第百三十五話 旅程

 拓斗にとって忙しくも充実した内政の時間。それはあっという間に過ぎ去ってしまう。

 全陣営会談への参加の日が近づいてきたのだ。

 当然のことながら相手の敵地という事もあって知らない土地である。

 余裕を持っての前乗りは情報収集の面でも重要だ。

 拓斗はサキュバスの使者が持ってきた手紙に書かれていたとおり、約束となる場所への旅路を歩んでいる。


 旅の道連れは三人。一人目は彼の腹心アトゥ。

 そして一時的に同盟関係を構築するに至った勇者ユウと奴隷少女アイ。

 もっとも拓斗の中身は《出来損ない》であるし、アトゥの中身はヴィットーリオだ。

 この事は勇者陣営には知らせていないし、知らせる必要も無い。

 拓斗本人は現在マイノグーラ宮殿の中で集中しながら指示を行っている最中だった。


「さて、ここからは完全に向こうの領地になる。まぁ一応サキュバス陣営が開催したと言うていでの全陣営会談だ。いきなり襲われるってことはないだろうけど、お互い警戒は怠らないようにしよう」


「おう! まぁ今回は少数のパーティーだし、敵に襲われても最悪逃げればいいと思うぜ。逃走用の魔法ならいくつか持ってるからさ。まっ、大丈夫だろ!」


「そうですそうです! ご主人さまにかかれば、どんな敵でもイチコロです!」


「そうだったらいいんだけどね。とりあえずもう少し行けば案内役と合流という話になっているから、そこまでは徒歩で行くか」


 メンバーはごく少数だ。

 相手の陣地で何があるか分からない以上、拓斗としてはマイノグーラの人員を一人たりとも連れてきたくなかったのだ。

 この辺り、拓斗とアトゥ二人なら違和感をもたれたであろうが、優とアイが同行しているため自然に見える。

 互いに自分と腹心だけをつれての参加と見て取れるからだ。


「しかしながら拓斗さま。今回の全陣営会談とやら、果たしてどのような意図を持っての事なのでしょうか? 罠にしろ友好を育むにしろ、些か大げさに感じるのですが……」


「全陣営を招いてやればどちらの理由にしろ話は早いというメリットはあるけどね。こればっかりは蓋を開けてみないと分からないよ……」


 アトゥの皮を被ったヴィットーリオが質問を投げかけてくる。

 かなりアトゥのトレースが上手な辺り、非常に微妙な気持ちにさせられる。

 もっとも自分に変化されているアトゥ本人はそれ以上のなんとも言えない気持ちを抱いているであろうが……。

 その辺りは高度な政治判断が働いているとして許して欲しいところだ。


 とかく、現状は男女二人ずつの奇妙なパーティーが結成されている。

 マイノグーラの支配地域であるセルドーチの外れから中央山脈寄り、エル=ナー精霊契約連合に向かう道。

 穏やかなそよ風を感じながら、拓斗はそれとなく辺りの気配を探り、優へと切り出す。

 今のうちに情報の共有を済ませておきたかった。


「そういえばゆう。君は確かサキュバス陣営とは相容れないと言っていたけど、元々はどういう経緯でその判断に至ったの? 彼女たちへの対策に執着する理由があれば聞きたいな」


 本来ならもう少し早い段階で聞いておくべきことなのだろうが、拓斗自身ここ数日の忙殺のせいで忘れていたのだ。

 どうせ神から直接向こうが敵対の意志を持っていると告げられたのだろうと勝手に思い込んでいたというのもある。

 おそらく帰ってくる答えは拓斗の想像通りのものとなるだろうが、一応念のために聞いておこうと思ったが故の質問だ。

 万が一に重要な事柄を共有できていなかったとなれば大事になる。その点で言えば優はサキュバスが別プレイヤーと組んでいるという事実を伝え忘れた前科がある為に慎重を期さなければならない。


