第百三十六話 淫婦
ホウレンソウ――すなわち報告、連絡、相談の重要性を十二分に理解したあの悲しい出来事を除いて、旅路は実に順調と言っても差し支えなかった。
サキュバスの支配領域。すなわちマイノグーラとの国境付近で合流した案内人のサキュバスの導きによって無事エル=ナー精霊契約連合に入国した拓斗たちは、そのまま徒歩で最も近いエルフの町――現サキュバスの町へと到着していた。
「これがサキュバスに支配されたエルフの都市……か」
周りから集まる住民達による好奇の視線。
それらを全身で感じながら、拓斗も無遠慮に辺りを見回す。
サキュバスの町は元がエルフたちの町を占領したことからも分かるとおり、森の中に作られている。そのベースとなるのはエルフの文化だ。
建物自体はどこか既視感があるものが多かった。それもそのはず、近縁種であるダークエルフ達の樹上建築物とかなり特徴が似ていたのだ。
違うところと言えば、意匠のデザインと後はダークエルフと違って建物に白や緑の配色が多いことだろうか?
空からは木漏れ日が差し込み、辺りを穏やかに照らしている。
マイノグーラの首都である大呪界と属性を真逆にすればこのような町並みになるだろうなと感じられる、そのような風景だ。
ただある一点を除けば。
「うっ、うぉぉぉ! そ、そこらかしこにエッチなお姉さんが……」
優が喜びの声を上げる。
それもそのはず、エルフの国には似つかわしくない存在――サキュバスがその町の至る所に存在していた。
その全てが拓斗達を吟味するかのように蠱惑的な視線を向け、まるで誘うかのように淫靡に微笑みかけてくる。
《出来損ない》を通じてこの光景を見ている拓斗ですら思わず顔を赤らめてしまいそうになるのだ。直接この場にいる優はたまったものではないだろう。
今も年頃の青年よろしく鼻の下を伸ばして情けなく周りに愛嬌を振りまいている。
だがそんな男子の淡い夢もすぐさま終わりを迎えた。
「ご・しゅ・じ・ん・さまぁ~!」
「ひっ、ひぃ! ごめんなさいアイさん! やましい目で見てなんかいません! 俺は無実です!!」
まるでラブコメだなぁ、などと拓斗は感想を抱く。
同時に少し安堵もした。ここでサキュバスの色香に惑わされて下手な行動を取られたらたまったものではない。そういう意味ではストッパーとして優の頬をつねっているアイの存在はありがたかった。
彼女の力は未知数ではあり、優の言葉を借りるなら一応サポートメインで戦いはできるとの言葉だったが……。
戦闘関係なくこのまま優の外付け良心回路であって欲しいとさえ思う。
さて、二人でまったく別ジャンルの青春を繰り広げている二人を余所に、拓斗はマイノグーラの王として、そして『Eternal Nations』のプレイヤーとしてこの状況を吟味する。
都市にはその国家の性格がでる。
国民を奴隷のごとく扱っているか、それとも令嬢のごとく甘やかし管理しているか。
人々の表情や健康具合にそれらはつぶさに反映され、偽ることは容易ではない。
その点で言えば、拓斗が観察したこのサキュバスの町の風景は少々虚を突かれたという感想を抱くものだった。
それは隣にいるアトゥ――ヴィットーリオも同意だったらしい。
「意外ですね。淫欲と退廃でもっと都市が崩壊していると思いましたが、一見すると都市機能が維持されているように見受けられます」
「アトゥも思った? そうなんだよね、下手したら男が干からびて全滅しているか、家畜にでもなっているかと思ったけどそんなことは全然無い。まぁ人目もはばからずイチャつくカップルは多いみたいだけど……」
「その辺りの風紀の緩みは甚だしいですが、我々が想像するサキュバスの生態からすると少し不思議ですよね」
