第66話 本物のヤンキー君

「――おお。来たか政宗」


 黒塗りの高級車を背に煙草を吸うベンさんは、俺を見つけるないなや手を上げる。


 待ち合わせ場所を家の前にしたのは俺だから文句は言えないが、滅茶苦茶目立つ。もう暗くなってるから人通りは少ないが、高級車×ベンさんという方程式が悪いなこれは。


「お疲れ様ですベンさん。すいません、お待たせしてしまって」


「いいって事よ。ほら、早く乗った乗った」


 グッと煙草を握り火を消したベンさんは車をバンバンと叩く。どこまでも豪快な人だ。


 そして俺が乗り込むと同時に車が発進。というか俺はまだ行き先を知らない。一体どこに連れていかれるのか。


「あの、ベンさん」


「ん? 何だ政宗」


「いや、まだ行き先を聞いてなかったなと思いまして」


「え、あー、そういやまだ言ってなかったな。まぁでも着いたら分かる」


 着いたら分かるって……。なら今言っても一緒だろ、と思ってしまうがぐっと言葉を飲み込む。


 行き先については気になるが、まぁ悪い所ではないだろうし。


 静寂に包まれる車内。これまで結構関わってきた方だが、やはり会話が途切れると少し気まずい。


 俺は必死に頭の中で話題を探し、そして見つける。


「……あの」


「ん?」


「前から気になってたんですけど……華ヶ咲家ってどんな仕事してるんですか?」


 華ヶ咲家が超お金持ちなのは知っている。多分この辺に住んでいる人なら華ヶ咲のいう名前を知らない人はいない。


 だが、詳しく何をしているのかと問われれば……答える事が出来ない。


「そうだな。一言で言えば『総合商社』ってところか」


「商社、ですか」


「ああ。華ヶ咲っていう名前を使って会社を設立している訳じゃないが、今華ヶ咲家の財政を担っているのは大和さん一人の収入だからな」


「ひ、一人の収入!?」


 大和さん――言うまでもなく彩乃先輩の父親。


 ベンさんの言葉に驚きを隠せない。あの家の大きさを見れば、どの程度稼いでいるのかは何となく想像できる。


 だが一人で全て稼ぎ出すとか……あの人とんでもないな。


「凄いだろ? まぁ大和さんが稼ぎ出す前は鈴乃様が稼いでたんだけどな」


「え、じゃあ大和さんは今……」


「商社マンだからな。日本にはいないよ。しかもあの人は商社マンとしてだけじゃなくて他の仕事もしてるからな。俺らからすれば途方もないくらい稼いでるぞ」


 あの人確か前に俺と会った時、『僕は華ヶ咲に相応しい人間じゃない』とか謙遜してたけど、実際は滅茶苦茶凄い人じゃないか。


 でも思い返してみれば、大人の余裕というか色気というか……。


 凄く仕事ができる人の雰囲気はあったな。


「政宗も知ってると思うが、あの人は華ヶ咲に婿入りした人間。だからというのもあるのか、自分のせいで家の看板に泥を塗るわけにはいかないと思ってるんだろうな」


 自分を研鑽し続けそのレベルまで高めたのか……。


 平凡に生きる俺では予想もつかない程、努力したんだろうな。


「じゃあ華ヶ咲っていうのは会社を持ってる訳じゃないんですね」


「そういう事だ。まぁ昔から由緒ある家計ではあるがな。取り敢えず、あの家に生まれた人や関係する人に、凡人はいないって事だよ」


(それじゃあ彩乃先輩もいずれ……)


