閑話:セルドーチ
拓斗の影武者の擬態を解除することによってドラゴンタンでのイラ教信徒から逃げおおせた日の午後、拓斗は宮殿で行われる定例会議に出席していた。
自分の分身とも言える影武者を利用できることはこのような面で優位に働く。《出来損ない》自体戦闘能力もあり有する能力もかなりのものだ。
そのキャラを能動的に使えることは、拓斗の戦略の幅をより大きく広げることとなっていた。
「さて、ドラゴンタンの視察もまぁ予想の範囲内で終わったし、今のうちにセルドーチの方針でも決めておくかな」
集まるはマイノグーラの首脳陣。
ヨナヨナや異端審問官クレーエの加入などといった、それなりに有益な人材の登用は進んでいるのだが、それでもこの場に参じることのできる人員は限られている。
すなわちマイノグーラの設立当初から国家に忠誠を尽くす最古参のメンバーだ。
モルタール老、ギア、エムル、エルフール姉妹。
後は書記や資料配りを行う雑務などのダークエルフがいるが、この人員に変わりは無い。
とはいえ、現体制もいずれ変えていかなければならないと拓斗は感じている。
国家の規模に対して行政能力が追いついてきていない。ダークエルフ達の忠誠に応えることは大切だが、そろそろ限界だろう。
それは新たな支配地域となったセルドーチ周辺の土地の広さを見れば明らかであった。
「新しく手に入れたセルドーチ、その周辺の地域。肥沃かつ温暖な地域で自然災害なども少ない。抱える人口も多く国力の増加に寄与することは間違いないだろう。けれども大呪界の一部とドラゴンタン周辺領域の支配がようやく安定してきた今のマイノグーラでは、第三都市であるセルドーチの運営となると限界を超えた行政能力が必要になってくることは間違いない。だからこの問題に関してはいきなり大幅な変更というよりも、今ある統治機構を維持しつつ、時間をかけてマイノグーラ流の運営方式に変える方が無難だろうと思っているんだけど、どう思うかな?」
セルドーチ周辺領域、それは正当大陸と暗黒大陸の接続領域からすでに滅びたレネア神光国の約半分に至る広大な領域だ。
むろんセルドーチが目立ったとしであるが故に強調されがちだが、周辺にはいくつもの町や村と言った統治の必要な集落が存在する。
普通に考えれば統治が不可能と判断するのが当然だろう。そもそも人口毎その全てを手に入れられるのがおかしいのだ。
ヴィットーリオの宗教伝播とイラ教という不正にも近い裏技じみたやり方がなければ今頃反乱祭りでここまで穏やかに話をしていられなかっただろう。
その認識はどうやら問題なくこの場にいる全員で行われているようだった。
「確かに、セルドーチの規模はドラゴンタンの時の比ではありませぬ。いたずらに手を伸ばしても良き結果にはならぬでしょう。我が身の非力を悔いるばかりではありますが、王のおっしゃる通りかと」
「そもそもとして国家の拡張規模が早すぎるんだ。それにドラゴンタンにしろセルドーチにしろ他国からの転向や占領という形で手に入れている。ちょっとこれはどうしようもない話だよ」
今までマイノグーラが手に入れてきた土地は全て何らかの形で国家に編入されたものだ。
通常であれば入植という形で小さな集落から都市へと時間をかけて発展していくのだが、そのような形ではない。
マイノグーラという国家の発展は例外だらけで歪なのだ。モルタール老は自らの非力と言っていたが、もはやこれは個人ではどうにもならない問題であろう。
「それにセルドーチは前線に近いです。というか今まで敵国だった場所です。もとよりそのつもりはないですが、相手に奪い返されるという危険性も考慮しなければならないでしょうね」
アトゥが拓斗の言葉にかぶせるようにセルドーチ周辺地域の問題点を述べる。
その言葉に戦士長のギアが大きく頷いていたところをみると、彼もこの問題点には懸念していたらしい。
現在新たに手に入れた地域、セルドーチはエル=ナー精霊契約連合および聖王国クオリアと国境を隣接している。
正当大陸はその中央に巨大な山脈が貫き、エル=ナーとクオリアを分断してるのだが、北部の極寒地帯と南部の暗黒大陸接続領域では山脈が切れ、互いの通行が可能になっている。
