第102話 ほんわかする夜
「――あ、はい。そうです。政宗君とは同じ学校に通ってて……」
玄関の方から彩乃先輩の電話をしている声が聞こえる。結構長電話してるみたいだ。
俺のあぐらの上に座っていた琴葉ちゃんだったが、今やコアラのように俺の体にしがみついている。余程帰りたくないのか。
「……琴葉さーん。そろそろ帰る準備しまょーか」
「……」
返事はない。だが俺を締め付ける力は強くなっていく。
その姿を苦笑しながら見ていると、
「――え!? ほ、本当ですか!?」
玄関の方から彩乃先輩の驚いたような声が翔んでくる。「ちょ、ちょっと待って下さいね」と言った後、彩乃先輩は居間へと戻ってくる。
「どうかしたんですか?」
「あ、あはは……。――琴葉ちゃん、お母さんが電話したいって」
「……ん」
琴葉ちゃんは俺の胸に埋めていた顔を上げ、彩乃先輩からスマホを受け取り自分の耳に当てる。
何回か「うん……うん……」と言った後、「じゃあそうする」とだけ言いスマホを俺に向ける。画面はまだ通話中の状態だ。
「まーちゃん。おかあさんが変わってほしいって」
「え? 俺に? ……了解」
一体何の用なのだろう。まさか帰りが遅いと怒られたりするのだろうか。
まぁ実際に思ったより時間が遅くなっているのは確かだ。怒られたら素直に謝る事にしよう。
「……はい。お電話変わりました」
『まーちゃん君? ごめんなさいね急に』
「いえ全然。……えっと、それで何のご用件でしょうか。今から琴葉ちゃんを送り届けようと思っているんですけど……」
その時、台所から冷蔵庫を開ける音が聞こえる。どうやら彩乃先輩が晩御飯の支度をしだしたらしい。……という事は琴葉ちゃんを送り届けるのは俺一人か。
『ああ、それなんですけどね。――今日一晩だけ琴葉を預かってくれないかなと思いましてね』
「……え?」
琴葉ちゃんの方を見ると、先ほどよりは若干表情が晴れやかになっている。
『まーちゃん君って琴葉を助けてくれた女性とお友達なんですよね? さっき聞いて驚きましたよ。こんな偶然もあるんですね』
「は、はぁ……まぁそうですね。……それで琴葉ちゃんを預かるって話ですけど……」
『……駄目ですか? 琴葉に聞いたらまーちゃん君の家に泊まりたいって事だったし……。それにまーちゃん君なら安心して琴葉を預けられますしね』
(ま、まじかよ……)
うーんと唸る。琴葉ちゃんがこの家に泊まるのは俺としても嬉しい。寧ろ推奨したいくらいだ。
俺は琴葉ちゃんを見る。……はぁ、仕方ないか。琴葉ちゃんが喜んでくれるなら。
「……分かりました。では責任を持って琴葉ちゃんを預からせて頂きます」
『ありがとうねまーちゃん君。それじゃあ宜しくお願いしますね』
その言葉を最後に通話は終了する。台所の方へと向くと、彩乃先輩と視線がぶつかる。
「そういう事になりました」
「了解。冷蔵庫にあるもので二人分くらいは作れそうだから安心して」
「あれ? 彩乃先輩の分は作らないんですか?」
すると彩乃先輩は困ったように笑い、
「あはは……。――この前の件でお母様からなるべく早く帰宅するように言われててさ。外泊も制限されちゃってるんだ。あんな事があれば当たり前なんだけどね」
彩乃先輩はピンクのエプロンを身につけながらそう言った。
すると話を聞いていた琴葉ちゃんがとことこと台所に走っていき、彩乃先輩の腰に抱きつく。
「おっと……。駄目だよ琴葉ちゃん。ここは危ないからまーちゃんと一緒にいてね」
「……あーちゃん帰っちゃうの?」
彩乃先輩の制服をぎゅっと強く握ったのがここからでも分かる。琴葉ちゃんは言葉足らずな部分を態度で示す癖があるみたいだ。
「琴葉ちゃん……」
「わたし、あーちゃんとまーちゃんと一緒にいなきゃいたい。だめ?」
