閑話:首都
破滅の王イラ=タクトの快復と、彼によって明らかにされた新たな国家戦略。
ブレイブクエスタス魔王軍がもたらした大量の金貨を用いたマイノグーラ大改造計画は、速やかにその子細を検討され綿密な計画の元実行に移されていた。
取りかかる都市について、まずは大呪界である。
拓斗が指導者の権利を一時的にアトゥへと移譲している現状、『Eternal Nations』の権能は一部制限がかかっている。
アトゥ自身が赴いて生産や建築のコマンドを指示しなければならないため、ドラゴンタンでの建築は残念ながら今日明日という時間では不可能だ。
逆に言えば、マイノグーラの本拠地である大呪界ならばすぐさま【緊急生産】コマンドを利用して建築を完了させることができると言える。
むろん建築計画の実行を保留する理由がない以上、拓斗が提示したプランは速やかに実行され、都市はわずか数日でその姿を大きく変えることとなった。
◇ ◇ ◇
マイノグーラの国家に保管される魔力――通常であれば不可視のそれは、緊急生産という特殊な状況下においていまや視認出来る程までに濃密な塊と化していた。
呼吸すら困難になりそうな程に凝縮され粘性を帯びた紫色の気体は、アトゥの指示のもと大地へと浸透していく。
同時にただの呪われた土地だった地面に変化が現れ、まるで見えない巨人どもが縦横無尽に土木工事を行っているかのようにすさまじい速度で目的のものを作り上げていく。
数十分、もしくは小一時間程度だろうか?
大地の脈動と建材の組み上がりが終わったその場に出現したのは、本日作業が予定されていた建築物だった。
「ふぅ……これで終わりですか」
「はい、えっと……そうですね。先日異形動物園の建築も完了しましたし、本日の工程もこれにて完了。よって大呪界における全工程も終了となります。お疲れ様でしたアトゥさん」
前日まで仕上げた生産の残りを緊急生産にて完了させたアトゥは、エムルに予定を確認しながら、軽く息を吐く。
拓斗ならば簡単にやってみせた緊急生産も、本来その役割にない彼女が扱うにはやはり負担がないとは言い切れなかったらしい。
「特別疲労が蓄積するわけではないとは言え、連続してこれだけの建築を行うと少々疲れますね。とはいえ弱音は吐けません!」
「そうですね。準備段階も含め、いまだお加減がすぐれない王のお手を煩わせる結果となってしまいましたから……」
「人材の教育が進んできたとは言え、これだけの規模の都市開発となるとさすがに我々だけでは厳しかったですね」
【緊急生産】は便利なコマンドであるが、ゲームのようにボタンを一つ押せば全て完了するというものでもない。
設置する土地の選定はもちろんのこと、該当する場所の整地やそこに至る街道の設置。
従業員や管理者の任命から運用マニュアルの策定まで様々な雑務が存在しているのだ。
《市場》を生産した時に最初からいた店員のニンゲンモドキのようにある程度はシステムが用意してくれるが、それも最低限で不足分はこちらで用意する必要がある。
ゲームとは違って、細かな面倒事が多すぎるとは常々拓斗が漏らしている愚痴ではあった。
全くもってその通りである。アトゥは精神的な疲労を感じつつ、同じ境遇のエムルになんとも言えない友情じみた感情を抱く。
「さて、では改めて大呪界の現状を確認しておきましょうか。特に現在は視界共有などが使えないので、自分の目で見て確認することは重要になってきますので」
「はい! そうですね!」
とは言え、短い間の濃密な苦労もこれで終わりだ。
むしろここからが本番。自分たちが作り上げた施設の稼働状況を把握し、大呪界の都市がどれだけ発展を遂げたのかその目で確認する時が来た。
特別予定に組んでいた訳では無いが、ワクワクとした気持ちを隠せない二人は、幾分軽やかな足並みで街の中を散策していく。
ここ最近は難題続きで休む暇も無かったが、拓斗の一旦の復活がなされた今、少しばかり街を見る程度であれば余裕がある。
視察程度ならなんら問題は無く、むしろ現状把握のために行う価値は十分にあった。
「とりあえずは宮殿に行きましょう。まずは何よりも、その姿を目に焼き付けることが先決です!」
拓斗も常々口にしていたことだが、自分たちが作り上げた街の発展を確認することは、SLGプレイヤーにとって何にも代えがたい喜びの時なのである。
むろんそれはアトゥも同じだ。ゲームの頃とはまた違った新鮮さが、彼女の心を興奮へと導いていた。