町にいるエルフたちの表情は晴れやかで、少なくとも占領下においてひどい扱いを受けているという印象はない。
それどころか中には仲睦まじく手を組んで道を行く若いエルフ男性とサキュバスのカップルや、困った様子で複数のサキュバスに言い寄られている壮年のエルフ男性もいる。
少々目のやり場に困る熱愛っぷりを公衆の面前で見せつけているものたちもいるが、それにしても多少過激と言うだけで堕落とまでは言い切れなかった。
管理されている――。
拓斗はこの状況にサキュバス達への警戒度を一段階上げる。
そのやりとりが興味を引いたのか、先ほどまで黙って拓斗たちに同行していたサキュバス――すなわち案内人の一人が会話に加わってきた。
「それは当然であるぞ客人よ。我々サキュバスの目的は搾取ではなく共存繁栄。イナゴの様なマネをする為にこの世界に来たわけではないのだ」
スラッとした体躯の、どこか冷たい印象を感じさせるサキュバス。
サキュバスにしては全体的に起伏に乏しいが、それが逆に魅力となっている。
キャリアウーマンタイプだなとの感想を抱きながら、どこか傲慢さを有した説明をする彼女に拓斗は問いを投げかける。
「それはキミたちの女王の意思と考えて?」
「はぃ、女王ヴァギアさまは常日頃からおっしゃっています。曰く『かわいそうなのは抜けない』と。つまり、みんなで仲良くエッチに暮らすのが私たちサキュバスの唯一にして最大の目標なのですぅ」
問いに答えたのは、もう一人いる案内人のサキュバスだった。
先ほどの彼女とは反対に小柄で愛らしい印象を受けるそのサキュバスは、少々気が弱いのかどこか怯えた態度で補足してくれる。
「なるほど」
案内人はサキュバスの女王……すなわち魔女ヴァギアから直接の命令で拓斗達につけられている。彼女にどのような思惑があるのか分からないが、少なくとも国家の指導者として立ち振る舞うつもりであるのならばそれなりの要職であろう。
そして要職であり女王の命で行動している以上、その言葉には責任が伴う。
動機はさておき、この段階でサキュバスたちの動機が知れたのは幸いだった。
だが同時に、良くない状況であるとも拓斗は理解している。
あまりにもエルフたちの取り込みが順調にいきすぎている。
これではエルフたちをたきつけたり支援したりし、国内でゲリラ活動などを行わせ国力を削ぐという作戦も使えないだろう。
ある程度取り込まれた可能性は頭に入れていたが、完全に同化しているとは考え得る中でも良くない状況であった。
「共存反映。と、ということは……もしかしてこの国に住んでるエルフって毎日エッチなサキュバスお姉さんと……いでっ! いでで! やめっ、やめてくださいアイさん俺が悪かったです!」
「ご主人様のバカバカえっち! もう、言ってくれれば私がご主人様に……」
「え? 何か言った?」
「何も言ってません!」
役に立たない二人は相変わらず楽しげだ。
何やってんだこいつら?
拓斗は喉元まででかかった言葉を必死で飲み込む。
これでも単体戦力では特級なのだ。本人もアイも頭脳面はからっきしと言っていたし、その辺りは自分ですれば良い。
適材適所。できぬことよりもできる事に目を向ける方が大切だった。
その点で言えば、拓斗にはまだまだできる事はある。
すなわち全種族会議の開催までに最大限の情報収集を行うことである。
この町で強く抱いた違和感。それが相手を切り崩す一手となることを信じて。
「そういえば、女性の姿が見えないんだけど。サキュバスではなくエルフの……。彼女たちはどうしたんだい?」
「え? 百合百合したり生やしたりしていますよ? 後は趣味に生きたりペットを飼ったりしていますぅ」
(いや生きてるのかよ!)
