第65話 似てない姉弟
「な、何で千明が伍堂君と……! そ、それにアニキって……!」
目の前で起こった事が信じられないのか、いつもの冷静さは微塵もなく千明の両肩を掴み激しく揺する。
「ちょ、ちょっとしーちゃん! 落ち着いてよ!」
「落ち着ける訳ないでしょ。何で貴方が伍堂君の弟になってるの」
このまま姉弟の微笑ましい? やり取りを見てても進まないので、
「おい新田。ちょっと話を聞け」
「……っ。――そうね。一先ず落ち着くとするわ」
そう言い千明の両肩から手を引く。ふぅっと息を吐いた新田は千明を見下ろす。
「……で、どういう事なの千明。説明しなさい」
「うぅ……っ。まだ目が回る……っ。――いいよ。説明するから」
そうして千明は何故俺をアニキと呼ぶのか、後俺と何故面識があるのかを説明していく。
俺との関係を何故か嬉しげに説明する千明に対し新田の表情は曇る一方。最終的には頭を抱えるレベルまでになった。
「――って事だよ。分かった?」
「……ええ。貴方が頭の悪い事を考えて伍堂君に迷惑を掛けているという事がね」
新田は俺に向き合い、
「ごめんなさい伍堂君。身内が迷惑を掛けたわね。姉として正式に謝罪するわ」
「や、止めてくれ。確かに『アニキ』呼ばわりされる事については異議を申し立てたいが、俺を慕ってくれるのは有難いし」
「それでも謝罪させてちょうだい。……大体何なの。自身の短所は自身で磨きあげていく事で克服されるものじゃないの」
ギロッと隣にいる千明を睨む。「ひっ……」という悲鳴にも近い声が千明から漏れでている所を見れば、姉弟の力関係というものが垣間見える。
俺には兄や姉、妹や弟がいないからあまり分からないが、やはり歳が上の方が強いという事か。
「し、しーちゃん怖いよ……。あまり睨まないで……」
「黙りなさい。そのナヨナヨした態度をいつも改めなさいと言っているでしょう。それに――」
新田の圧力の影響で完全に千明が萎縮されている。これは止めるべきだな。
「ちょっと待った新田。そこまでにしとけよ。な?」
マシンガンのように千明を責め立てる新田の肩に手を置くと、ハッとした様子で我に返る。
「……ごめんなさい。少し取り乱したわ」
「全く……。取り敢えずは俺も千明との関係を納得してるから。別に迷惑を掛けているとか思わなくていいぞ」
俺の言葉に「アニキ……!」と目を輝かせている千明だったが、新田の一睨みにより一瞬で怯む。
「……そう。なら、私からは何も言うことはないわ。――今後ともうちの弟を宜しくお願いね」
ふぅ。これで一先ずは一件落着か。
「それじゃあアニキ帰りましょう! ……というか、アニキとしーちゃんはここで何かやってたんですか?」
「今更かよ……。いや、特に何もないぞ」
ふと疑問に思う事がある。
千明は新田が生徒会長選挙に出る事を知っているのだろうか。
新田は内弁慶のように家ではペラペラと喋るようなキャラではないと思うし……。
(よく考えれば応援演説を千明にやってもらえればいいんじゃ……。――いや、身内に頼むのは嫌か)
「そうだ! アニキ、今度生徒会長選挙があるじゃないですか。あれ、うちのしーちゃんが立候補するみたいなんで応援してあげて下さいね!」
「――ッ! ……な、何で貴方がその事を知ってるの」
どうやら千明は新田が生徒会長選挙に出馬することを知っているみたいだ。
だが驚いた様子の新田から察するに、やっぱりこいつ千明には話してなかったっぽいな。
「? だって家の机上に生徒会長選挙の立候補用紙があったから。まあでもしーちゃんなら不思議じゃないし」
そういう事なら気付くわな。というか案外新田は学校で気を張っている分、家では少し抜けているのかもしれない。
「っ。そ、そう」
「そういや新田。あの用紙ってもう澤田先生に提出したのか?」
用紙を貰ったはいいが、出馬する気のない俺は提出期限などを全く知らない。
肝心の用紙は今も俺の制服のポケットでクシャクシャになっている。ポケットに手を入れてみるが、やはりある。
「ええ。勿論よ。伍堂君はまだ提出していないのかしら?」
その言葉に千明の首が物凄いスピードで捻られ、視線がこちらへ向く。
「あ、ああ、アニキ! もしかしてアニキも生徒会長選挙に……!?」
「違うからな! 俺は絶対に出ない! 出るわけないだろ!」
瞬時に千明の言葉を否定するが、輝いた目を持つ千明の暴走は止まらない。
「大丈夫ですよ! アニキの魅力を持ってすれば当選間違いなしです! ……あ、でもそうしたらしーちゃんが落ちちゃうのか……」