 あの人はどんな大人になるのだろう。


 もしかしたらあの人の隣には、今はまだ見ぬ人がいるのかもしれない。


 ……そう思うと少し心がザラッとする。勝手な話だ全く。


「……一つ言っておくが、お嬢はまだ将来について明確に決めてる訳じゃないらしいぞ」


 サングラスの隙間からベンさんの目が覗く。


 にひひっといたずらっ子のように笑うベンさん。考えが読まれたからか、凄く恥ずかしい。


「べ、別にその話しは関係ないんじゃないですかね」


「そうか? ならすまん。余計な一言だったな」


 だがベンさんはくくっと笑っている。絶対に悪いとは思ってないだろうな、これ。


 そんなベンさんが運転する車はどうやら目的地についたらしく、駐車場へと入る。


 車窓から見える建物。今入った駐車場はこの建物が所有しているものだろう。


 だが、この建物に何の用があるのかさっぱり見当もつかない。


「さ、着いたぞ政宗。降りてくれ」


「は、はぁ」


 ベンさんに促されるまま車を降りる。


 すると、同じく車から降りたベンさんから袋を手渡される。


 中身を覗くと、この建物に由来する物が入っていた。


「あの、ベンさん」


「よし。なら中に入ってそれに着替えてくれ」


 淡々と進めるベンさん。だが俺としてはまず聞いておきたい。


「いやあの――何故俺は道場に連れてこられたんでしょうか?」


 ◆


(中学の柔道の授業以来だぞ……道着なんて)


 俺の背よりも大きな鏡に写る自分を見てそう思う。体格が良ければ初心者の白帯でもそれなりに見えるのだろうが、俺が着ると『道着に着られてる』感が否めない。


(はぁ……何でこんな事に……)


 俺は扉を開け道場内に足を踏み入れる。すると畳の匂いが俺の鼻腔をくすぐる。


 そして、その畳の上にあぐらをかき目を瞑っているベンさんが見える。何もしてない筈なのに何故か近寄りがたい。


「――ん? 来たか政宗」


「着替えてきましたけど……一体どういう事なんですか?」


「それはな――これだ」


 ベンさんはどこから取り出したのかタブレットを俺に向け、動画を再生する。


 そこには、鈴乃さんの姿があった。


『伍堂さん。いきなりでさぞ混乱している事でしょう。その事については謝罪するわ』


 本当に滅茶苦茶混乱してる。いきなり道場に来るなんてあり得ないから。


『私は貴方が彩乃さんの近くにいる事を許しました。しかし、私は思ったのです。――伍堂さんに彩乃さんを守れる力があるのかと』


 え、は?


 どういう事だ?


『もしもの時に備え、貴方には時間のある時にベンと空手の手合わせをしてもらいます』


「はいっ!?」


 すっとんきょうな声が俺から発される。


 お、俺がベンさんと手合わせって……そんなのボコボコにされるに決まってるだろ!


『華ヶ咲に関わる男足るもの、軟弱な男は許されません。という事でこれは決定事項ですので。それでは、修行に励んで下さい』


 そうして動画は終了された。だが動画の終了後も唖然としたままタブレットを見続ける俺。


 ……え?


 俺、今からこの筋肉の権化と拳を交えるの?


「――と、言うことだ。政宗」


「べ、ベンさん。じ、冗談ですよね?」


「残念ながらマジだ。まぁ武力があるに越した事はないだろ。それに鈴乃様は一度決めた事は中々曲げないからな。諦めろ」


 はっはっはっと笑った後、ベンさんは立ち上がりサングラスを取る。


 ……いや、笑えないんですけど。


「さぁ立て政宗! ……言っておくが手加減は無しだ。鈴乃さんからそう指示を受けているからな」


「ちょ、ちょっと待って!? 手加減無しとか死んじゃいますって!!」


「しょうがないだろ。社会人は上からの指令に逆らえないんだよ」


 ゴゴゴゴゴコッッッッ!!! とドス黒いオーラがベンさんを包む。こいつ、殺る気だ。


 俺は腰を抜かしたまま後ずさる。


「上司の指示は絶対ではないと思うんですけど!!」


「上司の指示に忠実に動く。それが出世に必要なのだ」


「そ、そんな殺生なっ!!」


 逃げるという選択肢も頭に浮かんだが、俺みたいな奴がこの人から逃げれるとは到底思えない。


(えぇー……。これどうすんのさ……)

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