんを見る。すると、


「……華ヶ咲先輩」


 俯いたまま、紫帆ちゃんは私の名前を呼んだ。


「ん? 何かな?」


「明日、生徒会演劇に関係する人間が集まって題目を何にするかという話し合いがあります。なので明日の放課後、会議室に集合して下さい」


「それはいいけど……どうしたのいきなり」


 一息で抑揚もつけず機械的な声色でそう言い切った紫帆ちゃんは椅子に置いていた自分の鞄を肩に掛けそのまま生徒会室を出ていこうとする。


「え!? ちょ、ちょっと紫帆ちゃん! どうしたの!?」


 私は咄嗟に出ていこうとする紫帆ちゃんの肩を掴む。


「は、離して下さい。私は帰ります」


「いや、帰るのはいいんだけどさ。さっきの質問の答えはどうな――」


 続きの言葉は出てこなかった。


 振り返った紫帆ちゃんの顔はそれほど赤く、そして可愛らしい少女の顔をしていた。


 私の問いによって自分の感情がどのような名前なのかを知った紫帆ちゃんの大きな瞳は若干潤んでいた。


「~っ! し、失礼します!」


 紫帆ちゃんが出ていった生徒会室で一人、私は固まっていた。


 そして私は近くにあった椅子に腰をおろし、ふぅっと息を吐く。


 先ほど認めた自分の気持ちを優先するならば、あんな事を紫帆ちゃんに質問する必要なんてなかったのだ。わざわざ敵をつくる意味がない。


 だけど今の私の気持ちは……何故か高揚していた。


(何で私……嬉しいんだろ)


 あぁ、そうか。


 今まで同世代に敵はいなかった。スポーツでも勉強でも、私と拮抗するような同年代の人間はいなかった。


 だけど今日、私にはライバルという存在が出来た。


 恋を自覚したあの顔。紫帆ちゃんがあんな顔を見せたら、政宗君もコロッと紫帆ちゃんの元へ転がっていくかもしれない。同性の私だってグッときた。


 負けるかもしれないという状況。普通の女の子なら嫌な状況かもしれないけど、私にとってはとてもワクワクする。


 今日紫帆ちゃんに恋心を自覚させてなかったら、私にライバルは出来なかった。


 私は机の上に突っ伏し、呟いた。





「――好きだよ。政宗君」


 これから始まる仁義なき女達の戦い。紫帆ちゃんだけじゃない。十中八九、双葉ちゃんだって政宗君争奪戦に加わってくる。


 負けるかもしれないというこの状況にワクワクしながらも、絶対にこの勝負には負けられないという気持ちも芽生える。


 ――この戦いに絶対に勝つ。


 その誓いを心に刻むように、私は政宗が好きという感情を初めて口に出した。


「……勝てるかな、私」


 そして同じく初めて、そんな言葉も口に出した。

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