「話を聞けよ! 俺は出ない! その証拠にほら!」
俺はポケットからクシャクシャの立候補用紙を取り出す。
「この通り! まだ用紙は無記入でここにある!」
「伍堂君……。学校からの用紙を粗末に扱うものじゃないわよ」
最もな意見に「うぐ……っ」という声が出る。
だがそんな事はどうでもいい。ここで千明に出ない事を宣言しておかなければ、もしこいつがクラスメイトとかに言いふらしたら絶対に面倒な事になる。
「っ。と、取り敢えず! 俺は出ない! 千明もそこんところよく――って、千明?」
何故か千明はうっとりとした様子で俺のクシャクシャになった立候補用紙を見てる。
俺はクシャクシャの立候補用紙を右へ左へと動かす。すると一緒に千明の目も動く。
……本当に犬みたいな奴だなこいつは。
「おーい? 千明くーん?」
「……………です」
「ん?」
「学校から貰った用紙をクシャクシャにして持ち歩くなんて――男らしくてかっこいいです……」
「……は?」
千明の言葉に開いた口が塞がらない。
いやいやいやいや。男らしさでも何でもないだろこんなの。男らしさにどんなイメージを持ってるんだこいつは。
俺は千明の様子に呆気に取られていると、ツンツンと背中をつつかれる。
「……伍堂君」
「……何だ」
「あの……弟の事をお願いねとは言ったのだけど……。――あまり変な事を教えないでね?」
その時、新田からの信頼度にヒビが入った音がした。
新田さん……。俺はどうしたらいいんですか……。
◆
(はぁ……参った。一回千明にはちゃんと言っとかないとな)
バイト終了後、更衣室で着替えながら学校で起きた出来事を振り返っていた。
あの時俺を見ていた新田の目は、この男に弟を任していいのかという疑惑に満ちていた。
ロッカーの扉をバタンと閉め、男子更衣室を出る。すると、
「――あ、お疲れ様でーす」
「柚木か。お疲れ」
「相変わらずぶっきらぼうですね、マサ先輩は」
同じくバイト終わりの柚木と鉢合う。こうやってこいつと喋るのも何だか久しぶりな気がする。
「今日も空閑と寄り道するのか?」
「モチのロンです! 今日はタピりに行きます! 駅前に新しい専門店が出来たんですよ」
柚木と空閑の仲はもう何年も一緒にいる親友同士みたいな感じになっており、仕事中にも関わらず空閑にまとわりつく柚木はこの店のちょっとした名物だ。
何だかんだ空閑も嫌がる時間が短くなっていっている気がするし。
「女子高生の体の半分はタピオカで出来てますからね! 摂取しないと死んじゃうんです!」
「どこの地球外生命の話だそれは。お前の体の為に毎日飯を作ってる親に謝れ」
俺も彩乃先輩に勧められて一回タピったのだが、何故女子高生はあれにハマるのか。
確かに美味しい。美味しいが……高すぎるだろ。タピオカって原価どのくらいなんだよ。
「まぁそれほど女子高生にとってタピオカは神ってるって事です。……あ、マサ先輩も来ます?」
「パスだ。今日はちょっと予定がある」
俺がそう言うと、柚木の雰囲気が変わる。
柚木の方を見ると、寂しそうで、だけどどこか嬉しそうな表情をしていた。
「……柚木?」
「……マサ先輩に予定があるなんて。人間って変わっていくものですね」
柚木は壁にもたれ掛かり、
「ちょっと前まではマサ先輩の話し相手なんて私しかいなかったのに。……何だかペットが取られたみたいで複雑な心境です」
「おいこら。誰がペットだ。こんな凶悪なペットいないだろ」
「いや、ツッコミおかしくないですか。……まぁでも、少し寂しいのは本当てすけど」
「あはは」と笑う柚木。時折冗談も交えているが、どうやら寂しいのは本当らしい。
「ほら、予定あるんですよね? 早く行かないと折角できた話し相手に振られちゃいますよ」
しっしっと本当に動物にやっているみたいに手を振る柚木。
「だからペットじゃないっての。――柚木」
俺は柚木に背を向け、取っ手に手を掛ける。
「……また、何か悩みがあったら聞いてくれるか」
背を向けているから柚木がどんな顔をしているか分からない。
「……しょうがないですね。マサ先輩はどうしようもない人ですから、何かあればこの双葉様が聞いてあげようではありませんか」
「……ははっ。そうかよ。ありがとな、双葉」
俺は振り返らずドアノブを捻り外に出る。
最後に聞いた柚木の声色は、明らかに明るくなっていた。
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