そして北部は積雪による不便があるためエル=ナーとクオリアの通行はもっぱらこのセルドーチを経由するルートを通る形となっていた。
すなわちマイノグーラが新たに手に入れた地域は地理的にも重要な意味を占めているのだ。
エル=ナーにしろクオリアにしろ、確保したいと考えるのは当然だろう。
少なくとも、マイノグーラという邪悪国家に渡したままにしておきたいと考えることはない。
「幸いなのはイラ教が広まっているおかげで住民達の我が国への好感度が非常に高いことですな。統治としてはこれほどやりやすいことはありませぬ」
「なんだっけ、パンとサーカスを与えよだっけ? ともあれ、融和政策はせずともうまくいきそうだから、投資は最低限にして一旦体勢を立て直そうか。まぁ人肉の木とイラ教の教会でも作っておけば時間は稼げるだろう」
ヴィットーリオがレネア神光国でうった手は悪辣にもほどがあった。
その能力にものを言わせ強引に都市の人口をイラ教に改宗させたのだ。
普通であればこうは行かない。『Eternal Nations』であれば敵国家の宗教ユニットが対策を採るであろうし、平時であればアーロス教ですら対応を行ってくるだろう。
TRPG勢力――エラキノや二人の聖女。そしてゲームマスターがある意味でめちゃくちゃにした混乱期だったからこそ打てた手だ。
この規模の土地と都市を手に入れる機会は今後二度と訪れないだろう。
予定外予想外の負担とは言え、ここを乗り越えればみかえりは大きい。
そしてこの程度乗り越えられずして何がイラ=タクトかと拓斗は覚悟を決める。
「しかして王よ、セルドーチの責任者はどうなされますかな? 統治機構はそのまま利用できますが、最低限の押さえとしてそれなりの者の着任が必要かと愚考しますぞ」
「それなんだよねぇ……」
決めた。覚悟は決めたが現実が気持ちに追いついていない部分も確かにある。
それが人員の問題。一旦保留としたものの完全放置とは問屋が卸さないだろう。
最低限、本当に最低限のレベルで、モルタール老の進言する通り責任者を据える必要がある。だが領民の慰撫と同化政策を推進するためにそれなりの人物がつくことが求められる。
万年人材不足のマイノグーラには少々酷な要求だ。
(土地の大きさと人口。前線の危険性を考えるとできれば英雄が望ましい。けどアトゥは無理だし、ヴィットーリオは論外だ。イスラが適任だったんだが、悔いても仕方ない……)
アンテリーゼも厳しい。今まで献身的に尽くしてきてくれた分これ以上の負担は強いたくないという思いもあるが、一番は彼女の出自だ。
アンテリーゼは忘れられがちだが元々エル=ナーにおける有力氏族の跡取り娘なのだ。
それが古い慣習や責任が嫌で親元から逃げ出し、結果としてドラゴンタンに落ち着く形となっている。
つまりエル=ナー精霊契約連合を刺激しすぎるのだ。
現在のかの国がどのような状況かは詳細が不明だが、だとしてもアンテリーゼをホイホイあの地に送るにはあまりにも不味い。
(他は……ヨナヨナも厳しいよなぁ)
彼女の場合は実務能力の不足だ。そもそもイラ教の代理教祖としてブレーキが軒並み外れた教徒たちの押さえに走ってもらわねばならない。
一都市に縛るのは不味い。
(あー、そういえばこの前新しく入ってくれた元異端審問官の子……クレーエ=イムレイスだっけかな? 彼女はどうだろう?)
ふと考え、やはりダメだと頭を抱える。
クレーエの場合実力に不足はない。見たところ真面目だし、書類仕事も多かったとのことから慣れない統治もすぐ学んでくれるだろう。
だが元異端審問官でクオリアの裏切り者である。クオリアを刺激することは間違いない。
それに彼女には聖騎士から邪道に墜ちたイラの騎士を率いる役目をさせようと考えてもいたので、やはり却下せざるを得ない。
(不味いな、本当に人材がいないぞ。これより他の人となるとちょっと名前負けするというか地位に関して不足するものが多すぎる……)
せめて名か実かのどちらかでも高ければ……。
仕方が無いので将来性を見越して有能そうな人物を短期赴任で回すか?