エムルと一緒に街の中央を通りながら宮殿へと向かって歩みを進める。
レンガで舗装された道や案内板は細かな部分で街が改善されていることを示している。
またドラゴンタン経由で入ってくる日用品も潤沢にあるのか人々の装いも以前に増して豊かだ。
住居も続々できあがっている様子で、以前は最低限住むための小型のものや集合住宅が多かったが、現在ではなかなかに立派な家がそこらかしこに作り上げられている。
一部はアトゥが手ずから緊急生産で建築もしており、その数は住人の需要を満たしつつある。
相変わらず呪われた土地の影響で見た目的に評価をすることは難しいが、暮らしを営む人々は明るく賑やかさもある。
こと活気だけみれば、もはやかつてのダークエルフ居留地を思い出す者はいないとさえ言えた。
そうこうしている内に、二人の視界に巨大な建築物が現れる。
奇妙に歪んだ樹木を威圧するかのように堂々と鎮座するそれこそが、増築という名の進化を果たしたマイノグーラの宮殿だ。
「まず何を持ってしても、マイノグーラの宮殿がより巨大になったことがこの街における一番大きな変化かと思われます。加えて以前に比べ部屋数も豪華に! それに玉座もとっても偉大になりました!」
より強大になった宮殿を前にエムルが両手を広げ自慢するかのように幾分大きめの声をあげる。
無論アトゥが建築したのだから当然知っているが、その子供じみた喜びようがなんだかやけに微笑ましかったので、アトゥは思わずクスリと笑みをこぼして彼女にあわせて少しだけ大げさに頷いて見せた。
ここ最近はバタバタした日々が続いていた為にしっかりと確認する暇もなかったが、こうやってその姿を目に映すと確かにこみ上げてくるものがある。
「ええ、ええ、実に素晴らしいことです。正直今までの建物はお世辞にも宮殿とは言いがたいものがありましたが、これでようやく王の住まう拠点を名乗れます」
マイノグーラの宮殿――すなわち『Eternal Nations』の王宮は都市の規模に従ってより巨大なものにアップグレードする事ができる。
このLv2の宮殿はまだまだ初期のものではあったが、それでも今の大呪界には過分な規模だ。
数千~一万程度の都市人口規模を想定した宮殿は、今までとは違って見上げるほどにその威容を増している。
むろん、国家を運営する為の様々な部屋も完備されており、近衛兵の詰め所や資料室、台所や宴会場、小型の研究室や図書館も併設されている。
今までが都市庁舎の延長だったものが、ここに至ってようやく王宮という名にふさわしい機能を持つことに至ったと言えるだろう。
ただ……。
「ただせっかくの宮殿を満たすだけの人が居ないのが問題ですが……」
エムルの言葉通り、人員が圧倒的に不足しているといういかんともし難い問題が存在していた。
マイノグーラを悩ませる喫緊の問題の一つであり、もっとも解決が困難な問題の一つだ。
時間はマイノグーラに有利となれど、さりとて甘い顔だけをしてくれるわけではない。
技術研究や建築などは拓斗による様々な奇策で解決していたが、こと人口の増加に関してだけはなかなか解決が難しかった。
ドラゴンタンを含め、マイノグーラの総人口はいまだ1万人に満たない。
発展途上とは言え、過去に様々な超巨大国家を経験していたアトゥとしては少々不満があるのもまた事実だった。
とは言え、全く改善がないのかと言われればそうではない。
「それはおいおいですね。単純作業に従事している者を順次ニンゲンモドキに置き換えているのでいくらか人員も補充できそうですし。何より、貴女のお仲間が来てくれるのでしょう?」
「はい!」
エムルの浮かべる表情がより晴れやかになる。
ここ最近はレネア神光国との戦闘からヴィットーリオの召喚と様々な出来事が目白押しで些か忘れられがちだったが、彼女達の仲間――すなわち他の土地に逃げ延びたダークエルフへの連絡と受け入れも進んでいたのだ。
フォーンカヴンの本国や周辺の町や村落、遠くは暗黒大陸に存在する別の中立国家まで。
ダークエルフの諜報能力を用いた伝達は光の如き速度で行われ、ついに安息の地を見つけたりと着の身着のままではせ参じる者が続々と到着してた。
闇の存在になることの懸念もモルタール老やギアによる過剰なまでの拓斗礼賛によってほぼ無効化されており、自分たちの帰る故郷が欲しいというダークエルフ族の念願は、晴れてここに叶ったのだ。
