第百三十一話 了承

 一瞬の空白。そして沸き立つ怒り。

 してやられたという思いと同時に、相手が自分が想像していたよりも危険な存在であるという警戒。双方に緊張が走る。


「おっと! そう殺気立つな! この子が怖がる!」


 舌打ちを一つ。

 ここで相手に手を出すのはあまりに悪手。最悪レガリアが失われる可能性がある。

 『Eternal Nations』の特殊勝利、次元上昇勝利。

 それはレガリアと呼ばれるいくつかのアイテムや条件を満たす事によって成し遂げられるゲーム中で最も達成難易度が高い勝利だ。

 ユニークユニットの撃破や帝国の創設、特定建築物の設置など複雑な条件の中に、秘宝の入手というものがある。

 その一つがレガリアの宝剣。


 ブレイブクエスタスにおいて勇者の剣と呼ばれる存在がどうして自分たちにとっての宝剣となるのか? そしてなぜ直感的に確かにこれがレガリアであると確信できるのか。

 本来それぞれのゲームは交わらないはずだ。拓斗もTRPGやRPG勢力と何度か戦いを経てきたが、今までそのような気配は見られなかった。

 だからこそ、彼がこの宝剣を差し出してきたときに一拍の空白を生み出してしまったのだ。

 だがこれはある意味でチャンスでもあった。

 この出来事一つから様々な情報を推察できる上に、何よりこの宝剣を手に入れれば一つ次元上昇勝利に近づく。

 拓斗は予想外の出来事で沸き立った熱を意図的に冷ますと、冷静さを忘れず事態の推移を見守る。


「勘違いしないで欲しいのは、俺はマジでタクト王と仲良くしたいって考えているんだ。本気で俺たちの目的にそっちは関係ないからな」


「どうして僕らがレガリアを欲している事を知っているのかとか、なぜ勇者の剣とレガリアの宝剣に互換性があるのかとか、聞きたいことは多いけど……。確かに手土産としてはなかなか魅力的だね。しかしいいのかい? 勇者の剣はブレイブクエスタスでもかなり重要なアイテムだったはずだ」


 勇者の剣とはその名の通り、勇者の象徴とされる武器である。

 ゲーム上では他にも最強の武器がある為、実際装備としては微妙なのだが、それよりもゲーム進行で必要になったり特定キャラとのイベントに必要になったりと何かと重要な位置を占める剣である。

 彼を取り巻くブレイブクエスタスというシステムがどのような状態にあるのかは分からない。

 だが様々なイベントのトリガーとなっているこの剣は、おいそれと渡して良いものではないのは確かだ。


「……話を変えるけど、王さまや俺たちは神の思惑によってこの世界にやってきた。そこまではいいよな? じゃあこの世界がゲームだとして、クリア条件はなんだと思う?」


 突然、優が真剣な表情で聞いてきた。

 クリア条件。それは拓斗が今まで知らなかった情報だ。

 否……今この瞬間、知らない情報に変わった。

 なぜならこの質問をすること自体、ゲームのクリア条件が存在するとして、それが通常考えられるようなわかりやすいものではない事を示しているからだ。


「……全敵対勢力の撃破。ようは自分たちの陣営が最後の一人まで生き残ること。じゃないのかい?」


「――違う。答えは、分からないだ」


「どういうこと?」


 最初の質問から単純な生き残りがクリア条件でないことは分かったが、それにしても曖昧な話が出てきたものだ。拓斗は相手の口を軽くするために適切に相づちをうって続きを促す。


「そういう反応がでるよな。俺もそうだ。うちのアホ神が言うのには、この遊戯に参加している神のほとんどは勝利を目標としていないということなんだ。だからと言って何も考えずに暇つぶしとして参加しているというわけでもないらしい」


「神は強大であるが故に、その真意を推し量ることは困難である。というわけか」


 納得はいかないが一応理屈づけてみたといった様子の拓斗の言葉に、優はまさしくその通りだと相づちを打つ。

 主がスムーズに会話を続けていることをすかさず褒める奴隷少女の声援を聞き流しながら、拓斗は相手への意図、そして背景を探るために思考を加速させる。

『Eternal Nations』でもいた。縛りプレイや条件達成プレイ等の特殊な条件をクリアすることを目標とする人たちが……。

 いや、それでも制限を課した上で勝利を目指すはずだ。とすればどちらかというと勝負そのものを楽しむタイプか。

 前世ではいわゆるエンジョイ勢と呼ばれた勝ち負けにこだわらないタイプの人々を思い出し、拓斗はそういう事もあるかと一定の納得を得る。


「過程で何をするかが重要なんだ。少なくとも俺たちはそれを求められている」


「つまり神は、僕らが勝利することではなく、この世界で何を成すのかを見定めていると?」


「少なくとも俺はそう考えている」


 優も神から勝利条件を伝えられている訳ではないらしい。

 ということは、彼がサキュバス陣営に対抗しようと考えるのは、あくまで彼自身の問題や自陣営の生存が目的だからだろう。


「この"勇者の剣"もそうだ。ブレイブクエスタスというゲームをやるのなら重要なアイテムだが、俺たちの目的には合致しない。だからわざわざこれを提供することを良しとしたんだ。意外と重要なんだぜこれ。知ってるかもしれないけどな!」


 それは理解していると、拓斗は頷いた。

 確かに手土産になるほど十分な価値があり、同時に相手側の誠意をよく感じられる一品だ。

 そしてここではねつけてしまうには惜しい条件だ。

 レガリアの宝剣は確保しておきたいし、裏がなければ勇者との同盟は魅力的。

 サキュバスはさておき、彼の言うとおり数でまとまればそれなりに有利なのだから。


「俺は王さまたちの目的が何かは知らない。そこまでは教えてもらえなかった。ただまぁ、仲良くできると言われたからやってきたんだけどな。そう考えると俺ってばあのアホ神のいいように使われてるって感じだな。なんだか腹が立ってきたぞ」


