第百三十話 宝剣
拓斗は何も言えなかった。
それは相手に萎縮したという単純な話ではなく、今見せている彼の満足そうな顔と、まるで物語の王子様でも見るかのような奴隷少女のキラキラとした瞳。
そして何よりその恥ずかしい決め台詞に何か自分の中にいるもう一人の自分が顔を押さえながらゴロゴロと床で転がり回っているからだ。
しかしながらそんな拓斗の内心で渦巻く共感性羞恥のことなど知ってか知らずか、この勇者と奴隷は二人の世界へと突入していく。
「しゅ、しゅごいです! ご主人様、かっこよすぎます!」
「えっ? そ、そうかな! ふふふっ、やっぱ出ちゃってたか。俺のかっこよさ!」
「はい、すごいです! 三千世界に響き渡りますよ、ご主人様のかっこよさ!」
拓斗が必死の思いで羞恥心の泥沼から這い出ている最中、二人はすごく盛り上がっていた。
女の子のヨイショに鼻の下を伸ばすその態度はこの場に到底ふさわしいものではないが、彼の人間性や親しみやすさを示すという点ではこれ以上はないと言うほどに効果的だろう。
ようやく落ち着いてきた拓斗もどこか人間味のある態度に少しばかり親近感を抱く。
とはいえ、だ。
名乗られた以上、こちらも正式に名乗っておく必要があるだろう。
「先ほども名乗ったとおり。伊良拓斗、専用遊戯はSLG『Eternal Nations』。マイノグーラを治めし破滅の王と名乗った方が、こちらの世界ではわかりやすいかもね」
恥ずかしくない程度に気合いを入れ、拓斗も名乗る。
相手ほどのインパクトは出ていないだろうが、ここは別にインパクト勝負をする場所ではないので問題ない。
それよりもとばかりに、アトゥから慌てたように念話が飛んできた。すなわちゲーム名を明かしたことの真意を問うものだ。
『よろしいのですか拓斗さま……』
『うん、まぁ名前は今更だし、ゲーム名もさすがにこれだけユニットを運用していたら詳しい人ならすぐに検討つくからね』
これだけマイノグーラという名前が広まっている以上、すでにゲーム名秘匿の優位性は失われているだろう。
名前だけでは『Eternal Nations』まで推測できないのでは? と思われるかも知れないが、ドラゴンタンでは足長蟲やブレインイーターが我が物顔で闊歩しているのだ。
それ建ち並ぶ特徴的な建築物に、極めつけは人肉の木。
まぁ隠すのも無駄だろう。ゲームを知らずともSLGであろうというのも察しの良い人間ならすぐ分かる。
アトゥもそれで納得したのか、以後はまた命令された通り沈黙を貫く。
(それにしても……)
少々やっかいな事になったなと拓斗は内心で歯がみする。
(担当神か……どうしたものか)
優はふざけた神が自分の担当だと先ほど名乗った。
この言葉だけで相手の背後に神なる存在がいることの証明、そしてこの世界が神々の代理戦争の場だということの推測の補強ができたことになる。
値千金の情報と言えるが、一転して問題なのが拓斗が自らの神を知らないという致命的な事実だった。
「あーっと、知らないゲームだな……。ってかそもそもあんまゲーム詳しくないんだけどな。あっ、けどシュミレーションゲームは分かるぞ!」
「シミュレーション、だよ」
どうやら優の興味はゲーム名の方に行っているようだ。
ここは少しリップサービスでもして軽く『Eternal Nations』の説明でもしてやるか?