「大呪界への移民を申し出てきたダークエルフたちの住居も追加で建築中です。簡素な作りの簡易住居を主としているので数は必要ですがそこまで負担はかからないはずです。予定ではもっとゆっくり集まってくるはずだったんですが……」
「予定が狂うのは世の常ですよ。住民の受け入れは拓斗さまも積極的に行うように仰っていましたし、ダークエルフなら問題はありませんので住居建築は存分にやってください。ニンゲンモドキの分も必要ですしね」
「ニンゲンモドキさん達の住居ですか……私たちとは感覚が違うので、アレで良いのかちょっと不安ですけどね……」
「安心してください。その不安は私も抱いています」
宮殿からさらに歩きながら、アトゥとエムルの語らいは続く。
今は新たに建築を進めているニンゲンモドキの居住区だ。それはちょうど樹上に建築されているダークエルフ居住区の真下にあった。
現地に到着したアトゥとエムルは早速施設の確認を行う。
だが視線を向ける先には、うずたかく盛られた土に何かの巣穴のようにも思える丸穴が掘られた歪な塊が建ちならぶばかり。
大きさこそ人が出入り出来るようなものだが、無駄に穴の数が多いその様は集合体恐怖症の者が見れば悲鳴を上げるか卒倒してしまうだろう。
アトゥもエムルもあまり視界に入れたくないのか、穴から顔を出して手を振るニンゲンモドキに軽く手を上げて返事とし、サッサとその場を後にする。
マイノグーラ本来の固有市民ニンゲンモドキ。
その奇妙な生態が当然のものとして受け入れられるにはもう少し時間がかかりそうだった。
「ニンゲンモドキさん。みんな基本的にいい人なんですけど、割と頻繁に話が通じてないことがあるんですよね……」
「返事だけは元気なんですよね彼ら……まぁ《酒池肉林》もできましたし、今後は数が増えるでしょうからその辺りも含めて慣れる必要がありそうですね」
そのように結論を下しながら、アトゥは眼前に広がる酒の池を見やった。
濃い酒精の香りが先ほどから気分を酩酊させ、どこか身体の芯が熱くなるような気すら感じてしまう。
無限に湧いてくる酒の池には、まるでマングローブのように人肉の木が林立しており、今か今かとその実が収穫されるのを待っている。
飲んで良し、食って良し、歌って良しの究極保養地――今回新たに建築されたものの一つ、《酒池肉林》だ。
これはさぞかし風紀が乱れるだろうと思われるし、事実乱れるのだが、ここはマイノグーラ。
治安維持能力を持ったブレインイーターがその力を最大限に発揮して風紀を監視しているので問題がおこる予兆すら無い。
もっとも、ダークエルフ達は長く辛い旅路を乗り越えてきたおかげか自制心が強い者が多く、監視など配置しなくても適度に楽しんでくれるので問題ないが。
そんな感想を抱きながら、アトゥとエムルは池の中央で乱痴気騒ぎを始めたどこかのニンゲンモドキ達を記憶から消しさり、次なる施設への視察に向かう。
衣食住。大呪界での生活は、日に日に充実していた。
「……来て、しまいましたか」
「……来て、しまいましたね」
建築した施設への視察も最終となり、彼女達が必死で記憶から忘れ去ろうとしていた場所へとやってくる。
すなわち最後の建築物。《異形動物園》。
実のところ大呪界の中で宮殿を抜いて一番巨大なこの施設。
ここには少々問題が存在していた。
異形動物園はその名前の通り、普段お目にかかることの出来ない様々な動物――のような何かが展示されており、勇気と戦闘力があれば触れ合う事も出来る大呪界が誇る一大観光場所なのだが……。
現在異形動物園はまるで運営に失敗した公共事業の如く、寂しげで陰鬱な様子をアトゥらに披露していた。
「これ……大丈夫なんでしょうかアトゥさん? その、経営的に」
「ま、まぁ出来損ないを生産する為に無理矢理作ったようなものですからね。閑古鳥が鳴くのも仕方ないでしょう」
店員のニンゲンモドキがしきりに何を模したのか全く分からない木彫りの土産物を勧めてくるのを無視しながら、アトゥは施設の事務所に入り運営状況を記した書類を確認する。
無論収支は赤字だ。
最も、そこは『Eternal Nations』の建築物。
いくら入場者が少なくとも施設の能力は十全に発揮されるようで、何故か最終的な魔力収支は黒字になっているのだからずるいとしか言い様がない。
とは言えこの惨状はさすがに目に余る。
遠く園内から奇妙な鳴き声がひっきりなしに聞こえてくるが、果たしてこの施設が本当の意味で黒字を出す日は来るのだろうか?