彩乃先輩は逡巡するような様子を見せてから、観念したように笑顔を見せる。
「……分かったよ琴葉ちゃん。今日は私もここに一晩お世話になるよ。いいよね政宗君」
「え、ええ。それはいいんですけど……。大丈夫ですか?」
「うん。お母様には政宗君の所にいるからって説明したら何とかいけると思うし」
彩乃先輩は「それじゃあお料理するからまーちゃんと遊んであげて」と言い琴葉ちゃんの頭を撫でる。
(……あ、布団とかどうしようか)
◆
「――おいしかった。あーちゃんってお料理とくいなんだね」
「あはは。ありがとうね琴葉ちゃん。……そこの男は何も言ってくれないけど」
「何でそんな嫌みっぽく言うんですか……。美味しかったですよ」
彩乃先輩が作った料理に舌鼓を打った後、俺を含めた三人はちゃぶ台を挟み談笑していた。
彩乃先輩と二人で囲む食卓も滅茶苦茶良いのだが、琴葉ちゃんがいる事によってほんわか度が増した気がする。
「それじゃあ後片付けは俺がやるんで、二人はお風呂入っちゃって下さい。もう沸かしてあるんで」
「うん。そうするよ。じゃあ行こうか琴葉ちゃん」
「琴葉ちゃんの着替えは俺のTシャツを使って下さい。大きいですけど」
因みに彩乃先輩の着替え類は俺の家に一部置いてある。彩乃先輩の下着等が入ってるタンスの前を通る度に理性と格闘しているなんていうのは絶対に言えない。
「……まーちゃんは?」
「え、俺? 俺は二人が入った後に入るぞ?」
「……一緒にはいらないの? おとうさんとおかあさんは一緒に入ってるのに」
こてんと首を傾げる琴葉ちゃん。
ごめんな琴葉ちゃん。俺が彩乃先輩と一緒にお風呂とか入った日には、俺は今後彩乃先輩の顔をちゃんと見れる気がしないんだ。
彩乃先輩に助けを求めるように視線を送ると、若干頬を赤らめながら、彩乃先輩はにっといたずらっ子のような笑みを浮かべる。
「どうするまーちゃん。一緒に入る?」
「入らないですよ! アホな事言ってないで早く入ってきて下さい!」
俺をからかえて満足した様子の彩乃先輩はひとしきり笑った後「行こうか琴葉ちゃん」と、俺を連れていきたそうにしている琴葉ちゃんの背中を押しながら脱衣場に消えていく。
「全くあの人は……。一緒に風呂なんてあり得ないだろ……」
だが俺だって健全な男の子。そんな話をしたせいで、台所で洗い物をしながらピンク色の事を考えてしまう。
……実際彩乃先輩の『あれ』ってどれくらいなもんなんだろう。実物を見たことないから想像がつかない。でも他の人と比べたら大きいのは分かるから、やっぱり凄いのか……。
(って、何考えてんだ俺は……。最低だ)
雑念を振り払うように強めに茶碗をスポンジで擦っていると、
「……まーちゃん」
ガチャっという扉が開く音。そして天使の声。
俺のボロアパートの間取りは全くもって広くなく、脱衣場の扉を開ければ台所から中が丸見えになってしまう。
何が言いたいかって?
――初めて見た。
「やっぱりまーちゃんも一緒に入ろう? みんな一緒の方がいいよ」
とことこと全裸の状態で歩いてくる琴葉ちゃん。そのままかたまった俺の体に抱きつく。
だが、俺の意識は琴葉ちゃんではなく、脱衣場で生まれたままの姿で同じく固まっている人に向けられていた。
タオルを持った状態で俺の目を離さない――彩乃先輩。数秒、その間が続き、
「……ご馳走さまでした」
「――~~~~っっっっ!!!! 馬鹿ッッッ!!!」
「おぶッッ!!」
綺麗な縦回転を維持し飛んできた洗濯用洗剤が俺の顔面にめり込む。顔が熱いのは痛みによるものだろうか。
(……まぁ、痛みと等価交換という事で)
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