「ん? ああ、そうだな……。ここまで来たらいいか。鬼剛きごうって知ってる?」


「確かすでに撃破されたプレイヤーだっけか? 全体メッセージという形で僕は知ったけど」


 サキュバス陣営からの突発的な宣告が印象深いが、それ以前にも重要な出来事は存在していた。

 それが拓斗の脳裏に示された全体メッセージで、鬼剛雅人きごうまさとという名のプレイヤーが撃破された事の通達であった。

 拓斗の全く知らない魔女名、プレイヤー名であったことからおそらくマイノグーラより離れた土地で起こった出来事かと考えていたが、優がその名前を出したと言うことは彼に何らかの関係があるらしい。

 その疑問の答えは、だがあっけらかんとした彼の口から、ひどく簡単にもたらされた。


「あっ、そういう仕組みなんだ。ということは全プレイヤーがアイツがゲームから排除された事を知ってるって訳か。まずったな……」


「まさか……」


「そう、鬼剛きごうは俺が殺した」


 一瞬の空白。剣呑な空気が流れるがそれもまた一瞬で流れる。

 拓斗は静かに呼吸をし、やがて先ほどまで道の先に向けていた視線を優に向けると一言だけ問うた。


「なぜ?」


 なぜそんな非人道的な事を? という意味のなぜではない。

 どういう意図があったのか、もしくはどういう経緯でそうなったのか、それを拓斗は聞き出したかった。

 一見するとこのお人好しそうな二組に、他陣営の殺害というある意味で忌避されるべき行いができるとは思わなかったのだ。

 無論今までの全てが偽りだったというのであればそれまでではあるが、拓斗はそこに通常とは違う何らかの意図が働いているように思えた。


「向こうから一方的に攻撃され、仕方なくって感じかな。お互い誤解があったんだけど、そもそも考え方が結構違ってたからどちらにしろぶつかるのは不可避だったよ。多分タクト王もああいう手合いは嫌いだと思う」


「参考までに、どういう手合い?」


「男は踏み台、女はトロフィー、みたいな? 自分だけが特別で、他は馬鹿で愚かな雑魚ども、犠牲にすることになんら痛打も感じない勘違い野郎って感じかな」


 内心でうへぇと声を上げる。

 拓斗が最も嫌いなタイプだ。独善的で自分本位な部分が、ではない。

 単純に愚かだから嫌いなのだ。


「ああ、たまにいるよね、箍が外れて暴走するタイプ。宝くじで一等を当てたのになぜか数年後に借金作ってるような無計画な人間」


「ってか正直、俺もぶつかりたくはなかったんだよな。プレイヤーってほら、なんかすげー力もってるじゃん? ブレイブクエスタスが劣るとは言わないけどさ、何してくるのか分からないのマジで怖いじゃん」


 頷く。理解できる。十分に理解できる。

 散々苦渋をなめさせられた。無論その劣るとは言わないブレイブクエスタスにもだ。

 拓斗も他のプレイヤーに対しての甘えは今は一切持っていない。

 同じ認識を優も有しているのであれば、ことさら相手に食ってかかるなど考えもつかないだろう。特に彼の目的はアイと楽しく愉快に暮らすことだ。

 デメリットが先行しすぎて、あまりにもメリットがない。


「確かにね。僕もプレイヤーが持つゲームシステムの脅威については痛いほどよく理解している。じゃあ運悪く向こうに難癖つけられて逃げられずって感じで?」


「アイがさ、相手の目に留まっちゃったんだよ。んでさ、あのボケはあろうことか「その女を置いてけばお前は見逃してやる」とか鼻の下伸ばしながら言い出したんだよ。そんなこと言われたらもうやるしかねぇじゃん? 王さまもそう思うだろ?」


 三文芝居の大根役者か? はたまた程度の低い三流物語の悪役か?