言葉の中で盛大な突っ込みを入れる。否、思わず大呪界にいる本体までもが声に出してしまった。
サキュバスの性質からして男にしか興味が無いはず、女性を狙うインキュバスが存在しない以上、エルフの女性達は何らかの困難な状況にあると踏んでいたのだが。
拓斗の予想を覆して、単純にこの場にいないと言うだけの話で、加えてサキュバスたちができる範囲で対応が行われていたらしい。
みんなが仲良くとは女王のポリシーらしいが、どうやら口先だけの耳心地の良いアピール文句という訳でもないらしい。
「幸いなことにエルフの女たちもどうにか折り合いをつけてくれている。とはいえそれでも受け入れられないという女たちもいる。そういう者たちは政治団体を結成して毎日王宮の前でデモを行いストレスを発散しているがな」
「そ、そう……」
「なるほど、よく統治されているのですね。しかし失礼ながら、ここまでエルフたち他種族を慮る対応をしておきながら、なぜ侵略という方法をとられたのですか? あなた方ならどこか空いた土地で国を興し、その美貌と身体で移住者を募っても良かったでしょうに」
アトゥの姿をしたヴィットーリオが拓斗に変わり質問を続けた。
どうやら拓斗があきれ果てた様子を見せたことによって、しばらく彼がアクションを起こさないと踏んだらしい。
コレには拓斗としても助かるところだ。拓斗はヴィットーリオよりも洞察力に優れているとはいえ、見逃している点も多々ある。
ヴィットーリオとともに事に当たることができれば、普段にも増して様々な情報を収集することが可能になるだろう。
事実先ほどの質問は良かった。拓斗としてもこの辺りの事情は突っ込んで聞きたかったがあまり質問漬けにしても警戒を抱かせる。
その点、今まで黙っていたアトゥが疑問を抱くという形であれば自然と答えが引き出せそうな気がしたからだ。
(まぁいままでの流れからしてなんかふざけた理由っぽいけどね。どうやらヴァギアは割とギャグよりの性格ぽいし。サキュバスたちの雰囲気を見ても、いわゆる馬鹿ゲーの類いから来ているのかな? それなら人死を避けるのも理解できる)
今までの話や、印象を吟味していくとおぼろげだった相手側の輪郭が明確になってくる。
少なくとも、ある程度の絞り込みはできたと言えよう。
だが……。
「「………?」」
二人のサキュバスは、アトゥ――ヴィットーリオの質問に理解が及ばないと言った表情を見せた。
質問の言い回しが分からないや、答えを許可されていないといった事情があるが故の表情ではない。
まるで初めて聞かされた概念を聞いたかのように、理解の外にあるとでも言わんばかりの表情を見せたのである。
「おや? 質問が難しかったでしょうか? 侵略を選んだ理由を問うたのです。結果が同じなら、もっと穏当な手段でも良かったのでは?」
その言葉でもなお、二人のサキュバスは不思議そうに困惑の表情を見せるばかりだ。
それどころか今度は互いに見つめ合い、どう答えたものかと思案している様子すら見せている。
ここに至り、拓斗は相手側もまた単純明快な事情を持ち合わせているわけではなく、彼女たちなりの特殊なルールと概念で動いていることを理解する。
数秒して、その理解が正しいことを裏付けるかのように、ようやく二人は回答する。
「いや、違う。そんなことは考えたこともなかったからだ」
「"拡大"することは、命あるものとして正しい姿なのですぅ」
「なるほど、それは通り。これは私の質問が非常識でしたね。謝罪いたします」
アトゥはそれだけを言い、会話を打ち切った。
どうやらヴィットーリオとしてももはや何も問うことはないらしい。
拓斗は内心でため息を吐く。
少なくともこの時点で互いの国家間で何らかの妥協点を見いだすことが不可能であることが明らかになったからだ。
(なるほどなぁ。こりゃきびしいや)
当初彼女たちは自分たちを指して「イナゴではない」と言った。
だが自らが拡大増殖することに一切の疑問を持たぬのであれば、その主張も空しく響くだけだ。
拓斗は視線を町の往来に向ける。
エルフとサキュバスは一見して幸せそうに見える。
だが拓斗には、その光景が何か得たいの知れない存在の腹の中で見せられる仮初めの夢のように感じられた。
=Eterpedia============
【ノーブルサキュバス】戦闘ユニット
戦闘力:?? 移動力:?
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ノーブルサキュバスはサキュバス階級の内で第三位に位置するサキュバスです。
彼女たちは貴族階級であり、女王の命を受け下位階級のサキュバスたちの管理を行っています。
またサキュバス国家の運営において中心的な役割を持つのも彼女たちです。
サキュバスは位階が上がるごとに戦闘能力が高くなる性質があり、ノーブルサキュバスともなると英雄に迫る戦闘能力と知恵を持つこともあります。
ただし男性の趣味は千差万別で、ダメな男に絆され貢いだあげくに破産する個体もいたりします。
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