だがその目論見はもろくも崩れ去る。
「そういえばご主人さま。伊良拓斗さまの担当神はどんなお方なのでしょうか?」
「そうそう、忘れてた! 担当神はどんなやつだ。俺のところみたいに変なやつか?」
(余計な事を……)
奴隷の少女の行動が意図したものか偶然かは分からない。
だがあの場面で神の名を名乗らないのは確かに疑問に思っても不思議ではない。
彼女が指摘せずとも優本人が自然と気づく可能性はあった。
分の悪い賭けは、どうやら当然のごとく敗北の結果に終わるようだ。
いぶかしむ優を余所に拓斗は考えを巡らせる。さてどう答えたものかと。
そもそも担当神という名称も今聞いた。
おそらくいるだろうと予測していたが、意外なところでそれが確定になったといったところか。
TRPG勢力との戦いの際、何らかの巨大な力の介入があったことは拓斗自身も実感している。おそらくソレが神同士のやりとりだったのだろう。
拓斗自身、TRPGの仕組みを利用してGM権限そのものを手に入れるというのはかなりのルール違反を犯している自覚はあった。
普通に考えて、ペナルティがあってしかるべきだろう。
故に、あれはTRPGの神による拓斗へのペナルティと、SLGの神によるペナルティ阻止だったと判断しても差し支えない。
となると……。
(間違いなく、僕にも担当神とやらがいる)
だとしたらさっさと自分に会いに来て欲しいというのが正直な感想ではあるし、おまえが会ってくれないから今情報面で遅れているんだぞと愚痴りたくもなる。
(加えて、「俺のところみたいに変なやつか?」ときたか。これ間違いなく向こうは神との接触を果たしているってことじゃないか! 下手すると……いや下手しなくても神から何らかの情報を受け取っているな)
優はこの場に拓斗の共闘を持ちかけにやってきている。そして相手はサキュバス陣営だ。
すなわち、その決断に至るなんらかの情報を彼らは有していると断言して間違いは無いだろう。
相手は神から便宜を図られている可能性が高い。
その事実に心底うらやましく思いながら、拓斗は思案する。
(まずはさしあたって神の名だ。適当な名前をでっち上げるか? どうせ確認する術はない。むしろ訂正しに僕の担当神が接触してきてくれれば万々歳だ)
そう考えてその場で思いついた名を告げようとしたが……。
「……名も無き神」
拓斗の口から出た言葉は、不思議と聞き慣れたものだった。
(……? この名は、確かに適切か。でも……)
それは拓斗がこの世界にやってきた時に依り代となった未設定の英雄の名だ。
そして現在その何者にもなれるという特殊かつ曖昧な性質故に一時的に封印状態となっている能力でもある。
かつて戦った繰腹慶次がゲームマスター、目の前の神宮寺優が勇者とするのならば。
拓斗は《名も無き邪神》という英雄指導者なのだ。
その名前が出てきたことが、少し不思議でならなかった。
(まぁ神っぽい名前としてはありなのかな? 《名も無き邪神》と名も無き神だと混乱もさせられるだろうし。変な名前をつけるよりはごまかしもきくか)
「とりあえず、そう覚えておいてくれ」
一言そう付け加え、返答とする。
名も無き神。
拓斗は自らの神をそうであると名乗った。あくまで仮定の名前であり、相手にこちらの情報不足を悟らせない為のブラフであるが、相手に気づかれている様子はない。
「そっか。そっちの神も変な名前だな。まぁ神なんてあんがいそういうものなのかもしれないな!」
気楽な感想をうらやましく思う。その神とやらが自分たちの運命を好き勝手いじくり、今でもこの様子を見ながらほくそ笑んでいるかもしれないというのに……。
拓斗としては頭の痛い問題に気が気でないが、自分ではどうしようもない出来事に頭を悩ませ病むのもまた無為な行動かと少しばかり考えを改める。
一旦保留。永遠に保留となる案件かもしれないが……。
ともあれ、今必要な事は目の前の優との交渉だ。ここでの回答が今後のマイノグーラ、ひいては拓斗たちの運命に大きく影響している事は明らかなのだから。
「それで、どうかな? 一緒にサキュバスに対抗する件。マジであれと俺たちは相容れないんだ。絶対ぶつかる運命にある」
提案自体は魅力的だ。同じプレイヤー勢力が味方になるというのであれば、これほど頼もしい存在はいないだろう。
特にRPGとなると様々な魔法や能力が存在する。システムの詳細はまだ明らかではないが、なんらかのアドバンテージがあることは確実だ。
だがまだここでハイと頷く訳にはいかない。
「サキュバスへの対抗か……興味深い話だけど、その前に質問だ。僕らは一度魔王軍の襲撃を受けている。キミとあれがどのような関係性かは知らないが、この件をうやむやにする訳にはいかない。交渉も何も、まずはその問題を解決することが先だろう」
ジャブ気味に指摘し、相手の出方をうかがう。
本気で非難している訳ではない。相手の痛いところをついて、返答の内容から相手の考えや方針、そして秘めたる目的を推察しようとしてるのだ。
「あー、それなんだが、悪い! 魔王軍はうちの神が勝手に召喚したやつだからさ。そもそも俺の管理外だ。そうだろ? 魔王軍を使役する勇者なんてあまりにもゲームとして破綻している。そんなのブレイブクエスタスじゃあない」
「ではマイノグーラがブレイブクエスタスの魔王軍に襲われたのも本意ではないと? そんな話が聞けるとでも?」
「あれはどうも元々俺らの腕試し用に準備されたみたいだったんだが、マジでその辺りはすまなかったと思っている」
「そんな都合の良い話があると思うかい? あんまりなめてもらうのも困る」
苛立っている風を装うため、語気を強める。
同時に念話でアトゥに指示を出す。
すると隣に控えていたアトゥがまるで主の意を受け取ったかのように背中から触手を生やし、その先端を優たちに向ける。
無論仕込みであるし絶対攻撃しないように伝えた。
あくまで緊張感を出す演出に過ぎない。
(さて、どう反応するかな?)
「そもそも、君たちは僕らと協力関係を築きたいようだけど、それに関するこちら側のメリットが提示されていない。特に魔王軍のコントロール権がないと分かれば、キミの戦力はキミとそこにいる子で全部だろう。勇者がいくら強いと言えど、あまりにも戦力差があると考えられないか?」
拓斗の揺さぶりに優は少し慌てた態度を見せる。
少しというのがポイントだった。これは自分たちの危機に慌てふためくというよりも、どちらかといえば話がこじれそうな事に慌てているように見て取れる。
つまり彼自身、もしここでマイノグーラと敵対したとしても最低でも逃げ延びる算段はつけているのだ。
ずいぶんとなめられたものだとは思うが、同時に勇者という能力を与えられたプレイヤーならばその自信もありうるかと納得する。
「いやいや、実に魅力的な提案だと思うけどな。一陣営でやるよりも二陣営でやった方が楽って感じじゃん。うん、そうだよ。そうだよな?」
「その通りですご主人様! 1たす1は2ですよ!」
(うーん、ここまで挑発しても一向に意に介さず……か)
アトゥには攻撃しないよう厳命している。その上で相手を挑発する意図で殺気を飛ばせと指示している。にもかかわらずあの態度。
かつてエルフール姉妹と対峙していた魔王を一撃で撃破して見せたことからも、相当な力量を有していると断言できる。
これ以上の挑発は流石にこちらの分が悪くなる。拓斗とて実際に戦いを始めたい訳ではないのだ。
どちらかというと協力体制を築く事に興味を向けている。今はそれに足るなんらかの証拠が欲しかった。
「確かに数は多ければ多いほどいいだろう。烏合の衆と化す危険性はあるがそれでも数は力となる。ああ、なるほど人的リソースの問題か。サキュバスの軍勢に対抗するために、同じ軍勢を有するマイノグーラと組もうとしたってわけか、キミの魂胆が見えてきたな。……それで?」
すなわちこちら側のメリットは何か? だ。
相手側の事情は分かった。人的リソースが不足していることも、何らかの事情でサキュバス陣営との敵対を確実視していることも。
だがそれは相手側の事情を打ち明けられたに過ぎない。まだ話を聞く余地はあると判断した段階であり、加えて現状ではメリットがあまりにも薄い。
そのことを優もおぼろげに理解しているのだろう。
風向きが変わった。
「ああ、王さまの怒りももっともだ。だからこちらの誠意としてこれを渡そうと思う」
その言葉は当然と言えば当然で、だがその次に起こる出来事は拓斗を驚愕せしめるに足るものだった。
どこから、そしていつの間に取り出したのか。
警戒にあたっていたアトゥが反応する間もなく彼の手に現れた一振りの剣。
華美にならない程度に装飾の施された鞘に収められたそれは、窓から差し込む光を反射し淡い光を放っている。
「――――っ!?」
それを見た瞬間。拓斗は彼にしては珍しく明確に混乱をきたし、この場で初めて動揺の態度を見せる。
それは隣に座るアトゥとて同じだ。
なぜこれがここにある? その疑問だけが繰り返し頭の中で反芻され、思考の大部分を困惑で満たす。
「俺はこれを"勇者の剣"と呼んでるけど、そっちの呼び名は違うんだろ?」
(その通りだ。これは間違っても勇者の剣なんかじゃない。これは、これは……)
「そちらの名前はたしかこうだったかな――」
あるはずがない。彼が持っているはずがない。
一体どういう仕組みで? それよりもなぜ自分たちにとってこれが必要だと?
突如もたらされた、拓斗たちにとってある意味でアキレス腱ともなるそれ。
同盟を検討するに足る。圧倒的な材料。
それこそが……。
「"レガリアの宝剣”」
マイノグーラが次元上昇勝利を成し遂げ、失った全てを取り戻す為に必要な要素。レガリアと呼ばれる勝利条件の、その一つであった……。
=Eterpedia============
【次元上昇勝利(アセンションヴィクトリー)】勝利条件
――勝利を讃えよ。新たなる次元へ到達した喜びを祝福せよ。ここに神の国の門は開かれ、汝らは神の愛のなか永遠の存在へと至った――
次元上昇勝利は特定のレガリアと呼ばれる条件を達成することで到達が可能な勝利です。
レガリアの種類は複数存在しており、どのようなレガリアをいくつ入手する必要があるかを調査することも勝利条件の一つに入っています。
またレガリアはかならずアイテムという形を取るわけではなく、何らかの実績解除を指す場合もあります。
これらの必要条件および難易度はゲームの設定難易度に応じて変動します。
数あるレガリアの一部は以下の通りです。
・特定アイテムの作成。
・特定アイテムの入手。
・特定人材の入手。
・特定技術の解禁。
・大帝国の製作。
・特定ユニットの撃破。
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