 どちらにしろ、優には同情しか沸かない。相手の言い分があまりにも嘘くさく彼の偽証とすら感じてしまうが、拓斗はこのような手合いが本当に現実に存在することをよく知っていた。


「まぁ確かにね、けどちゃんと殺せたようで良かったよ」


「うん、きっちりトドメは刺したからな。変に見逃して逆恨みされても怖いし、あれはもうしかたねぇよ」


 であれば問題なし。世は事も無し、だ。

 中途半端に情けをかけて後々より大きな問題の芽を残さなかったことが拓斗の印象を良くする。

 先の愚かな人間同様にいるのだ。下手に正義感を見せたり同情心を見せたりしてなぁなぁで話を収め、後々より面倒な出来事になって右往左往する人間が。

 優がそうでなくてよかった。もし優がトドメを刺していなかったら拓斗の懸念事項が一つ増えていたから。


 いやまて。拓斗ははたと考え直す。

 何か嫌な予感がする。拓斗は自然と眉間にしわを寄せる。


(話が繋がらない。僕はサキュバスと敵対する理由を聞いた。なぜもうトドメを刺したはずのプレイヤーの話が出てくる?)


 拓斗が小さな違和感のとげに困惑している間も、優の話は続く。


「んで、不味いのがここからなんだ。鬼剛の持つゲーム。それがトレーディングカードゲームだったんだ」


 ――トレーディングカードゲーム。

 それは様々な絵柄と効果が描かれたカードを用いて、対戦を行う根強いファンがいるゲームだ。

 それぞれがHPなどの得点を持ち、カードを利用して魔物を召喚したり魔法を使ったり、特殊効果を用いて相手に攻撃し、HPをゼロにする事を目的としている。

 その複雑かつ戦略性を求められるゲーム性、そしてカード自体が持つコレクション性やレアリティ性などから多くの人々を魅了している。

 世界各国で行われる大会や、時には家すらも買えてしまうほどの金額になるレアカードなど、非常に独特かつ熱量の高いジャンルがこのトレーディングカードゲームという存在であった。


 拓斗も多少は知っている。

 流石に高レアカードなどを実際に購入したり、デッキを作って他人とプレイするなどはできなかったが、ネットでカードの情報を見たり大会の勝負を見たりすることは好きだった。

 多少の知識はある。拓斗は無数にあるゲームの中から、己が知るゲーム名をいくつかあげてみせる。


「トレーディングカード……。アニメティックユニヴァース? ブラッドアンドクリスタル?」


「なんだっけ? なんとか王って聞いたな」


七神王ななしんおうかぁ。投機のイメージが強くて個人的には好みじゃないんだよなぁ。世界観やゲーム性は好きなんだけど……」


 思い当たるゲームがあった。

 七神王。通称ナナシンと呼ばれるそれはカードゲームの中でも特に異質だ。

 それはカード自体がある種の商材的な価値を持ってしまったために、トレーディングカードゲームの中でも群を抜いて高額カードが多いのだ。

 一時は資産家は金塊の代わりに七神王のカードを金庫に保管していると揶揄されるほどの熱狂具合。

 ゲームそのものに価値を見いだす拓斗としては、そういう実態を伴わない価値の暴騰やブームを苦々しく思っていた。

 故に、優からこの名前が出たときも、正直なところあまり良い気分にはならなかった。


(もしかしたらナナシンのキャラとぶつかる可能性もあったのかぁ。あれは結構バランス崩壊な魔法や魔物が多かったから良かったといえば良かったけど、優はよく倒せたなぁ。一度くらいはナナシンのキャラを見てみたかったけど、まぁそれも無理か)


 七神王のプレイヤーである鬼剛はすでにこの世界から排除されている。

 であればゲーム自体も排除されているはずだ。

 鬼剛がどのような経歴だったのか、魔女はどのようなキャラだったのか?

 興味は尽きないが、それらはすでに過ぎ去ってしまったことであり今更どうこうできる話でもなかった。


「ああ! 王さま知ってるのか!? 良かったぜ! これで情報面での不安はなくなったな!」


「……ん? どういうこと? 鬼剛は排除されてるんだよね?」


 七神王への興味で薄れていた警戒が戻ってくる。

 同時に警鐘が脳内で鳴り響く。何か、やばいことが起きている。

 少なくとも今からそのやばいことがこの男からもたらされる。

 擬態している拓斗の影武者と大呪界にいる拓斗本人の額に、汗がつつと流れる。


「いやぁ、あのさぁ。なんかね、鬼剛を撃破したときにどうもアイツのデッキがこの世界に残っちゃったらしくてな! んで、サキュバスのお姉さんたちにもってかれました!」


「お前さぁ……!!」


 拓斗は本気で切れそうだった。

 いや、口調聞く限り本気で切れたのだろう。日頃から比較的丁寧な言葉遣いをする拓斗にしてはかなり砕けた口調だ。

 それほどまでに、拓斗は動揺していたのだろう。暴言が出てこなかっただけマシである。


「ごめんって! マジでごめんって! いや、消えると思ったんだよ! 倒したら終わりだって! そしたらなんかアイツが持ってたカードがそのまま床に落ちてさ! あ、トレーディングカードだしそういう仕組みなの?って思ってるうちにさ!」


「ご、ごめんなさい! 私も悪いんです! サキュバスさんに捕まりそうになって、ご主人様が私を優先してくれたんです! だからカードまで気が回らなくて。気がついたら逃げられてて……」


 涙目で謝罪してくる優とアイ。

 仲良く謝罪してくるが、それどころではない。


「じゃあ何か? もしかして今のサキュバス陣営ってサキュバスとエルフの軍勢、エルフの聖女が三人。プレイヤーと魔女二人づつに追加で七神王のシステムを持ってるってことなの!?」


「そ、そうなるな……あはは! 改めて聞くと、やべぇよな俺たち! この協力関係、これからもずっと大切にしような!!」


「当たり前だ! ほんと裏切るなよ!? 振りじゃないぞ!」


「お、おう! タクト王も裏切らないでくれよ!」


「どうやったらこの状況で裏切れるんだよ」


 やばい。非常にやばい。

 予想していた以上に敵の戦力が高い可能性がある。

 彼の内心を知ってか知らずか穏やかに流れてくる風を逆にうっとうしく感じながら、慌てて七神王のシステムを思い出す。


(七神王はカードを使うのにそれぞれ固有の属性を持ったマナが必要だ。逆にマナがなければ何もできない。……いや待てよ! この世界には龍脈穴がある! 『Eternal Nations』で使えたんだ、七神王のシステムでは使えないと考える方がおかしいだろう)


 まるであつらえたかのように全てのピースが綺麗に一つにはまっていく。

 七神王は直接対決をメインとしたゲームのためにRPGの様に個の戦いに特化しており数に弱い。

 だが反面個の戦いは非常に戦略的に動くことができ、相手が取る手段への対策が困難なのだ。

 何せ相手プレイヤーを直接攻撃できるような能力や魔法がわんさかと存在している。

 一瞬でも気を抜けば、あっという間に喰らわれる。

 どんでん返し、ジャイアントキリング、ワンターンキル、無限コンボ……。

 手札の数だけ戦略が存在する。それがトレーディングカードというゲームだった。


(やばい、やばいぞ。ならサキュバスがエル=ナーの土地にこだわった理由も分かる。あの広大な土地のどこかには間違いなく龍脈穴が存在する。その数は未知数だが、最低二つもあればマナ産出カードから無限召喚コンボが組めたはず! ……くそっ!!)


「くぅぅぅぅぅ!!」


 思わず声にならない叫びを上げる。

 その様子を眺めながら、隣にいるアトゥがとてもとてもうれしそうな表情と声音でささやく。


「ふふふ。なんだか盛り上がってきましたね。このアトゥ、拓斗さまがどのようなご活躍を見せるか、心から楽しみにしております」


 本人ですら見せたことのないような満面の笑みで激励してくるアトゥ。

 今はそんな彼女――中身のヴィットーリオをにらみつけることすらできない。

 一方の優も拓斗の反応からいよいよ危機的な状況であると理解したのだろう。

 顔面を蒼白にしながらしきりに何度も「やべぇ、やべぇ」とつぶやいている。


「うう、ご主人さま。頑張ってください。アイはご主人さまを信じています!」

「頑張ってください。拓斗さま♪」


 かたや悲しみ、かたや喜悦、二人の少女は自らの主を応援する。

 当の本人達はそんな言葉も聞こえていないらしく、勇者と破滅の王という立場にしては情けないほどに動揺するのであった。



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七神王の世界へようこそ!


七神王は(株)○○カンパニーが発売するトレーディングカードゲームです。

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