第百三十三話 迂闊

 SLGの力の本質が国家という数の暴力にあるのならば、RPGの力の本質は勇者という個の暴力にあるのだろう。

 ドラゴンタンから南に下った暗黒大陸の一角、その地に闊歩していたヒルジャイアントをまるで行きがけの駄賃のごとく両断した優は、なんてことないとでも言わんばかりに拓斗に向かって手を振った。


「これが俺の今の力。少なくともこの暗黒大陸にいる野良モンスター程度なら何匹来ても楽勝だぜ!」


「しゅごい! しゅごいですご主人様!」


 勇者ユウが敵を打ち倒し、奴隷の少女が過度なヨイショを行う。

 その光景を何度見ただろうか? 少なくとも、神宮寺優というプレイヤーが他とは隔絶した戦闘能力を有している事だけは分かった。


「確かに想像していた以上だなぁ。四天王クラスだとこれじゃあ即殺だろうし、不意を突いて魔王を殺しただけのことはあるね」


(英雄でも策を練らないとちょっと厳しいな。さすが勇者――プレイヤーと言ったところか)


 現状敵ではないが、場合によってはその可能性も十分あり得る。

 万が一衝突した場合は策を練らねば厳しい相手であることは確かだ。

 とはいえ、弱点がないわけでもない。


「ただまぁ、いくら強くても問題はあってさ。いやそこが一番のネックなんだけど」


「数か……」


 個で秀でるという事は、すなわち数の劣るという事でもある。

 勝負の土台を変更すれば、容易にその戦力は覆る。何も正々堂々一対一での戦いが勝負の全てではないのだ。

 そこは優もよく分かっているようだった。


「そっ、ほら、勇者って少数の戦いならそりゃあめちゃくちゃ強いんだけど、数で来られたらめちゃくちゃキツいのよ。一人くらいならなんとでもなるけど、多数を守るのはさすがに無理。物語じゃあやってみせるけどあくまで俺の力はゲーム準拠だからな。RPGの辛いところだよ」


「いくら勇者でも二十四時間は戦えないからね。覆せない道理でもある」


「飯も食うし風呂も入る。もちろん寝る時間だって必要だ。数にものを言わせて波状攻撃なんてされたら精神の方が先に死ぬってわけよ」


 勇者が金銭――詳しく言うのであれば生活面で困窮しているのではないか?

 それはかねてより推測の一つとしてあった彼の弱点であった。

 国家であるマイノグーラとは違い、勇者の生活基盤というのは極めて弱い。

 いくら強力な力を有していようと、兵站がおろそかであれば片手落ちなのだ。

 だからこそ彼は自分たちに接触した。

 それが拓斗が判断した優の目的の一つだ。

 自分たちが数と兵站を差し出し、彼が個の力を差し出す。

 少し持ち出しが多い気もするが、見方を変えれば実に公平な取り引きとも言えた。


「そうですそうです! ご主人さまにはもっと平和に暮らして欲しいです! 私、ご主人様だけがいればいいのに……」


「ありがとう。俺だってお前だけがいれば、――それで幸せだぜ!」


「ご主人さま素敵……」


 短い間の付き合いではあるが、優という人物の人となりもよく分かってきた。

 彼はなんというか、実直で、裏表がなく、正義感が強く、明るく人を引きつけるタイプの人間だ。

 クラスにいたら間違いなくリーダーになっていそうだし、いじめられている子がいたら真っ先にかばっていじめっ子を非難する。そういうタイプだ。

 それでいて真面目一辺倒という訳でもなく、女の子に弱く調子の良い面もある。

 さぞかし前世ではもてたんだろうなぁという感想を抱きつつ、その通りだったら流石に敗北感を抱かざるを得ないので質問はしない。


 ともあれ、今のところ彼の興味はあの天真爛漫を絵に描いたようなご主人様第一主義のオリキャラ奴隷少女に向かっているらしい。

 想い人がいるという点で正直共感するところがある。これもまた彼と同盟を組むに至った理由の一つなのだが、そのことは気恥ずかしいので誰にも言っていない。


「人前でイチャイチャと! こういうのは良くないと思います! そう思いませんか拓斗さま! 男女の間柄、これ健全が第一です!」


「そ、そうだねアトゥ。うん、そうだよ!」


 優と少女の関係が不満というか不健全だというか、とかくアトゥはいつも文句を言っている。

 敵対者として警戒しているというのもあるが、どうも彼女の中にある健全な男女像と剥離してることが気に入らないらしい。

 ただ拓斗の中の冷静な部分が、目の前の男女とそう変わらないぞと突っ込みを入れているので毎回この手の話題が上がったときは曖昧な返事しかできないでいる。


 自分にとってのアトゥが、優にとっての奴隷少女なのだろう。

 もしかしたら、彼は当初自分が抱いていた目的と、全く同じ目的を抱いているのかもしれない。

 少なくとも奴隷少女はプレイヤーである彼にとって重要な人物であると再認識し、その重要度を上げる。

 そういえば、奴隷の少女とばかり言っていたが、果たして彼女の名前はなんなのだろうか?


「そろそろ帰り支度をしようかゆう。これ以上やってもらっても君たちの力量を示すにふさわしい敵は現れなさそうだ」


「あー、そうだな。後は魔法もいくつか使えるけど、確かブレイブクエスタスは知ってるんだよな? なら便利魔法系は後で説明すれば分かるか」


 空が赤くなってきた。

 どうやら日が落ちていく時間らしい。

 魔法は規模や威力を直接確認しておきたかったが、それは後日に回すとしよう。

 拓斗は本日のところはこれで切り上げることにし、最後に一つだけ確認しておかなければならないことを質問する。


「うん、その辺りも含め、質問があるようならおいおいしていくよ。ところでキミのオリキャラってか……そっちの子なんだけど――」


「はい! 私はご主人様の奴隷です! 第一奴隷です!」


「あー、うん。その第一奴隷の子なんだけど、名前はなんて言うんだっけ? 今まで君が名前を呼ばなかったのも何か事情があるのかい?」


 いい加減その辺りをはっきりしておかないとダメな気がするので拓斗も覚悟を決めて尋ねてみる。

 もし好きな子の名前とかにしていたらどう反応して良いか分からないが、少なくとも笑うことだけはしないと覚悟を決めて……。


「あー、ちょっと恥ずかしい名前なんで秘密ってことにしておいてもらえる? もしくは愛称として……そうだな。アイで」


「あー、もしかして名前に変わったのいれちゃった?」


「あ゛ーっ! 俺ぇ! なんであのときもっと普通の名前にしなかったんだぁ! こうなるって分かってたらぁ! こうなるって分かってたらぁ!」


 どうやら彼の愛しい奴隷少女はキラキラネームらしい。

 まぁ見た目をかたくなに奴隷装備にしている辺りこだわりは強かったのだろう。

 唯一の問題点は、当時の彼自身そのオリキャラが衆目にさらされる未来を一切予想していなかったということだろう。


「どうかしましたかご主人様ぁ? 私の名前に何かおかしなところでも? ご主人様がつけてくれた名前、私とっても好きなんですよ? なんてったって――もがもがっ!」


「アイさんそれ以上はやめような! いっつも言ってるけど中学生の頃の俺がやった唯一にして最大の過ちなんだ! 心の中の俺が涙を流しながら身もだえするから、ほんとね、愛称の方で我慢して! ねっ!?」


 なんてかわいそうな人なんだろう。

 心の中で涙を流した。『Eternal Nations』で英雄ユニットの名前変更がもし可能だったら、拓斗も似たような事態になっていたかも知れない。

 彼とは今後どのような関係になるか分からないが、少なくとも今だけは優しくしてやろう。


「はぁ、一体どんな名前をつけたのでしょうね? 拓斗さまはなんとなく推察がいっているようですが……」


「やめてあげようアトゥ。知らないふりをするのも優しさなんだよ」


「そ、そうなんですね……」


「そうなんだよ。知らないふりをするのが、一番誰も傷つかないんだよ」


 性格的には全く真逆で、どちらかというと苦手なタイプだが、拓斗はこの時だけは優に親近感を抱いていた。


「ふぅふぅ、え、えらい醜態を見せた気もするけど、何も言わないでくれたタクト王に感謝するぜ……。同盟っていいな!」


「まぁ、同盟じゃなくてもその辺りをそっとしておくのは優しさだと思うけど、話を戻そうか。結局、それだけの力を持ちながら協力関係を持ちかけたのは、ネックは数の面でそこに不安があったからってことでいいかな? 二人だけじゃ厳しいと?」


「概ねその認識で間違いないぜ。俺の目的は必ずしも敵をぶっ殺す必要は無いんだけど、相手側がそうだとは限らない。だから可能であれば利益がブッキングしない形で仲間を増やしておきたかったんだ」


 なるほど、おおよそ状況は把握した。

 優の話が事実であるなら、サキュバスへの警戒を一層強めなければならない。

 全陣営会談などと嘯いているが、その実自分たちを罠にかけるつもりでいるのかもしれないのだから……。

 もっとも、それは優にも言えることだが。

 どちらにしろ全陣営会談にはその答え合わせができる。ずるずると疑心が先に残らないのはわかりやすくて良かった。


「確かサキュバスはエル=ナー精霊契約連合を取り込んで一大勢力を築いているって話だけど……。聖女やエルフも取り込まれているとなると警戒するのも仕方ないか」


「ああ、サキュバスのプレイヤーはすでにもう一つのプレイヤーと手を組んでるって話だ。エルフの聖女にプレイヤーが二人。流石に勢力も持っていないソロプレイヤーは分が悪い」


「ちょっと、聞いてないんだけどそれ」


 真顔になった。

 突然なんて事を言い出すんだこの男。

 本人は悪気があるどころか、まるで俺って何かやっちゃった?とでも言わんばかりの表情を見せている。


(そこ重要だろう! 協力持ちかける時点で言えよ! 少なくとも同盟を締結したら言えよ!)


 互いの関係性を考え、心の中でのみ盛大に罵声を投げかける。

 だがとうの本人はあまり危機感がない様子で、悪い悪いと軽く謝っただけでこの大失態の責任を取る腹づもりのようだ。


「あれ? 言ってなかったっけ? 敵さんはエルフの聖女三人にプレイヤー二人。そしてサキュバスのエッチなお姉さんたちだぜ。やべぇよな!」


 やべぇどころの話ではない。

 危うくノコノコと敵の一大勢力が開催する会議に参加していたところだ。

 前提条件が先ほどから覆りまくっている。当初は同盟に関してRPG勢力側の罠や策略も考えていたが、単純に相手も崖っぷちなだけだったのだ。

 拓斗は盛大にため息を吐く。ここまで自分に気苦労を与えさせる存在はなかなかにいない。

 仲間は良いものだとフォーンカヴンと同盟を締結した際に気楽な感想を抱いていたが、ぺぺが大当たりの人材だっただけのようだ。


「もしかしてキミ結構その場の勢いで動いてる?」


 思わずそんな言葉が口をつく。

 優も流石に嫌みを言われていると気づいたのか、それとも自分が伝え忘れていた情報が非常に大切なものだったことに気づいたのか。

 とかく彼は慌てた様子で両手をぶんぶんと振って取り繕う。


「そ、そんなことはないぜ! そうだよなアイ!」


「そうです! ご主人さまは常に深い考えと洞察のもと動いています! ご主人さまはすごいんです! その、具体的にどうとか何がとかは私には難しいですけど、とにかくご主人様はすごいんです!」


「ありがとうな! その言葉だけで、俺は誰よりも強くなれるよ!」


 強くなれるのなら頭の方も強くなってくれ。

 そう強く願うのだが、奴隷少女アイの応援もそこまではカバーしてくれないらしい。

 ヴィットーリオに加えて神宮寺優。

 拓斗の胃に優しくない人物がここ最近どんどんと身近に増えていく。


(イスラ……マジで君を失ったのが痛い。本当に痛い)


 彼女の包容力があれば彼らも少しはマシだっただろう。

 よしんばイスラの力及ばずとも、拓斗と一緒になって苦労はしてくれただろう。

 マイノグーラ英雄の中の唯一の良心と呼ばれた彼女が、無性に恋しかった。


「とりあえず会議室にもどって情報のすりあわせをしよう。フォーンカヴンの人たちとの顔つなぎもしてあげるから、仲良くしてね」


 ともあれ、この場にイスラがいたとしても彼にかけられる言葉はただ一つだ。

 「王であるのならこの程度の難事、なんのことはないでしょう」と。

 まぁわかりやすく言うのであれば、偉大なる破滅の王なので頑張りなさいということだ。


「おーっ! 顔つなぎ! なんかすごいな!」


「すごいですね、ご主人さま!」


「ふふふ、我が王がどれだけ偉大かわかりましたか? 王たるもの、常に国家の事を考え二手三手先を見通しているのです!」


(仕方ない。イスラが見守っていると思って徹底的にやるか)


 暢気にわちゃわちゃやっている三人を眺めながら、拓斗はため息をつく。

 自分もあの場に加わっていれば楽しかっただろうなと思うが、そうは問屋が卸さないとはまさにこのことだった。

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