第百三十二話 説得

 大呪界マイノグーラの宮殿。

 会議の間。

 緊急の要件として集められたダークエルフたちは、隠しきれぬ不満の表情で拓斗の説明を受けていた。


「此度の件。王の決定とは言え全面的な賛同はいたしかねますな」


 RPG勢力のプレイヤー。

 勇者ユウとの協力体制の構築についての報告。事のあらましを伝えた上で配下から帰ってきた反応はモルタール老の言葉に集約されていた。

 彼らが何も伊達や酔狂で異を唱えている訳ではない事をよく理解している拓斗は、極めて冷静にその反応を受け止める。


「うん、君たちが僕の事を心配してそう言ってくれるのは予想していた。……ヴィットーリオとしてはどう思うかい?」


 何を思ったのか珍しく会議に参加し、珍しく騒ぐことなく静かに話を聞いていた舌禍の英雄に拓斗は水を向ける。

 折角この場にいるのだから、彼を利用しない手はない。


「おんやぁ? 吾輩の意見が必要かと? 吾輩よりもすごくて、吾輩よりも素晴らしい偉大なるイラ=タクトさまがいるのであれば、吾輩の浅知恵など必要ないのでは。どうせ吾輩なんてマイノグーラには必要ないんだ……マヂつら、リスカしょ」


 ふざけた態度だが、この場をかき回すには都合の良い相手だ。

 マイノグーラの最終決定権は無論拓斗にはあるとしても、ここで無理にダークエルフたちの意見を押しつけて事を進めるには少々不味い。

 彼らを慮るというよりも、いらぬコストを将来払いたくないという考えだ。

 だからこそ硬軟織り交ぜ説得し、彼らに納得してもらう必要があった。

 ちなみにアトゥはこの場にいない。

 いると間違いなくダークエルフたちの味方をするであろうし、ヴィットーリオと一緒に会議に参加させるとケンカを初めて最悪時間だけを無駄にすることとなるからだ。


「手首を斬りたいならわざわざ自分でやらなくても喜んでやってくれる子が沢山いるんじゃない? ほらそこのエルフール姉妹とかさ? ――話を戻すと、僕としては今回の同盟は一定の利があると踏んでいる。ただ僕とは違った視点からの意見も聞いてみたくてね」


「なんかそこにいるくそガキどもが吾輩の手首に熱い視線を向けているんですがぁ……。まぁ勇者と言っても実のところ文無しの無頼人、権力者に媚びうって良いおべべとおまんまってのは魅力的だったのでは?」


「……その視点はなかった。そうか、彼らは国を持たないから自分たちで食い扶持を稼がないとダメなのか」


 本筋としては彼に別のメリットを語らせてダークエルフたちを納得させるつもりでいたが、意外に面白い意見が出てきた。

 今まで国家の王として生活面では何不自由なく暮らしてきた拓斗である。

 食料すら緊急生産で用意できる彼としては、この世界で暮らすと言うことを甘く考えていたと言われれば否定はできないだろう。


「あっちの地元じゃ魔物を倒すとゴールド落とすらしいですが、それってこの世界じゃ使えないんですよねぇ!」


「うーん。宿泊場所のグレードを上げて、加えて小遣いでも渡すか? 印象アップがどういう影響を与えるか分からないけど。まぁ姑息な手だよね」


「衣食足りて礼節を知る。ですぞ神よ! 意外とそういう現実的な部分が、大切なのでぇす! 誰しもが原始的な欲求を殺して高尚な意思を持てる訳ではないのです!」


 ダークエルフたちの反応がほんの少し和らぐ。

 それならば理由になるか? との反応だ。彼らは神宮寺優かみみやでらゆうについて、魔女エラキノたちと同じく奇異なる能力を用いる異界の存在であると認識している。

 すなわち苦渋を飲まされた魔王軍やTRPG勢と同じくくりなのだ。協力関係などもってのほかと意固地になるのも無理はない。

 その認識を少しずつ和らげ、思う方向に誘導するのが今回の会議を開いた隠された目的でもあった。

 もっとも、拓斗自身もRPG勢への警戒は怠ってはいないが……。


「それに実際レガリアも受け取ってしまっている。これほど礼を尽くしてくれた相手だ、無碍に扱うのは避けたい。危険性があるからと粗雑に扱うのは王としての品位を問われるからね」


「そんなの無視して借りパクしてしまえばいいのでわぁ?」


「そうはいかないでしょ……」


 そうもいかない理由は拓斗の性格的なものではない。

 約束を反故にしろとの先ほどヴィットーリオの言葉に対し、射殺さんばかりの視線を向けているダークエルフたちが理由だ。

 拓斗自身は正直なところ寝返り裏切りは戦争の華だと認識している。だが彼らはそうではない。

 ダークエルフたちはマイノグーラ王イラ=タクトという存在に夢を抱いているのだ。

 自らの王は何よりも邪悪で、何よりも偉大で、そして何にも侵されることのない絶対の存在。

 そのイメージを種族全体で強く共有しているからこそここまで忠実に拓斗に尽くしてくれている。

 ある意味で彼らもまた、イラ=タクトという存在に幻想を抱いているのだ。

 その幻想を毀損する行為は何よりも避けなければならない。

 さもなくば国が足下から崩壊するだろうから……。


「そういえば、他の国に行かなかったのはどうしてでしょうか? エル=ナー、現サキュバスの国やクオリアに向かってもおかしくはなかったですよね?」


「年頃の男子がサキュバスの国に行ったら十中八九食われるでしょうが。んでんでクオリアは宗教国家故にしがらみが大きくてノウ!」


 エムルの言葉にヴィットーリオが間髪いれず答える。

 中立国家の名前が挙がらないのは単純に国力不足だ。

 消去法で行くと中立国家と平和な関係を築いているマイノグーラが一番無難……となってしまう。

 改めて事実を並べて見ると、意外と優も苦労しているんだなという気持ちになってきさえする。


「どちらにしろ今の状況で判断は早計かな? もちろん警戒と監視は行うとして、モルタール老達は一旦納得してくれるかい?」


「忸怩たる思いを抱いておりますが、必要とあらば仕方ありますまい。かの者が王に献上したレガリアは我らマイノグーラの悲願に必須。後は王に万が一のことがあらぬよう、我らがより警戒を高めるだけですじゃ」


 どうやらダークエルフたちの意見は賛成に向いたようだ。

 消極的な賛成といったところだが、拓斗としても同意がとれればそれで良いので問題ない。

 そもそもこれから優との関係がどう転ぶかも分からないのだ。マイノグーラ全体の意思が統一されていれば問題なかった。


「しからば王よ、ヴィットーリオ殿を勇者ユウなる者の監視として加える事をお許しいただきたい」


「ヴィットーリオを? それまたどうして?」


 ギアから物言いが入った。実のところその要望自体は話の流れから理解できたが、ヴィットーリオを毛嫌いしているギアがその申し出をしてきたことに興味が湧く。

 あえて知らない振りをして理由を尋ねてみると、面白い答えが返ってきた。


「悔しいがヴィットーリオ殿の力量は本物。人物を見定める観察眼は王を除いて他の追随を許さぬでしょう。であれば……まさに監視の任を命ずるにうってつけかと」


「ふむ……」


 実に理にかなった願いである。

 ヴィットーリオが持つ複数の能力は基本的都市の攪乱やユニットの混乱洗脳に特化している。

 だが彼自身が設定として持つ人心掌握の術は、人の機敏を見定めることに相性がよい。

 スパイユニットとまではいかないが、怪しい動きや発言などを見つけることは難しくはない要求だ。

 私心を押し殺して国家と王の為になる選択を献言するとは、相変わらず頼もしいと感じられる。

 とはいえ……。


(まぁヴィットーリオ本人がギアの期待通りに監視任務に就くはずがないのでこの要求は通らないに等しいんだけどね!)


 ギアもまだまだ学ぶべき事が多いと言えよう。

 そもそもヴィットーリオを最初から作戦に組み込むことが間違いだ。

 彼の興味が向く先が都合良く自分たちと同じであれば、後で作戦の方を修正する。これがヴィットーリオの基本的な運用方法である。

 だがそんな上級者向けの運用方法を理解していないギアは早速ヴィットーリオのおもちゃになっている。


「感動した! 吾輩感動しましたぁぁぁ!! なんたる忠義、なんたる信頼! ギア殿、吾輩は、吾輩はギア殿を勘違いしておりましたぁぁぁ!!」


「おい、叫ぶな! そしてつばを飛ばすな汚いぞ!」


「ギア殿とのわがかまり、これで解消ってことでOKですよね? 吾輩とギア殿は、もうなんていうかズッ友っていうか、マブダチっていうか、そういう感じのあれこれですよねぇぇ!?」


「つばを飛ばすなと言っている! というか話を聞いていたか!? ちゃんと監視の任務をできるんだろうな!?」


「うーん、どうだろ? 吾輩できそう? ううん、吾輩ちょっと無理かも? 無理だってギア殿。なので自分たちで頑張って、言い出しっぺでしょ?」


「そこになおれ! 今日こそそのふざけた寝言をほざく顔を胴体から切り離してやる!」


「んまっ! バイオレンス!」


 ギャアギャアとギアとヴィットーリオが騒ぎ始める。

 モルタールたちもあきれ顔だ。

 もうこうなったらしばらくは会議再開できそうにないな……。

 そう諦めの境地に至る拓斗ではあったが、そもそも主目的も達したことだしこれ以上議題にあげることもないかと席を立つ。

 うまくうやむやにすることもできた。ダークエルフたちの反発を危惧していたが、この程度まで抑えられたのであれば後はなんとかなるだろう。


「んじゃあよろしく頼むよ」


 そのまま後の騒乱を残った者に任せ、退室する拓斗。

 機会を目敏く見つけ同じタイミングで抜け出してきたエルフール姉妹が拓斗の左右に付き従いながら質問してくる。


「王様は今回の件、どうなると思っているのです?」

「王さま、ずごく楽しそうー」


「うーん、どうだろうね?」


 そう曖昧に答える拓斗の表情は、メアリアの言葉通り至極楽しそうであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る