 神々の目的は分からない。目の前の男もそれを知らないだろうし、いくら揺さぶったところでこれ以上有益な情報は出てこないだろう。

 拓斗は人物観察が得意という訳ではないが、かといって推論や推察が不得意という訳でもない。

 少なくとも、今までの会話の内容から神宮寺優というプレイヤーが何を求めているかは理解できた。


(なるほど。何を置いても自分たちの生存が第一って感じかな? 誰だって死ぬのは怖いし、特にこの世界は命の危険が常にある。逆に能力を傘にかけて博打に出る方が珍しいか? 僕だってそんな危険は侵したくないし……)


 自分の様に何も知らずただゲームを遊んでいただけの身でこの世界にやってきたというのであれば、存外彼の目的は自分と似たような者なのかも知れない。それを証明するピースはすでにそろっている。

 そう、例えば……。


「ブレイブクエスタスにはオリジナルキャラシステムというものがあったはずだ」


「うっ!!」


 その反応で、拓斗の考えは確信に変わった。

 ブレイブクエスタスというゲームは多くのRPGゲームを差し置いて名作の地位に昇る偉大なるゲームではあるが、その中でも特徴的な仕組みが存在していた。

 それがオリジナルキャラクターシステムだ。

 主人公である勇者とその仲間。それらに加えて自分で設定したキャラクターをいつでもつれて行くことができるのだ。

 はじめは弱く、ほとんど役に立たないようなキャラだが、育成次第でどんな敵すらも寄せ付けない最強の仲間となる特別な一人。

 好きな子の名前を密かにつけてゲームを遊ぶ。数あるシリーズが発売されるたびにいろんなところで行われる、いわば恒例行事。

 そんなシステムが存在していたことを、今はっきりと思い出した。


(まぁあのシステムがあるからセーブデータ消えたときの悲劇は計り知れないんだけどね……)


 拓斗はあいにくオリキャラシステムを利用したことがなかったのでその悲劇は経験したことはないが、技術の発達でデータ消失の可能性がほぼなくなった現代ですら未だにトラウマになっている人をチラホラ見かける辺り、当時流された涙は数知れずといったところだろう。

 自分はどうやら少し難しく考えていたらしい。少なくとも、彼の背後にいる存在はさておき彼はとてもわかりやすい人間のようだ。

 拓斗はチラリと奴隷の少女に目を向ける。

 ――つまり。


「もしかして……僕の考えた最強の嫁」


「ぐわああああ!」

「ご、ごしゅじんさまーっ! あたま、あたま痛いのですか!? 突然どうしたのですかご主人様ーっ!!」


 その言葉を聞いた瞬間、優が大声で叫びながら頭を抱えて身もだえする。

 TRPGのプレイヤーである繰腹慶次もそうだったが、意外と拓斗が考えるよりもプレイヤーという存在は人間味にあふれるらしい。

 むしろ彼が今まで戦ってきた『Eternal Nations』の上位プレイヤーたちが非人間じみていただけかと認識を改め、拓斗は一つの決断を下す。


「いいだろう。協力関係を受け入れよう。ただし他勢力への積極的な敵対じゃなくあくまで防衛を主目的としたものだ。君にとってもそっちの方がいいだろう?」


「ま、まぁ正直言うと……」


「えっ、えっ、どういうことでしょうか拓斗様? どうして急に協力を受け入れたのですか? 先ほどまではあんなに慎重だったのに……」


 この辺りの年頃の男子が持つ特別な感情についてはさておき、どうして協力に至ったのかはあとでアトゥにも説明しておかなければならないだろう。

 その後はダークエルフたちマイノグーラ首脳陣か……。

 TRPGの魔女であるエラキノによって拓斗は一度痛い目を見ている。その場にいたダークエルフたちもこの時の事件はある意味でトラウマとなっている。

 彼ら彼女らにとってプレイヤー陣営というのは鬼門に等しいのだ。天敵とも言えよう。

 経緯や利を説くにしても理解を引き出すのは易しい問題ではないだろう。

 レガリアの宝剣やプレイヤーの協力者。

 警戒を怠ることはできぬものの、得たものとしては大きい。だがそれに伴う代償もまた小さくはないだろう。

 話がどんどんと複雑化してくる中で、拓斗はいつになったら穏やかに過ごせる日が来るのかと少し暗澹たる気持ちになる。


「えっと……? さいきょうのよめ……ってなんですかご主人さま?」


「な、なんでもない! なんでもない!」


 慌てたようにごまかす優と奴隷の少女を見やる。

 自分もアトゥが大のお気に入りのキャラで、はたからみたら異常な執着を見せていたであろう手前、拓斗としてはあまり優の行動を非難することはできないのであった。



=Eterpedia============

【オリジナルキャラシステム】システム


 傑作RPG「ブレイブクエスタス」シリーズにおいて、シリーズを代表するシステムの一つです。

 プレイヤーはゲームの初期および早い進行段階から、特定のオリジナルキャラをパーティーに加入させることができます。

 このキャラクターは名前、設定、外見、戦闘スタイルなどを自由に決める事が出来、プレイヤーと共に行動してくれます。

 シリーズを通して戦闘能力は低いですが、育成限界が無いため根気よくプレイすれば最強キャラへと成長することが可能です。


※ブレイブクエスタス3ではオリジナルキャラの性別を女性にしていると一定期間敵に寝返るので注意が必要。

※ブレイブクエスタス7では性格を「自由奔放」にしているとゲーム中盤で恋人が居ることをカミングアウトするので注意が必要。

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