「来園者数の欄が怖すぎて直視できないですね。なんで二桁の時に花丸がついてるんですか? 喜ぶべき数字じゃないでしょうに」
「モルタール老とかメアリアちゃんとか、一部の人は通いまくってるみたいですけどね」
「知識欲ですかね? なんというか、人の好みはそれぞれですから……」
園内からひときわ大きく、聞いたことも無い不気味な鳴き声が上がる。
おそらく何らかの動物……ではあるのだろうが、もちろんアトゥもエムルも確認する気はさらさらない。
故に本日も異形動物園は閑古鳥が鳴いている。
ちなみに、マイノグーラに存在する閑古鳥は世間一般で認知されているそれとはまた違った種類だ。異形動物園に展示されているが、あまり長い間直視しない方が良いとは後に話を聞きに行ったモルタールの談であった。
「さて、施設が適切に運営されていれば問題ありません。そろそろ行きますか」
「そう……ですねアトゥさん。残念ながら私たちの趣味とは少し違いますし」
結局のところ、建築物の視察はそれぞれが問題なく運営されていることが確認できれば良いのだ。
異形動物園が稼働している以上、興味が無ければさっさと離れるのも自由。
故に今までで一番適当な視察を終えた二人は、店員のニンゲンモドキがしつこく勧めてくる謎の木彫りを断り、その場を後にした。
………
……
…
場所は変わって現在二人がいるのはこの街の役所だ。
人口がさほど増えていないせいか建物自体は増築などをせず未だ現役だが、何よりもここが街の中心にあり、建物が存在している樹上から都市全体を見渡せることが重要だった。
「さて、ここまで来ましたが、ずいぶんと大きくなりましたね」
いくらか景観も考えられているのだろうか?
ちょうど入り口に当たる展望場所から眼下を見下ろす二人の前には、悠々と広がる呪われた樹木の数々と、その合間を縫って点在する様々な建物や建造物。
そしてなにより、まるで天を引きずる下ろさんとでも言わんばかりにそびえ立つマイノグーラの宮殿の姿が広がっていた。
「はい、当初に比べるとかなり規模が大きくなったかと。街の境界として機能している《生きている葦》や《巨大ハエトリ草》の群生地を確認しても、以前よりも都市範囲が広がっていることが分かります」
「中身はスカスカですが、これなら最低限街と言えそうですね」
「規模だけで見ればドラゴンタンよりも遙かに巨大ですから」
エムルの言葉通り現在の大呪界における都市面積はドラゴンタンを優に超えていた。
もっとも、そのほとんどが今後の為にと区画整理された土地、マイノグーラの食を支える《人肉の木》や《酒池肉林》。そして大呪界の樹木に隠れるように都市の周囲に群生する《生きている葦》などの施設によるものだ。
だが大呪界――旧来よりこの呼び名で通る人を決して帰さぬと言われた密林は、現在ではその名にふさわしい機能と景観を有している。
中央にそびえ立つマイノグーラの宮殿の威容も相まって、まさしく闇の勢力の本拠地といっても過言では無かった。
だが、これほどまでに威風堂々たる闇の都市も、選択を一つでも間違えればあっけなく崩れ去ってしまう砂上の楼閣でしかない事をアトゥはよく知っている。
今までの経験で、何よりも強く理解している。
(本当なら、もっと穏やかな気持ちでこの光景を眺めているはずだったのですが……。)
世界の脅威は未だ存在する。
何故この世界で人知を超える様々な存在が覇を争っているのかは分からない。
何故自分が拓斗とともにこの世界にやってきたのかも分からない。
(人生とは、ままならないものですね)
だが、すでに戦いの火蓋は切って落とされている。ならば最後までやり遂げるほか道は残されていない。
ゆえに……アトゥは突き進むだけだ。彼女が心から信頼し忠誠を誓う主とともに。
「さて、思う存分この景色も堪能しましたし。そろそろ王へ報告しに行きましょう。次はドラゴンタンでの建築を進めなくてはいけません――奴の顔を見るのは今から憂鬱ですが、そうも言ってられませんから」
「そうですねアトゥさん。まだまだ、マイノグーラはこれからですよね!」
「ええ、ええ。もっともっと、マイノグーラを偉大にしなくては。そのためにもエムル、貴女には今後も頑張って貰いますよ? もちろん、私も今まで以上に頑張るつもりですが」
「はい! もちろんです!」
元気な返事に満足げに頷くアトゥ。
同時に、最後にもう一度眼下の景色を視界に収める。
こうやって規模を大きくする街を眺めると、自分たちを取り巻く頭痛の種の数々を一時忘れられるような気がした。
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