拓斗が都度政策について細かく確認する必要が出てくるが、もはやその方法しかないように思われた。
人材を育成するのであれば、未熟な者に経験を積ませることも重要であるが故に……。だがその時であった。
「王さま」
「おうさま-」
「私たちがセルドーチに赴任します!」
「です!」
先ほどまで会議の行く末を静かに見守っていたエルフール姉妹が思いもよらぬ提案をしてきた。
まるで検討もしていなかった事柄に拓斗も一瞬目を丸くする。
「君たちが?」
思わず聞き返した言葉に力強い頷きが返される。
拓斗はその反応に困惑しつつも一瞬で彼女二人を責任者として据える事のメリットデメリットを吟味する。
(ううっ、できれば二人にはもう少しここでいろんな事を学ばせたかったけど、あまりにも適任すぎる)
実際のところ、双子がセルドーチを含めた地域の領主として赴任することは実に理にかなっている。
次期幹部候補でありマイノグーラでも高い地位を持つというネームバリュー。特殊な形式でありながらも英雄の力を宿すその力量。
そして二人でトップに立つという特殊性から一人よりもいろんな面で融通が利きやすい。
大抵の場合トップが二人いるという状況は派閥力学が働き最悪極まりない結果をもたらすのであるが、彼女たちの関係性を踏まえればその心配も無用だろう。
実務面は多少不安が残るが、それでも拓斗の考えを理解するぐらいの頭はあるし、サポート用の人員をいくらか貸し与えれば問題ないだろう。
つまり、彼女たちがセルドーチおよびその地方の領主として赴任することは、マイノグーラにとっても拓斗にとっても渡りに船なのだ。
そのような計算を瞬時に行った拓斗は、内心の寂しさを隠しながら今こそ自分たちがと気炎をあげる二人の少女に問いかける。
「いいのかい? 魔女の力があるからこっちに来るのはそう時間がかからないだろうけど、頻繁には戻ってこれなくなるよ? みんなと一緒じゃなくて大丈夫?」
どちらかというと大丈夫ではないのは拓斗の方だったが、二人はその辺りまで気がいっていないらしく頼もしい返事をするばかりだ。
チラリと周りを見る。モルタール老やダークエルフたちは少し驚いていたようだが基本的に賛成らしい。どうやら子供とは言え能力があるのだからそれに見合った働きをせよというのが彼らの考えらしい。
アトゥの方もうんうん頷いている。
護衛の一翼を担っていた双子が外れれば自分がより拓斗の護衛としてそばにいられると考えたのか、それとも別の考えがあるのか、どちらにしろこの件に関しては味方ではないことは確かだ。
道理の面でも戦略の面でも穴がない。
拓斗のもつ寂しさからの葛藤を除けば……だ。
仕方ないか。まぁ完全に会えなくなるわけではないし。
そう己を納得させ、了承の返事をしようとする直前、双子の少女がどちらともなく切り出す。
「私たちももっともっと王様の役に立つって証明するのー」
「王さまやみんなに簡単に甘えられない環境なら、もっと強くなれる気がするのです」
「うん! 強くなるー!」
(強くなりたい……か)
少女たちの願いは尊く、純粋だ。
だが無邪気な言葉は彼女たちの内にある思いがそれだけではないことを示している。
「それに、やられたままじゃ納得できないので」
「二度目はないよー」
ふと、この明るく笑う少女たちがレネアの地でどのような戦いをし、どのような敗北をしたのかが頭をよぎった。
敗北者は全てを奪われる。その尊厳さえも……。
決して負けられない彼女たちの決意に当てられ、拓斗は自分もその渇望を忘れないようにしようと己に誓うのであった。
=Message=============
《後悔の魔女エルフール姉妹》がセルドーチの領主に赴任しました。
ユニットをコントロールする為には呼び戻しのために一定の時間が必要となります。
―――――――――――――――――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます