閑話:フォーンカヴン
影武者を使えることはすなわちフットワークが軽くなったことを意味する。
敵対勢力の能力を危惧しより慎重な行動が必要になっていた拓斗にとって、この行動力はまさに天からの贈り物とも言える新しい武器であった。
故にその能力は最大限に利用しなければならない。
拓斗は現在ドラゴンタンに遊びにきていたぺぺを招いて、個人的な会談の場を開いていた。
「やぁぺぺ君。久しぶり、前もって言ってくれたならもっと歓待の用意もしたのに……」
「気にしないでください拓斗くん! お忍びで来てるのでおばあちゃん達にばれたらまずいですから!」
「そ、そう。余所の国のことだから言うのもどうかと思うけど、あんまり心配させたらダメだよ」
「大丈夫! 大丈夫!」
自分と同じくぺぺもフォーンカヴンのという国家の指導者だ。
流石に自分までとは言わないが彼もいろいろ命の危険がある重要な立場である。
そんな状況を知ってか知らずか、同盟国とは言えホイホイと他国に遊びに来る彼の胆力に若干の不安を覚えながら、拓斗は今まで時間がとれずに言えなかった礼をまとめて行う。
「ともあれ、まずはマイノグーラ国王としてお礼申し上げる。今回のレネア神光国との紛争に関して。貴国の助力、実に見事だった」
「まぁ拓斗くんたちには大いにお世話になっていますからね。あの程度であれば安いですよ。北の大陸の人たちはこっちの人たちに厳しいから、あまり来て欲しくないというのもありますしね!」
「ぺぺくんでも仲良くなりづらいかぁ……」
マイノグーラの王としての正式な謝辞である。
レネア神光国との戦いの際、彼が両大陸接続地域で軍事演習を行っていたからこそレネアの聖騎士団の一部を釘付けにする事ができた。
拓斗としてもTRPG勢力との戦いは速度と隠密性を求められるギリギリの戦いだった為に、あそこで派手に動いてくれたのは目くらましとしてとても助かったのだ。
当初の予定ではフォーンカヴンが接続領域に軍を派遣してそのまま実効支配するという予定ではあったが、実のところこの地域もフォーンカヴンから委譲されている。
ドラゴンタンの時からもらいっぱなしで大丈夫なのか? もしかして関係性が悪化した?
などと正直不安になった拓斗だったが、蓋を開ければ理由は別にあった。
「そういえば、銃器の訓練や大地の開墾についてはどんな感じかな?」
「そう! それなんですよ! 実はその事のお礼もしたかったんですよ! 拓斗君が貸してくれた……破滅の精霊だっけ? あの子たちが頑張ってくれたおかげで、フォーンカヴンの土地がどんどん実り豊かになっていってるんですよ! これで高いお金を出して行商人から食料を買う必要もなくなります! 見た目はアレですけど、すごいですね! というわけで、その辺り含めいろいろと拓斗くんのところと商売のお話をしたいのですが!」
大地の開墾。それがフォーンカヴンが折角手に入れた肥沃な土地を手放した理由である。
つまりどのようなからくりかというと、本格的に運用が開始された大地のマナと大地がその原因だったのだ。
大地の軍事魔術。それは土地の改善に寄与する内政面を強化する非常に有益な魔法だ。
元来暗黒大陸は痩せた土地で作物もろくに育たないのだが、この魔術を使えばその荒れた土地を作物が実る豊かな土地に変化させる事ができる。
故に現在フォーンカヴンでは首都含めた所有都市周辺の土地の肥沃化に大忙しで、新たに手に入れた無駄に遠い距離の土地など逆にお荷物でしかなかった。
であればこそどさくさ紛れで手に入れた土地など近場のマイノグーラに売った方が得との判断がフォーンカヴンの総意らしかった。
(追加で結構な銃と弾薬を持ってかれたけど、土地とバーターと考えれば安いか。いまフォーンカヴンと下手にもめてもデメリットしかないし、他プレイヤー勢力の紐付きではない彼らが友好的かつ強力になってくれるのはこちらとしても有益だ)
「まぁこの辺りの話を実際の契約に落とし込むのは今後行う正式な交渉の時にって感じで、とりあえず僕もこの方向性で問題ないからぺぺくんの方でも根回しはしておいてくれるかな?」
「はい、もちろん! いまだ両国の関係はがっちり仲良しってことですね!」
互いが満足げに頷く。
拓斗はフォーンカヴンとの関係が続いていることと、もろもろの懸念事項が払拭されたこと。
フォーンカヴンはこの降って沸いた幸運が終わらず、国力を高められる機会がまだまだ続くことを。
「うんうん。大陸全土がきな臭くなってきたからね。仲良くできる分には仲良くしておいた方がいいだろう」
それは両者の方針で、少なくとも現状では偽りない本音だった。
「先日のでっかいお姉さんの事ですね! おっきなおっぱいでしたね!」
話が、別のものへと移った。
拓斗としてもこの辺りの情報は必要としていたためぺぺから話を振ってくれた事は行幸と言える。すなわち、フォーンカヴン含めた暗黒大陸の他国家が今回の事態をどのように受け止めているのか? だ。
「そうだね、何もかもが大きかったね……。ぺぺ君はどう思う?」
「僕としては仲良くなりたいところですが、どうなんでしょうね? 一応代理で使者は送る予定ですよ!」
「代理……か」
「北部大陸の人と交流を持つのはちょっと気をつけたいんですよね。僕は気にしていませんが、こっちの大陸では北部大陸嫌いって人は多いですから。フォーンカヴン以外も、似たような感じじゃないですか?」
予想外に消極的な反応だ。否、フォーンカヴンの状況を考えるのであればこの判断も正しいと言える。
中立国家でありそもそもの騒動の渦中であるエル=ナーから遠くにあるフォーンカヴンとしては積極的に相手側に乗り込むメリットが感じられないのだろう。
その口ぶりを聞く限り、他の中立国家も似たような方針らしい。
「けど、その全陣営会談というのはあんまり興味ないですけど、マイノグーラのイラ=タクトくんとは結構お話したいって人は多いと思いますよ?」
おや? と拓斗は意外な提案に内心で首をかしげた。
ぺぺとこのように仲よさげに会話しているから勘違いしがちだが、マイノグーラはあくまで邪悪国家だ。フォーンカヴンとの交流もあくまで利があるが故の行動に過ぎない。
にもかかわらずここで他中立国家が色目を使うとはどのようなことだろうか?
生きとし生けるものが邪悪な存在を忌避するのは本能の様なものだ。フォーンカヴンとは魔王軍という共通の敵があったが故に交流を持つことができた、ある意味でイレギュラーなのだ。
(ふむ? 僻地に土地を持つ中立国家といえど、流石に焦り出したか? とりあえず聞いてみるか)
「僕とお話、ねぇ。そういえばペペくんはこちらの大陸の他の国家とも交流があったんだね。ちょうど良い機会だし、その辺りぺぺ君から見た評価を教えて欲しいな」
中立大陸の国家についてはある程度は情報収集している。
しかしながらフォーンカヴン以上に首都が離れていたり、そもそもが閉鎖的な国だったりであまり調査が進んでいないのが実情だった。
今まではフォーンカヴンのように向こうから交渉でも持ちかけてこない限り放置で良いかと気にもしていなかったが、今後マイノグーラが大きくなるにつれ自ずと接触する機会は増えるだろう。
少なくとも、サキュバス陣営の全種族会議などという荒唐無稽な申し出によってその可能性は高くなった。
拓斗は自らの頭の中にある暗黒大陸他国家の情報を整理しながら、ぺぺの説明とのすりあわせを行うこととする。
「そうですね。まずは海洋国家サザーランド。ここはドワーフの国で主に近海での漁や海洋貿易で力をつけている国ですね」
「話には聞いていたけど、ドワーフの国なのに海洋国家とは、少しイメージから外れるなぁ。鉱山と技術のドワーフって印象があったから」
「拓斗くんがどういう印象を抱いていたのかちょっと僕分かりませんけど、確か元々は内陸で興った国らしいですよ。ただまぁこんな土地ですから、豊かさを求めた結果海に行き着いたって感じですね」
へぇ、と内心で感心の声をあげる。
ドワーフの海洋国家とは初めて聞く概念で自分の中のイメージが崩れるが、それもまた興味深い。ただ行商人などがドラゴンタンに来たとかそういう話はてんで聞かないので、割と閉鎖的だったり頑固だったりするのだろう。
その辺りはイメージ通りと言える。
「ただ技術の方は拓斗くんのイメージ通りで間違いないかもしれないですね。彼らの持つ船はどれもこれも巨大でかっこいいですから! 噂によると別大陸まで貿易に行っているとか?」
「おお、興味あるなぁ」
大げさに驚いてみせるが、少々不味いかもしれない。技術面で優れ、別大陸と貿易まで行っているとなると想像する以上に国家の規模が大きい可能性があるからだ。
少なくともフォーンカヴンよりも巨大な国家であることはこれで確実。
ただ脅威となるほどの国家ではないこともまた確実。それほどの国ならばペペの言う通り沿岸地域に追い込まれたりなどもしないし、豊かな土地を求めて確実にクオリアかエル=ナーと戦争状態になっていてもおかしくないのだから……。
暗黒大陸という土地と、そこにある中立国家の数々についての実像が拓斗の中でより鮮明になっていく。
「あとは都市国家というか、一つの街で一つの国、みたいな小国が2つほどありますね。うちみたいな多人種国家と、北の大陸で犯罪を行ったり政争で負けたりした人たちの国家が一つ。どちらもうち以下のちっこい国ですよ!」
どうやら暗黒大陸国家の合計は5つほどらしい。
サザーランド、フォーンカヴン、都市国家が二つ。そしてマイノグーラ。
北の正当大陸から迫害を受けているとだけあって国力も比較すると高くはなく、人口もさほどと言ったところか。
サザーランドの技術や貿易についてはうまみがありそうだが、正直なところ他の都市国家とやらはあまり興味がわかない。
『Eternal Nations』であれば気がつけば消滅しているか、新しいユニットの試運転代わりに滅ばされたりする程度の国なのだろう。
とはいえ、何らかの形で利用できるかもしれない。判断は早計だ。
「なるほどありがとう。あと余所では絶対ちっこい国とか言ったらダメだからね」
「そのちっこい国も含めて、みんなマイノグーラに興味津々ってわけですね。特に僕らフォーンカヴンが良好な関係が築けていることが後押しになったみたいです。一度みんな交えてお食事会でもしてみます? ぼく、また拓斗くんが出してくれた料理食べたいです!」
「まぁ料理くらいならいつでも喜んで招待するけど、そこまで言うって事はすでにぺぺ君の方ではある程度道筋はできてるんだ?」
やけにぐいぐい来る。
これは間違いなくせっつかれている。という予感があった。
そもそもペペがわざわざここまでやってきたのだ。遊びで来たというのは彼の性格を考えると嘘ではないだろうが、だとしてもフォーンカヴンの実質的指導者がここまで骨を折って拓斗に会いにきた以上それなりの思惑はあると考えるのが筋だ。
その理由がこれ、ペペにとって今回の本旨はマイノグーラと他中立国家の間を取り持つメッセンジャーという事らしい。
「というより、すでに今あげた国みーんな早くマイノグーラと会談する機会を設けたいってうるさいんですよね。実は拓斗くんのお返事待ちだったりします!」
「ふむ……」
「みんな必死なんですよ。おっぱいがおおきなお姉さんはおっぱいだけでなく与えた衝撃も大きかったみたいですからね」
「あれか……」
ああ、とここで得心がいく。
むしろなぜいままで気づかなかったのだといった簡単な理由だった。
どうやら自分たちの周りでプレイヤーがらみの異常が起きすぎていたが故にその辺りの感覚が麻痺していたらしい。
拓斗にとってはまぁ派手にやったな位の出来事だったが、今まで貧しくとも平穏に暮らしていたであろう人々にとってはその限りではなかったという事だ。
「大陸中に直接自分を投影するなんて、僕の知る魔術では存在しません。他もそうだし、もし存在したとしてもそう簡単にできるものじゃないでしょう。だからみーんな、すごく焦ってるんだと思いますよ」
つまり相手側としては、よく分からない強大な力を持った軍勢が自分たちを呼びつけている。何をされるか分かったものではないのでフォーンカヴンを伝として同じく強力な力を持つであろうマイノグーラとよしみを通じたいと……。
(得たいの知れない化け物と話が通じる化け物、どちらがよりマシかってことなんだねぇ)
拓斗はゲームではない現実の指導者として国を率いてきた経験から、今頃中立国家の指導陣は胃壁に穴が空くほどストレスをためているだろうなと同情する。
だがそれに対して考慮や配慮をする必要も義理もどこにもない。
どこまでいっても拓斗はマイノグーラの指導者で、国家と自分の利益のみを追求するゲームプレイヤーなのだから。
「どうです拓斗くん、これってお買い得だと思いませんか!? この期を逃すな!」
「ぺぺくん、悪いこと考えるなぁ……」
「でも拓斗くんこういうの大好きでしょ?」
ペペもペペで今回の流れを逆手にとっていろいろと考えているようだ。
彼のこういう無邪気なところは非常に好感が持てる。こどもっぽさは、すなわち残酷さでもある。
それから数刻の間、ペペと拓斗は応接室に誰一人立ち入らせることはなかった。
しかしながら、二人の楽しそうな笑い声だけは止まることなく続いていたという。
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